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新築のようなオシャレな外観とは打って変わって、宿内は急に“古さ”を感じた。
しかも趣のある“古さ”ではない。いかにも呪いがありそうと思ってしまうような、おどろおどろしい“古さ”だった。
日がほとんど入らないせいか宿内は常に薄暗く、待合所に置かれたソファーは古びていて、謎の染みが付いている。
静まり返った雰囲気はどこか不気味で、歩くたびに床が悲鳴を上げるような音を立てる。
「え……」
驚きのあまり、私は思わず言葉を失った。
「俺らが訪れたときよりも、また随分と古臭くなったもんだな」
辺りを見回しながら、シシロウさんが顔をしかめる。
ストレート過ぎる感想にフォローを入れようかと迷っていると、タターソルさんが苦笑して続けた。
「外装ではなく、内装に力を入れた方が良かったのではないですか?」
その言葉に激しく同意したい。
が、これでもかというほど眉をハの字にするモウルさんを見てしまっては、何も言えない。
「いやはや……外見だけでも綺麗に見せたいと力を入れたところ、内部の改装費用が足りなくなってしまいまして」
乾いた笑いをするモウルさん。
だが彼はすぐに「しかし」と言って付け足した。
「このような内部のせいもあって、そういったものを求めるお客様が後を絶たなくなったわけでしてね」
――そういったもの。
彼の含ませた言葉に、シシロウさんとタターソルさんが表情を変える。
片や私は我慢できず、ずっと気になっていた質問をぶつけた。
「あ、あの……ここの宿、温泉があるって聞いたんですけど……本当ですか?」
「え? ああ、はい」
「やった! 温泉温泉~!」
モウルさんの返答を聞くなり、私は満面の笑みで温泉に思いを馳せる。
私の故郷の島にも温泉はあって、よく通っていた。
だが、シシロウさん曰く『温泉なんか1、2回通った程度で効能が得られるわけがねえ』とのこと。
けど、ずっと登り坂を歩いて疲れたこの体には、あの心地良さでしか得られない癒しがあるのだ。
「だが、内部がこんな調子なら温泉の方もオンボロなんじゃねえか?」
と、デリカシーのないことをズバッと言ってしまうシシロウさん。
慌ててモウルさんが両手を左右に振りながら答えた。
「とんでもございません。温泉の方は今から5年前に起こった大きな地震の際、偶然近場で湧き出たものでして……そのときに別館として建てたものですから、綺麗な造りになってます」
そう言い終わると同時に、彼はフロント横の窓に掌を向ける。
続くように私も窓の向こうを見つめると、その先には真新しい造りの回廊があった。
「旅館との外観を損なわないよう、こだわり抜いた美しい回廊でしょう? 途中にはゆっくりとくつろげる立派な休息所も用意してあるのですよ」
木造の回廊は一直線に続いており、どうやらその先に温泉があるらしい。
「やっぱり露天風呂ですか? 絶景ですか? あ、でも混浴だと困っちゃうんですけど」
矢継ぎ早に尋ねる私。
モウルさんは何度も頷きながら、丁寧に一つずつ答えていく。
「大自然を肌で感じて頂くため、露天風呂自体は特に弄っておりません。ですので大迫力の景色の中、浸かることが出来ますよ。ああですが、申し訳ないことに混浴なので……そこはご容赦ください」
「混浴ですか~。それは残念ですが……でも絶対入ります! あ、シシロウさんはそのとき入ってきたらダメですよ」
「言われずとも入ったりしねえよ」
シシロウさんは眉を顰めながらそう返す。
一方でモウルさんは静かに頭を下げ、『ぜひとも。お楽しみください』と言っていた。
ようやく穏和な雰囲気を取り戻していたところだったが、ここでまたシシロウさんが余計な一言を言う。
「んなことよりも、早く“例の”部屋に案内してくれ。こちとらこの歳でこんな山ん中までやって来て、ヘトヘトも通り越してんだ」
彼はつまらなそうな顔を浮かべて、モウルさんを横切る。
“ヘトヘト”なんて言いつつも、疲労感なんてどこ吹く風。
軽々とした足取りで、シシロウさんは宿の奥へ勝手に歩いていく。
……私なんて汗ダラダラ状態だというのに。
一筋の汗もかかないシシロウさんが羨ましい。と言うより、恨めしい。
「……あの人、お酒飲みながらの登山であの余裕ですよ? 本当、神経疑います」
つい漏らした私の愚痴に、タターソルさんはまたもや苦笑を浮かべた。
「まあまあ。彼の体力、胆力は昔から変わらず化け物級だからね。あんな風にいつも先陣切って進むくせに、誰よりも最後まで動き続けている。そういう人なんだよ」
タターソルさんの言葉に、案内をしていたモウルさんが深く頷いた。
「確かに20年ほど前、皆様がお越しくださった際も、今と同じようなやり取りをされていましたね。懐かしい限りです」
遠くを見つめるモウルさんの目は、どこか慈しむように細められていた。
「あの当時、勇者様御一行は『若き天才たちのパーティだ』、『希望の新星だ』などと……魔の神を倒す以前から期待されていましてね。“勇者様が訪れた”という箔が付いただけで、片田舎の酒屋までが大繁盛となったと聞きましたからね」
「そうなんですか?」
私の視線は自然とタターソルさんへと向く。
彼は先ほど以上に困った表情を浮かべ、頭を搔いていた。
「その噂は色々尾ひれが付いて誇張されたものだよ。それに……魔の神討伐を果たした後は、皆から酷い掌返しをされたからね」
「あ……」
少しばかり悲しい表情へと変わるタターソルさんを見て、私は閉口した。
魔法が消滅したことで世界中から誹謗中傷を受けた勇者たち。
パーティ最年少だったタターソルさんは、当時だと14歳ごろだ。
まだ成人もしていなかった彼は、どれだけの傷を心に負ったことだろうか。
きっと私じゃ想像も出来ないほど辛かったに違いない。
それを20年も耐えてきたなんて――。
不意にそんなことを考えてしまう。
すると、私の心情を察したタターソルさんが、そっと私の頭に掌を乗せた。
「けどまあ、幸か不幸か噂のおかげで職業名ばかりが浸透していて、僕らの名前までは割れなかったんだよ。だから身を隠すのは案外簡単だったね」
おかげで謗りを受けることなく過ごせていた。そう言って彼は私の頭を優しく撫ぜる。
彼の手の温かさとは対照的に、どこか冷めた空気が漂う。
不安にさせまいと笑顔を浮かべているが、私は笑い返すことができなかった。
「それよりも、シシロウを追いかけようか。なんだかんだ言って“呪い”をこの目で見たくてうずうずしてるみたいだからさ」
タターソルさんに背中を押され、私は小さく頷き、それからようやく笑顔を浮かべて返した。
廊下の先で待機していたシシロウさんと合流すると、私たちはモウルさんの案内で宿内の廊下を進む。
客室に続く廊下は、時おり足下からギシギシと木板の軋む音が響き、よりいっそう不気味だ。
……夜中にトイレは危険かもしれない。
そんなことを考えていると、ふとモウルさんが口を開いた。
「――魔の神様を討伐したことをきっかけに、巡礼者の宿場だったこのよすがの宿は廃れていく一方でした」
魔の神がいなくなったことにより、聖地巡礼をする人が激減したからだという。
と、私は思わず首を傾げながら言った。
「なんだか意外です。逆にいなくなった魔の神を求めて、人で溢れ返りそうなのに」
私の疑問にタターソルさんが答える。
「確かに討伐された当初の聖地は人でごった返していたみたいだけど……次第に人々は“魔法消失”の方が大問題だと、転換していったんだよ」
続けて、スキットルから口を外したシシロウさんが、呟く。
「それまではなんでも魔法に頼ってた時代だったからな。魔力さえありゃあ、こんな山中にも一瞬で移動できる魔法だって存在してたしな」
……一瞬で移動。
魔法を知らない私にしたら、それこそ“夢の中のお話”でしかない。
モウルさんが話を戻す。
「辛うじて常連様や5年前に温泉が湧き出たおかげで、奇跡的に経営できていましたが……2年ほど前よりお客様から苦情が出るようになりました」
彼の横顔がみるみるうちに曇ってしまう。
「シシロウ様方がやってきたということは……既に苦情の内容については存じているかと思います」
モウルさんの視線がシシロウさんへと向く。
シシロウさんは頷いて返すと、スキットルの酒を一口飲んでから言った。
「泊まった客の一部が目眩、吐き気、頭痛といった不調を訴えたって話だろ?」
「はい。老若男女問わず、2年ほど前からこれまでに20人近いお客様が不調を訴えたのです」
中には『湯治に来てかえって体調が悪化した』と怒鳴り散らした客もいたのだとか。
更に不思議なことに、そうした不調を訴えた客のほぼ全てが、宿を去ってすぐに症状が回復したと言うのだ。
「さすがにこの“よすがの宿”ももうダメかと諦めていましたが……半年ほど前からその名で呼ばれるようになった途端。驚くほどお客様が戻ってくるようになったのです」
泊まると不調になる宿。
具合が悪くなる呪われた宿。
尾ひれがついた噂は広まるに広まり、いつの間にか付いたという呼び名が――『呪いの館』。
「それが……この部屋になります」
モウルさんは静かに立ち止まり、目の前の扉に掌を向ける。
その扉だけが、廊下の闇に沈んでいるように見えて、私は静かに息を飲んだ。




