8
ギギギという金属が重なり合う音と共に、剣を傾け睨み合うシシロウさんとサザイさん。
驚きのあまりベッドから上体を起こす私とモウルさんの一方で、シシロウさんたちはいたって冷静だ。
まるでこうなる展開を予測していたように見える。
……でも、どうしてサザイさんが?
と、サザイさんが先にフッと笑みを零し、口を開いた。
「完全に不意打ちついたつもりだったんだけどなあ。驚いてすらいないなんてね」
「そりゃ不意打ちを打たせてやったからな。タイミングさえわかれば対処は容易だ」
2人同時に剣を引き離し、同時に間合いを取る。
「つーか、最初からお前が俺と顔見知りなのはバレバレなんだよ」
シシロウさんはそう言うと、剣を片手に肩を竦める。
サザイさんは笑みを解き、怪訝な顔で彼を睨んだ。
「眼鏡を直す仕草ってのは、クセのようなもんだから人それぞれだろうが、鼻筋を押さえながら眼鏡を上げるお前の仕草――本当は眼鏡の鼻当てに慣れなくて、気になってしてたんだろ?」
シシロウさんは指先で自身の鼻筋をトントンと叩く。
彼の言葉に、サザイさんが僅かに反応した。
おそらくは図星なのだろう。
続けてタターソルさんが口を開く。
「使い古した眼鏡を使用しているわりに、掛け慣れていない様子から見て、君が変装のために眼鏡を掛けているんじゃないかって思ったんだよ」
直後、サザイさんは舌打ちと共に眼鏡と――カツラを地面に投げ捨てた。
変装が取れた顔はシシロウさんの言う通り、どこかで見覚えのある顔だった。
……あれは確か、ミコナキの里にいた男の人だっけ?
「もっと上手い言い訳もできるんだけどさあ……この瓶底眼鏡、伊達だけどずっと不快だったんだよね。バレるんならさっさと外しておけばよかった」
と、そこで私はようやく彼の正体を思い出した。
名前はライヒさん。里の“離欲の間”へ案内される際、シシロウさんに付いた人だ。
映えるような鮮やかな水色の髪をしていたから、よく覚えていた。
「まあ、あの里んときと全く同じ殺気放ってる時点で、わかってたけどな」
「そりゃあね。オレはずっとアンタと戦ってみたくてウズウズしてたんだからね――“魔の神殺しの勇者さん”」
その名前を聞いた途端、シシロウさんの表情が曇る。
片やサザイ……もといライヒさんは満足そうに笑みを浮かべた。
挑発的な彼の笑みに剣柄を握るシシロウさんの手に力が籠る。
が、今にも飛び出しそうな彼を制止するように、タターソルさんが割って入る。
「その様子から見て、君たちの正体は“蛇紋会”だということで、間違いないかな?」
“蛇紋会”。
私には聞き覚えのない名称だった。
……もしかして、タターソルさんが言っていた“例の連中”って、その“蛇紋会”のことだったのかな。
すると、ライヒさんはまるで子供のようにクスクスと無邪気に笑って答えた。
「間違いも何も、最初っからオレらが一枚噛んでると踏んで、ここにやって来たんでしょ? じゃなきゃ“マカン”の南方支部支部長がわざわざ出張って来るわけないもんね」
そう言いながら、彼はシシロウさんに向かって剣を構え直す。
「オレさ、またこんな辺鄙なとこに飛ばされて退屈してたんだよね。けどアンタたちがやって来るって報告聞いたときはすっごく嬉しくってさあ。どうせ倒してでも連行する気なんだろうし、だったら一戦交えてよ――オレらとさ」
直後、扉を蹴破る音と共に、宿のスタッフと思われる人たちが続々と部屋に入り込む。
その手には剣や斧、こん棒が握られていた。
おそらく、宿のスタッフと思われていた人たちは、先ほど聞いた“蛇紋会”の仲間なのだろう。
彼らはライヒさんと同じように殺気立ち、今にも襲わんとばかりに目を血走らせていた。
一方で、部屋の隅に追いやられていくモウルさんは、身を縮こませながらぶつぶつ独り言を続けていた。
「あああ、ああ……こんな、はずじゃあ……これは、違う、違うんだ……!」
膝から崩れ、項垂れながらも懸命に床を撫でている。
彼はもう、正気ではないのかもしれない。
「――相変わらずの単純思考だな、てめえら“蛇紋会”は……」
「よくある話でしょ? 正義と悪はバトってなんぼってね」
「正義を名乗ったつもりはねえが……まあ、ガキどもを大人しくさせるには一発殴っとくしかないみてえだからな。相手してやるよ」
そう言ってシシロウさんもまた、武器を構え直す。
一触即発の雰囲気。
ピリピリとした空気が、私の息を詰まらせる。
「タターソル。お前は絶対マルルから離れるなよ?」
「言われずとも」
と、シシロウさんは背後の窓を開け放つと、その縁に片足を乗せた。
「ここじゃあ狭いからな。相手なら外でしてやるよ」
――次の瞬間。
彼は窓から外へと下りていった。
……ここ、2階なのに?
死ぬことはないにしても、一歩間違えれば怪我してしまいそうなのに。
間もなくして、ドォンと地面が震えた。
だが、なぜか着地したシシロウさんに、かすり傷1つさえない。
そんな彼に続けとばかりに、ベッドで寝る私を横切り、男たちが次々と窓の向こうへと飛び出していく。
ライヒさんも迷わず下り立っていった。
シシロウさんを追いかけ、飛び出していった“蛇紋会”の人たち。
しかし、全員が――というわけではなかった。
数名が部屋に残り、私たちに武器を向ける。
「タ、タターソルさん……」
不安から、思わずか細い声が出てしまう。
そんな私を安心させるように、タターソルさんは私の傍らに立ち、携えていたナイフを取り出した。
「大丈夫。何の心配もしなくていい。僕から絶対離れないでね」
往年の勇者一行を彷彿とさせる、揺るぎない背中。
こんな絶体絶命の状況だというのに、私は不覚にも胸の高鳴りを抑えられなかった。
だが、襲いかかる男たちはタターソルさんの小さなナイフを鼻で笑う。
「オッサン、そんな玩具一本で何ができるんだよ!」
「不利だってこと、わかってんのかあ? オッサン」
オッサンオッサンと、小馬鹿にした言動は腹立たしい。
だが、数的不利は明らか。
それにタターソルさんが戦闘を得意としているようには、どうしても見えない。
「見ていればわかるよ」
そう言って微笑むタターソルさん。
しかし、次の瞬間。
男たちが容赦なく襲い掛かる。
武器のリーチはどう見ても相手の方が長い。
(だめ、勝てるわけがない――!)
恐怖に耐えかね、私は無意識に目を逸らした。
――その直後だった。
バキバキという、雷鳴を間近で聞いたような轟音が空気を引き裂いた。
足元が、世界が、一気に底を抜ける。
「キャアアアァァ!!!」
抗いようのない落下。そして衝撃。
けれど、私の体は吸い込まれるように、フカフカのベッドの上へと固定されていた。
後で聞いた話では、どうやら“ピロティ”であるこの部屋を支えていた柱が偶然、人々の重さに耐えきれず折れてしまったとのことだった。
つまり、私たちは部屋ごと崩れ、落下したのだ。
私は、奇跡的にもベッドが衝撃を和らげてくれたようで、無傷で済んでいた。
「……タターソルさん……?」
粉塵が舞うせいで、辺りの様子がよくわからない。
ただ、男たちの呻く声だけがどこかから聞こえてくる。
崩壊した天井部分はこれまた偶然にも、まるでベッドを避けるようにして落ちていた。
それらの瓦礫はすべて、男たちの上に落ちたようだ。
「……僕は大丈夫だよ。マルルちゃんは?」
タターソルさんも奇跡的にかすり傷1つなく、ベッドの横からひょっこりと顔を出した。
「こ、怖かったです……」
思わず涙が溢れ出す。今になって部屋崩壊と落下の恐怖が一度に襲ってきたみたいだ。
それでも、涙を拭って私は辺りを見回す。
「私も大丈夫です。でも、他の人は……モウルさんは無事なんでしょうか?」
聞こえてくる声の様子だと、負傷者が出ていそうだった。
もしかしたら致命傷を負った人だっているかもしれない。
そんなことを考えてしまったら、胸がざわついて止まなくなる。
すると、タターソルさんは静かに苦笑を浮かべて答えた。
「こんな状況ですぐに敵の心配かい? ……まあ、死ぬほどのことではないと思うから大丈夫だよ」
それはまるで、『死者は絶対に出ない』と確信しているような、自信に満ちた答え方だ。
タターソルさんの不思議な違和感に、私は小さく頷くことしかできなかった。
「……あの、タターソルさん」
「なんだい?」
「大丈夫と思ったんですけど……落下したせいで、ずっと気持ち悪くって――うっ……吐きそう……」
「……え?」




