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ひときわ熱気を帯びた太陽がじりじりと街並みを熱する季節――夏。
私はいつもの日課であるシシロウさん宅の掃除をしていた。
やって来た当初は人の座れるスペースもないような、まるで粗雑な書庫のようであったが、今はなんとか人の家らしくなっている。
奥にあった客室も整えてみればなかなかいい部屋だったので、強引に私の部屋へ充てがわせてもらった。
とは言っても、ベッドと故郷から持ってきた荷物があるだけなのだが。
そんなわけで、シシロウさん宅の掃除がようやく快感に思えてくるようになってきた今日この頃。
昼に差し掛かろうとしていた時間に、珍しくお客さんがやって来た。
「――噂は聞いていたが、まさか本当に住まわせていたとはな……」
暑さ対策のため開けっ放しにしていた扉の向こうから、ノック音もなく聞こえてきた声。
「え?」
驚いて振り向くと、そこには1人の男性が立っていた。
年齢は20代後半から30代くらい。中背に細身。眼鏡を掛けた美男子がいた。
この家にやって来てからは初めて見る人だが、私はこの人物をよく知っていた。
「も、もしかして……」
懐かしいその顔へ近寄ろうとした、そのとき。
ぐらり。
突然、世界が歪んだ。
思わず足がもつれてしまう。
踏ん張りも効かず、そのまま地面へと倒れそうになった。
――と、次の瞬間。
「大丈夫かい?」
急いで駆け寄った男性が、私を抱き留めてくれた。
おかげで倒れずにすんだ。
「はい……こんな体勢ですみませんが、お久しぶりです――タターソルさん」
微笑む私に釣られるように、男性――タターソルさんは苦笑を返した。
「君は……挨拶より先に自分の心配をしないとね」
そう言うと彼は力無く凭れ掛かっている私を抱きかかえ、ソファーへと寝かせた。
「え、ちょ、ちょっと! タターソルさん……!?」
「少し、横になって?」
優しい声に、思わずドキドキと心臓が高鳴っていく。
なんだか全身が、やけに熱い。ずっと汗が止まらない。
「動かないでね……」
ゆっくりと、タターソルさんの顔が近づいてくる。
眼鏡越しの視線は柔らかく、大人の色気も感じる。
そんな、再会して急に……でも、彼となら別に嫌じゃあ……。
よりいっそう、私の心臓が、全身が、溶けてしまいそうなほど……熱くなって。さっきよりも目眩までしてきて。
彼の額が、私の額とくっついた瞬間――。
「――なあにやってんだ、タターソル」
気づくと傍にシシロウさんの姿があった。
朝から出かけていたはずの彼の登場に、私は心臓が飛び出そうなくらい驚く。
「シシシシ、シシロウさん……あの、これは……!?」
しかめっ面を見せる彼とは反対に、タターソルさんは冷静に眼鏡を押さえながら立ち上がった。
「……見ての通り、熱中症の疑いがある彼女を横にならせていたところだよ」
「え? ねっちゅう、しょう?」
「うん。ちょっと熱っぽいし、間違いないかな」
「……」
どうやら、私はタターソルさんの行動に対して、酷い思い違いをしていたらしい。
恥ずかしさのあまり、意識が飛びそうなほど顔が熱くなっていく。
いや、むしろ意識を失いたくなった。
だがその思いをなんとか胸の奥に秘めながら、私はふとした疑問をぶつける。
「け、けど私……外に出てないし、涼しい格好もしてましたよ……?」
熱中症という名前については、私もシシロウさんから聞いていた。
ざっくり言うと、暑い環境下のせいで体内に熱が溜まってしまうことで起こる状態なんだとか。
症状的には目眩、吐き気、身体の火照り、など。
確かに今の私の症状に、どれも当てはまっている。
そんなわけで、シシロウさんからは『日の明るいうちは外へ出るな』と、かなり釘を刺されていた。
……そのくせ、当人は意気揚々と真夏の外へ出かけていったわけなのだが。
「では、こまめな水分補給をしていたかい?」
「えっと……いいえ」
「塩分と糖分の補給は?」
「朝に食べたきり……何も食べてません」
私の回答を聞いて、タターソルさんは深いため息を吐いた。
「なるほど……風通しの悪いこの環境を補給ナシに過ごしていたんじゃあ、熱中症になるのも無理ないね」
「え? 室内でも熱中症になるんですか?」
それはシシロウさんから聞かされていなかった。
私が視線を向けると、彼はしれっとあさっての方を向いていた。
「熱中症は確かに日差しの強い高温の屋外がもっとも起こりやすいけど、多湿や風の弱い屋内でも起こりうることなんだよ」
熱中症の対策としては、なるべく涼しい場所で過ごす。水分や塩分のこまめな補給などが必要だという。
「まだ軽症だったから良かったものの、重症な場合は命に関わることもあるから、これからはちゃんと気をつけるようにね」
そう言うとタターソルさんは取り出した水筒を私に渡した。
おそるおそる一口飲んでみると、どうやらそれは、ちょっとだけ甘しょっぱい水のようだった。
「――んで、こんなとこまで何しに来たんだ、タターソル。まさかマルルの熱中症を確認するため、ってんじゃねえだろ?」
「まあ、マルルちゃんが君の世話をする羽目になっているという話はミントゥスから聞いていて気になってはいたけど……」
「……あのお喋り野郎め」
「僕はちゃんと用事があって来たんだよ、シシロウ」
そう言ってタターソルさんはシシロウさんに微笑みかけた。




