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魔の神殺しの勇者は今日も魔法を否定する  作者: 緋島礼桜
呪いの館を否定する

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21/27

   



 宿の2階、最奥にある一室。

 そこが“呪いの館”と呼ばれる元凶となった場所なのだという。


 目前のドアノブに手を掛けると、モウルさんはゆっくりと扉を開けた。

 扉の向こう――客室。


 ……思った以上に普通の間取りで、よくある殺風景な部屋だ。



「見た目は普通、ですね……」


 部屋を覗き込みながら、それが配慮の足りない台詞だということも忘れ、私はポツリと呟く。

 なにせ、フロントのおどろおどろしい雰囲気からして、部屋の方もそういった雰囲気なのではと、少し不安だったのだ。


 だが――外の絶景が一望できる大きな窓。高級感溢れるソファーとテーブル。

 そして、大きくてフカフカそうなベッド。

 その室内は“呪い”とは全くかけ離れた様相をしていた。


「むしろ寝具もしっかりした品ですし、とても素敵だと思います」

「実を言いますとこの部屋はこの“よすがの宿”の最高級客室でして。シシロウ様方が20年前に泊まられた部屋もこちらになります」


 20年前と同じ部屋。

 その言葉に胸が高鳴る。


 ……つまり、昔この部屋で若い頃のシシロウさんたち――父や母も寝ていたのだ。

 ここで一泊したときの彼らはきっと、もっと純粋で、未来や夢を語って過ごしていたかもしれない。


 私は1人、そんな情景に思いを馳せた。


「こんなに綺麗で素敵な部屋なのに、“呪いの館”なんて呼ばれて……辛くはないですか?」


 するとモウルさんは、苦笑交じりに両手を振ってみせた。


「いえいえ。先ほども言いました通り、その呼び名のおかげでお客様が増えているのですから……こちらとしては、“呪い”様々――“魔法”様々といいますか」


 そう言ってしきりに汗を拭うモウルさん。

 謙遜しているのか、まるで笑みを作っているように見えた。


 客が増えているとはいえ、悪評が広まるなんて可哀想すぎる。何とかしてあげたい。

 私がそんな善意とも同情とも呼ばれるような感情にゆれ動く中。


 シシロウさんはずかずかと部屋に入るなり、窓の景色――というよりも窓枠を眺めていた。

 しかも、なぜかそこを指で擦っていた。それも真顔で。

 指先を見ると、どうやら埃はないらしい。


 ……え?

 何の確認なの?

 今までの話、ちゃんと聞いてた?


 彼への不満に無意識に私は顔をしかめる。


 そんな私の感情など知る由もなく。

 シシロウさんはモウルさんに質問した。


「旅館はアンタとさっきまでいた男で切り盛りしてんのか?」


 シシロウさんに言われるまで気づかなかったが、いつの間にかサザイさんの姿はなかった。

 いつから居なくなっていたんだろ……。


「あ、いえ……元々は数人で経営してましたが、最近黒字になってきたので新しくスタッフを何人か雇いました。さっきの彼もその一人です。が、それがなにか……?」


 質問の意図がわからず、モウルさんに続き、私も首を傾げる。

 シシロウさんは、窓枠に寄りかかりながら話を続けた。


「いや、フロントや廊下が小汚く見えたわりに、この部屋はちゃんと掃除が行き届いてるみたいでな……なーんか、違和感があるんだよなあ」


 わざとらしい、含ませた言い方と笑み。

 まるでいたずらっ子のようなその言動に、モウルさんは申し訳なさそうに頭を搔きながら答える。


「ベッドメイクや掃除に関しては責任持って私一人で行っております故、どうしても他の場所が不衛生に映ってしまうかもしれません。申し訳ございません」


 そう言って彼はペコペコと頭を下げた。


 ……この人はどうして気分を害する正論を、平気でぶつけられるのか。

 なんて、私が憤りを感じていると――。 


「……気にしちゃいねえし、おかげでわかったぜ。この旅館の“呪い”の原因がな」


 シシロウさんは強気な笑みを浮かべ、そう言った。




「ええ!!?」

「の、“呪い”の原因がわかっちゃったんですか!!?」


 モウルさんと私はほぼ同時に、目を白黒させながら叫んだ。


 だってまだ旅館に辿り着いて何十分も経っていない。露天風呂にも行っていない。

 “呪い”の部屋に入っただけなのに?


「タターソルさんは!? わかりましたか!!?」


 私は慌ててタターソルさんを見る。

 だが、彼は微笑みを浮かべながら、肩を竦めるだけだった。


「うーん、いくつか憶測は立ててたんだけど……どれも確証がなくてね」


 するとシシロウさんは窓枠から体を離し、軽く背伸びをして言った。


「俺だって確証があるわけじゃねえがな。ま、今暴いてやってもいいが、せっかくだから一泊してみてから、教えてやるよ」


 驚きに口をあんぐりと開ける私とモウルさんを後目に、シシロウさんはさっさと部屋を出て行く。

 彼の背を見て、私はようやく我に返ったかのように呼び止めた。


「ど、どこに行くんですか……?」

「こういう辺境地の宿に来たときはな、宿内探索するに限るんだよ」


 そんな言葉を残すと、彼はさっさと去ってしまった。


「え? そういう、ものなんですか?」


 再度、私の視線がタターソルさんに向く。

 彼も再び肩を竦めると、苦笑交じりに言った。


「ああ見えて子どもっぽいところがあるんだよ――マルルちゃんは付き合う必要ないから。まずは温泉にでもゆっくりと浸かってきなよ」


 そう言い終わるとタターソルさんも同じく、扉の向こうへと歩を進める。


「タターソルさんはどちらに……?」

「僕は屋内よりも屋外探索――景色を堪能する方が好きなんでね。ちょっと外に出かけてくるよ」


 彼もまた、私の前から消えていった。


 取り残された私とモウルさんは、思わず互いに顔を見合わせてから、畏まって頭を下げ合った。


 


 タターソルさんに薦められるまま、私は露天風呂へと足を運んだ。


 趣のある長い木造の回廊を進んだ先、更衣室の向こうに露天風呂があった。

 更衣室も露天風呂も、きちんと整備されていて、とても綺麗だった。


 お湯は丁度いい湯加減。

 青と赤のグラデーションが美しい空。

 夕陽を浴びて闇に染まっていく山々。


 そんな風景と相まって、そこはまるで一枚の絵画を見ているかのようだ。


「“呪い”なんて呼ばれなくても、充分素敵な温泉宿なのに……」


 私はポツリと不満を洩らす。


 悪評判が逆に人を呼び寄せる。

 また――“魔法”の言葉に、人が来る。


 宿としては願ったり叶ったりかもしれないが、どうにもすっきりしない。

 なんだか頭がモヤモヤしてしまう。


 ……“モヤモヤ”すると言えばもう1つ、どうにも腑に落ちないことがある。


「どうしてシシロウさん、すぐに“魔法”を否定しなかったんだろう……?」


 いつもの彼ならば謎が解けた瞬間、真っ先に“魔法”ではないカラクリを披露していた。

 ――なのに、今回は勿体ぶるかのように後回しにしたのだ。


「確証がないって言ってたけど……あんなに自信たっぷりに断言してたんだから、すぐに否定しそうだったのに」


 頭を回転させ、夢中になっていた私は、いつの間にか長湯していたことに気づく。


「ヤバ……のぼせちゃう」


 私は急いで湯から出ると、雑に着替えて露天風呂を後にした。


 それから、回廊の途中にあった休息所に立ち寄った私は、火照った体を休ませる。

 リクライニングチェアの正面には大きな硝子窓があり、そこから臨む光景はまた風情があって良い。

 夏場だというのに少しひんやりとした風も流れてきて、心地よかった。

 

 このまま眠りたい気持ちもあったが、日はすっかり暮れてしまい辺りは薄暗くて少しばかり不気味だ。

 スタッフの人が松明を灯し始めているため、まだ少し明かりはあるが、それでもやっぱり怖い。


 私はある程度湯冷めしたところで部屋へと戻った。




「あ、2人共戻ってたんですね」


 客室へ戻ると、既にシシロウさんとタターソルさんがソファーやベッドに座って雑談しているようだった。

 と、シシロウさんはソファーに寝転がったまま、口をへの字に曲げる。


「結局、20年前とほぼ変わらず……っつーか、他の客室は大体が物置部屋状態になってて、つまんなかったからな」

「え? 物置部屋なんですか?」


 ……客が増えていると聞いていたので、てっきり満室だと思っていた。

 だがよくよく考えると、確かに私たち以外に客らしき人を見かけていない。


 するとタターソルさんが補足するべく口を開く。


「客の目当ては“呪い”があるというこの部屋だからね。他の部屋に泊めても誰も喜ばないってことで、今や“よすがの宿”は1日1客専用宿になっていて、僕らは運よく部屋を取れたというわけらしいよ」


「1日1客なんて……それで繁盛してるんでしょうか」

「その1客からたんまり金を払って貰えりゃ、儲かるさ」


 そう言ってシシロウさんが口角を吊り上げる。


 ……()()()()とは一体いくらなのか。

 そう尋ねようとした、そのときだ。


「……あ」


 ガクンと、まるで地面が沈むような感覚。

 そのせいで足がもつれた。


 咄嗟に体を捻ったおかげでベッドの上に倒れ込む形で済んだが、その大きな物音に2人の視線が突き刺さる。


「マルル、どうした?」

「大丈夫かい?」


 心配そうな声が遠くで響く。

 頭が内側から締め付けられるようにクラクラしてきた。


「……もしかしたら、のぼせたのかもしれません」


 実を言うと、部屋に戻った瞬間から嫌な違和感があったのだ。

 前日の熱中症とは違う、まるで世界そのものに酔ってしまったかのような、形容しがたい気持ち悪さが。


「おい、マルル!」

「マルルちゃん!」


 2人の声が重なるが、もう答える気力すら残っていない。

 鉛のように重くなった瞼を閉じると、私はそのまま、深い闇へと落ちていった。



 

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