エピローグ
“魔法を使う巫女”がいると言われていた集落の騒動から一か月。
私はシシロウさん宅で、日課となっていた掃除をしていた。
と、言うのも、シシロウさんの世話役として家事全般を担うようになったが、他にこれといってやることがない。
悪く言えば“退屈”だった。
シシロウさんと言えば、一日中酒を飲んでぐうたらしているか、酒場に行っているか。
もしくは私に黙ってどこかへ出かけてしまうことばかり。
彼が追い求める“魔法の噂”も集落の騒動以来、舞い込んではいなかった。
……季節はもう夏を迎えた。
シシロウさん宅には手つかずの庭があるので、そこに手を出してみようか。なんて考えていた。
「――これはこれは、お久しぶりです。マルル殿」
そんなとき、突如現れたのがミントゥスさんだった。
彼は太陽が照りつける暑い日だというのに、スーツ姿で汗一つかいていない。
相変わらずの青白い顔で、にんまりと微笑んでいた。
「ミントゥスさん、お久しぶりです! 今日はどういったご用件でしょうか?」
「シシロウ殿に用事だったのですが……彼は?」
「あ、ああ……お酒が切れたので、買いに行くと言って消えました」
「なるほど」
そう言うとミントゥスさんは私を横切り、室内へと入っていく。
傍らには相も変わらず、スーツ姿の秘書がいる。
「では彼が来るまでマルル殿とお茶会でもいたしましょうか。ちょうどいい甘味もありますのでね」
「お菓子ですか!」
私は目を輝かせてミントゥスさんたちを見つめた。
そんな眼差しを受けた彼は満足げに口角を吊り上げながら、秘書へ合図を送った。
すると、秘書は手にしていたケーキケースを丁寧に開ける。
ゆっくりと姿を見せたそれは、果物がまるで琥珀のように照り輝いているタルトだった。
「ああ……美味しそうですね」
……思わず涎が垂れてしまいそう。
私は口元を拭いながら、大きく唾を呑み込む。
「これはとある集落の名産物である桃を使用したタルトです。芳醇な香りと共に弾ける濃厚な甘さは王室献上級の代物ですよ」
目の前のご馳走に全集中していた私。
だが、彼の言葉は聞き逃さなかった。
「とある集落って……まさか」
「そのまさか。巫女がいた集落――今はミコナキの里と名を変えたようですね」
私の脳裏に、集落での出来事が頭を過ぎる。
集落で受けた過酷な修練……そこで衰弱した私は、あの集落の桃を口にしていた。
あの芳醇な香りとみずみずしい濃厚な甘さ。
飢えた私を癒してくれた、あの味は一生忘れない。
「ここの集落は魔の神への奉納品とのことで、昔から魔法に頼らない栽培を行っていまして……そのノウハウを活かせば大規模な果樹園が作れるのではと、前々から思っていたところなんですよ」
ミントゥスさんの話では魔法に頼らない栽培方法は、他の地域でも確立しつつあるものの。
テンナさんたちのいた集落が、群を抜いて美味な果物を作り上げているのだとか。
「まあ問題点は多々ありますが、とりあえずこの街に食べ頃の果物が流通できれば、上々といったところです」
彼の話が終わると同時に、切り分けられた桃のタルトが目の前にやってくる。
今すぐにでもかぶりつきたいが、ここはお上品に待たなくてはと、静かに息を呑む。
「けど、あの集落――ミコナキの里の人たちって……言っちゃうと閉鎖的というか、独特な雰囲気だったじゃないですか。それなのに、よく果樹園の話を説得できましたね?」
私はなるべく、“ミコナキの里が実は偽の魔法を語った詐欺集落”だったことに触れないよう、話す。
だが、ミントゥスさんはあっけらかんとした様子で。
「ああ、巫女はニセモノだったという話ですか?」
と、返してきた。
「ええ? ミントゥスさんもわかってたんですか?」
「当然です。わかっていたうえでシシロウ殿に情報提供しましたし、彼も買ったのですからね」
つまり、ミントゥスさんは利益のため、シシロウさんは魔法否定のため。
互いの目論見を理解したうえで、利用し利用されたということだった。
……じゃあ、本当に何にもわからず小旅行気分でいたのって、私だけだったってことか。
その結果、あんな過酷な修練を受けさせられ、得るものはほぼなかった。
なんとも複雑な気分になってくる。
「とはいえ、貴方がたが巫女を否定してくださったおかげで、ミコナキの里の方々も新しい試みをしたいとようやく……重い腰を上げてくださいましてね」
そう言ってミントゥスさんはタルトをパクリと食べる。
美味しそうにタルトを頬張る姿に、もう一度息を呑み込む。
「今後はこの美味なる甘味がご自宅で味わえるようになるのですよ。ならば得るものは充分あったではないですか」
しかめっ面をしていた私に気づいたのか、ミントゥスさんはそう言って、タルトをようやく勧めてくれた。
未だ納得できないながらも、私はタルトを手にとって、一口かじりついた。
サクサクとしながらもバターが香ばしいタルト生地と、濃厚な甘さの桃。合間に挟まれたカスタードがいい仕事をしていて、最高のハーモニーを生んでいる。
これまで食べた菓子の中でもトップクラスの美味しさだった。
「う~ん、最っ高においしいです! 確かに……テンナさんたちの頑張りが伝わってくるこの桃が、こうして味わえるようになるなら、良かったってことですよね」
――ミコナキの里。
巫女に頼らないという決意が、その名前から伝わってくる。
私たちが行ったこと、魔法を否定するということは、全く意味がないわけじゃなかった。
その結果が知れただけで、私にはとてもいい収穫だ。
「――まあ、ワタシとしては……ミコナキの里にあこぎな《・》知恵を植え付けた、旅人共を追っ払ってくださったことが、一番の成果でしたがね」
と、不意にミントゥスさんが呟いていたけど、タルトに夢中になっていた私は、彼の言葉を聞き流してしまっていた。
……だが一つ。
どうしても気になっていることがある。
それは、ミコナキの里での修練から助け出されたあとのこと。
洞窟で目が覚めた私は、いつの間にか法衣から着替えられていた。
では一体、誰が私を着替えさせたのか。
一番考えられるのはテンナさんなのだが……もしかしたらシシロウさんという可能性もある。
つい後回しにしてしまい聞きそびれてしまったが、もしもシシロウさんだとしたら――。
そう考えたら、色んな感情が爆発してしまいそうで怖い。
(けど……どう考えたって、テンナさんだよね。そうだ、そうに決まってる)
私はそれ以上の思考を止め、目の前のタルトへと気持ちを集中することにした。




