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――タターソル・ショワン。
魔の神討伐を果たしたかつての英雄……つまりはシシロウさんの元仲間だ。
討伐当時は若干12歳で白魔法師を務めていた期待の新人であったが、魔法消失と共に役職と名声を失った哀しき偉人でもある。
仲間内では年相応のムードメーカーで、ときには勇者を兄のように慕っていたという。
だが、その一方でシシロウさん以上に、私の父を尊敬していたのだとか。
そんな思い出話を母さんから聞いたことがあった。
「……話っていうのはお前の職絡みのことか?」
「その通り。相変わらず察しがいいね」
「そういう話しか持ってこねえのに“察し”も何もあるかよ」
タターソルさんは団扇を扇ぎながら微笑む。
私は現在、軽い熱中症ということで水分補給をしつつソファーで横になっている。
自室でもよかったのだが、あの部屋もそこまで涼しいわけではなかったため、このままここで休んでいた。
しかも、ありがたいことにタターソルさんが団扇で扇いでくれている。
本当にシシロウさん以上に気が利く人で、かっこいい。
「タターソルさんのお仕事って確か……」
私の言葉を聞いて、彼はこちらに視線を向けて答えてくれた。
「六国家連盟魔法管理機構だよ。つい先日、南方支部支部長に任命されたよ」
「りっか……なんですか?」
私の素朴な質問にタターソルさんは笑顔で答える。
六国家連盟魔法管理機構。通称“マカン”。
難しい言葉の並びで頭が痛くなりそうだが、簡単に言えば世界各国の魔法を管理していた組織らしい。
“魔法があった”時代は魔法の監視、禁忌魔法の取り締まりなどをしていたそうだが。
だが、“魔法がなくなった”今ではその仕事内容も変わったのだという。
「“魔法”という存在の記録保存や、魔法の残滓を探して保護、もしくは回収するのが今のマカンの役割でね。つまり今回の件も“魔法”絡みということさ」
「なるほど……なんとなく、わかりました」
本当はあまりわかっていない。
すると、シシロウさんはボトルに入った酒を、まるで冷水かの如くグビグビ飲み込んでから言った。
「支部長になったってのに、部下も連れずこんなとこまでわざわざ御苦労なこったな」
「“マカン”なんて言わば後始末組織みたいなものだからね。年々辞任届が増える一方で、支部長でも座ってなんかいられないってことだよ」
タターソルさんは肩を竦め、苦笑する。
が、すぐに表情を真面目なものへと変えた。
「……それに、今回の件はシシロウが好きそうな話だから、部下を派遣するより早く、君に知らせようと思ったってわけさ」
彼の言葉に、今度はシシロウさんが表情を変える。
その僅かな変化を見つめながら、タターソルさんは話を続けた。
「僕らがかつて魔の神討伐の道中に、モーキンス山脈で泊まった宿のこと……覚えているかい?」
「ああ、峠にあった洋館風の宿だろ? あんときゃあリリーのせいで酷い目にあったからな」
突然、母の名前が出たことに、なぜか私がドキリと反応してしまう。
……一体、母さんが何をしたのだろうか?
気になって尋ねてみたかったのだが、私の心情を他所に話は続いていく。
「そこの宿、最近になって妙な噂が立つようになったんだ」
「妙な噂?」
「2年ほど前から、泊まった客が不調を訴えるようになったらしい」
不調の主な例は“目眩”、“吐き気”、“頭痛”など。
それも泊まった客全てではなく、一部の客のみだそうだ。
「そんな苦情が出てんなら客も減る一方だろ。よく2年も続けてたな」
「調査報告によれば、ギリギリの経営だったそうだよ。だけど……半年前からとある噂が広まったことで、劇的な急回復となった」
シシロウさんは眉を顰め、ボトルの口をタターソルさんへ向ける。
「焦らすなよ。そのとある噂ってのは、なんだ?」
彼の鋭い眼光に臆することなく、タターソルさんは軽く吐息を洩らしてから言った。
「――魔法によって呪われた宿……“呪いの館”だと、呼ばれるようになったんだよ」
「呪いの、館……」
気が付くと2人の会話に参加するように私は呟いていた。
“魔法による呪い”。
また“魔法”だ。
当然、シシロウさんの双眸はいっそう鋭く輝きを放つ。
「でも、目眩に吐き気、頭痛が魔法のせいだなんて……ちょっと強引過ぎじゃないですか? 私だって今、同じ症状で倒れてるのに」
「ああ。人体ってのは繊細だ。酒の飲み過ぎで目眩や嘔吐に繋がることだってあるってのに、それを“魔法”でまとめられて堪るかよ」
そう言うとシシロウさんは空になったボトルをテーブルに叩きつけ、その勢いのまま席を立った。
「早速出かけるぞ、その宿に」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」
続くようにタターソルさんも席を立つ。
「……なんだ、お前もついてくんのかよ」
「僕は“マカン”として調査しないといけないからね。それに、噂っていうのは人が広めるもの――背後に“例の連中”が絡んでいる確度は高いとみてるんだ」
……“例の連中”?
よくわからない単語まで飛び出してきて、段々と私の頭は重くなっていく。
これは絶対熱中症のせいじゃない。
なんて思っていると、いつの間にか2人は今にもそのまま家を飛び出してしまいそうな雰囲気でいた。
「ま、待ってください! 私も、行きたいです!」
慌ててソファーから立ち上がり、2人を追いかける。
が、ここで反対してきたのは意外にもタターソルさんの方だった。
「マルルちゃん。申し訳ないけどこれは遊びじゃない。ちゃんとした調査であり、危険な任務かもしれないんだ。だから君は残っている方がいいよ」
確かにタターソルさんの言葉は正しいのかもしれない。
魔法絡みの調査は前回の件で大変な目に遭ったし、2人が言葉を濁した“例の連中”というのも危険である要因なのだろう。
私はまた、役立たずで終わるかもしれない。
……けど、それでも。
「私、見たいんです。見ていたいんです、シシロウさんが魔法を否定するところ! 迷惑は掛けないようにするので……お願いします!」
まずはシシロウさんを見ること。
それが大切だと教えてもらった以上、私は彼を見続けていたいのだ。
彼がこの世界で、どうやって魔法を否定していくのか、見守っていきたい。
深々と頭を下げる私に、2人は困ったと言った吐息を洩らして沈黙する。
だが、しばらくしてため息交じりにシシロウさんが口を開いた。
「見ての通り、コイツの頑固さは親譲りでな。ちょっとやそっとじゃ意見を曲げねえぜ」
すると、タターソルさんは頭を搔きながら言う。
「あの頃のリリーを思い出したよ……仕方がない。まあ、マルルちゃんには避暑地で療養してもらうということで、同行を許可しよう」
「やった! ありがとうございます」
私はもう一度、何度も頭を下げる。
が、頭を振り過ぎたせいか、またもやふらついてしまい、その場に倒れてしまった。
「……ったく。そんな調子で大丈夫かよ」
そう言って呆れるシシロウさんを見上げて、私は力いっぱい笑みを浮かべて返した。
「問題ありません! 行きましょう、呪いの館に!」
この場にいる誰よりもはりきる私を見て、2人はほぼ同時にため息を吐いていた。
――結論から言うと、このあと私は案の定、予想もしていなかった展開に巻き込まれることとなる。
だが、私は巻き込まれたことに後悔はしていない。
なにせそのおかげで、私の知らないシシロウさんの新たな一面を、この目で“見ること”ができたのだから。




