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“魔法を使う巫女”の仕掛けを論破され、暴かれた集落の者たち。
彼らは崩れる長の姿に動揺し、掲げていた矛を下ろしていく。
「そんな……」
「どうすれば、いいんだ?」
そんな戸惑いの言葉が、遠くにいる私の耳にも届く。
と、その一方。騙されていた事実に憤慨していたのは、修練者たちだ。
「どうすればいいんだ、だと? それはこちらの台詞だ! よくも騙してくれたな!」
「ここに来るために、どれだけの大金を積んだと思ってんだ!」
衰弱状態のはずなのに、彼らは怒りのままに当たり散らす。
だが、またその一方で、この世の終わりとばかりに絶望している人たちの姿もあった。
「巫女様に魔法がないことはわかっていたさ……それでも、私は彼女を信じていたかった」
「暴かないまま、夢を見させてくれたままの方が幸せだったのに……!」
その嘆きは巫女へのものじゃない。シシロウさんに向けられる。
やっぱり、ここでも彼は否定され、罵られてしまう……。
だけど彼らは突然、信じていたものを奪われたのだ。
それが例え虚像だと知っていても、巫女に縋っていた人たちにとってシシロウさんは邪魔でしかなかったのかな。
「シシロウさん……」
混沌化していく渦の中、独り立ったままの彼の姿に、私は人知れず眉を顰める。
すると、そのときだった。
「あ、あの……ごめんなさい」
テンナさんとはまた違う、可愛い声が響く。
「わたし、お母さんの言われるまま……巫女様の二代目になって……でも、何も、言わなくて、いいからって……ずっと喋るなって」
「でも、騙してたの、わかって、た……何も、言えなくて、ごめんなさい。ごめんなさい」
修練者たちの前に駆け寄ってきたのは、二人の巫女——本当の巫女と、瞬間移動の仕掛けで利用されていた巫女だ。
おそらく、どちらかがテンナさんが『リオ』と呼んでいた子だろう。
彼女たちは何度も何度も頭を下げて、謝っていた。
その姿は大人びていた巫女とは全く違う、あどけなさの残る、普通の少女たちだった。
少女たちの切実な謝罪を前に、それまで憤っていた人たちも、少しは落ち着きを取り戻したようだった。
と、いうよりも。興奮したことで気力を使い果たしたらしく、倒れてしまった人もいた。
「……騙すつもりはなかったんです。ただ最初は、魔の神様を見失いたくなかっただけでした……お金は返します。罪も償います。だから……娘たちは見逃してください」
ようやく口を開いたヤナさんはそう言って、深く頭を下げた。
どうやら二人の巫女とも、彼女の娘だったらしい。
“年を取らない”真相はつまり、“初代から二人の二代目に巫女が引き継がれていた”ということのようだ。
私は謝罪を繰り返す彼女たちを見て、テンナさんを促す。
「……テンナさんも、皆さんのところに行きましょう?」
彼女は小さく頷くと、ヤナさんとリオさんたちのいる大空洞の中心へと向かった。
私も付き添うべく、一緒に向かうつもりだった。
――が、洞窟内をよく見ると、いつの間にかシシロウさんがいなくなっていた。
「ええ!? シシロウさん、どこ行ったんですか!?」
まだ少しフラフラするが、それでも私は大急ぎでシシロウさんを探し、洞窟の外へ向かった。
どうにかして洞窟の外へ駆け出ると、その先にシシロウさんの姿があった。
私を待ってくれていたようだ。
「侵入者対策で入り組んだ洞窟だってのに、迷わずよく出て来られたな」
なんて言って、彼は呑気に笑う。
場違いにも思えるその笑顔が妙に気に食わなくて、私は思わず苛立って叫んだ。
「勝手にいなくなったらそりゃあ必死で脱出もしますよ! ビックリしたんですからね!」
だが私の怒りに反し、シシロウさんは愉快そうに笑う。
「悪い悪い、ああいうエピローグに俺は不要な産物だからな。さっさと退場させてもらうに限る」
「……え?」
ちょっと意外だった。
論破しているときの強気なシシロウさんを見ているからか、てっきり相手を説き伏せて『一件落着!』みたいな決め台詞を吐いて、締めるものだと思っていたからだ。
驚いている私を見て、シシロウさんは咳払いをする。
「あのなあ……あいにくと俺はそこまで人格者でもお人好しでもねえから、気の利いた台詞なんざ思い浮かばないんだよ。まあ、事態ってのは誰かが勝手に解決するもんだし……そもそも俺がとやかく言う必要なんかねえよ」
そう言って顔をしかめるシシロウさん。
そういえばと、酒場で起こったあの殺人事件のことを思い返す。
あのときの彼も、饒舌に魔法を否定しておきながら、その後の悪口雑言には何の反論もしなかった。
前回と今回共にそうだが、もっとシシロウさんは自分の気持ちを吐き出しても、バチは当たらないはずだ。
……それとも本当に、魔法を否定できればそれで充分なのだろうか。
――なんて思っていた、そのときだった。
「待って!」
背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこにはテンナさんの姿があった。
「やることやって、さっさと消えないで……お礼くらい言わせてよ」
急いで追いかけてきたのか、大きく肩を揺らすテンナさん。
そんな彼女へ、シシロウさんは素っ気ない態度で返す。
「これは俺が好き勝手しただけのことだ。礼を言われる筋合いはねえ。むしろ魔法を否定する手助けしてくれて、感謝してんだぜ?」
「でも! アンタのおかげで母さんは正気に戻ってくれたし、妹たちも、もう巫女様にならなくて済む……ありがとう」
そう言ってテンナさんは私たちへ深々と頭を下げた。
「あ、いえ、本当に私たち……というより私、何もしていないので、お気遣いなく」
礼を言う彼女へ、私も深々と頭を下げ返す。
するとシシロウさんはなぜか表情を曇らせると、それから小さく舌打ちを漏らした。
「……こういった信仰でもなんでも。のめり込んで依存するヤツってのは家族の犠牲なんか顧みないし、犠牲とすら思えない。だが、アンタの母さんは気づけた。だから……アンタがちゃんと向き合って家族で話せてりゃあ、聞き入れてたはずだ」
だから、これは俺のおかげじゃない。
なぜかちょっとムキになりながら、シシロウさんはそう付け足す。
それから、ばつが悪そうにさっさと集落入口の向こうへ去っていった。
……一体何が言いたかったんだろう。
ぽかんと口を開ける私の傍ら。
突然、テンナさんは小さく「フフ」と笑った。
「――もっと得意げに言えばいいのに、照れ隠しなんて……思ってたより愛嬌のあるおじさんね」
「ええ? 照れてたんですか、今の?」
私は目を丸くする。
……照れ隠しだなんて。全く気づかなかった。
だけど驚くべきは、私の節穴さではなく彼女の洞察力だ。
思わず感動してテンナさんを見た。
「すごいです! よくわかりましたね! 私には全然わからなかったですよ」
「あれくらいの反応なんて簡単なものよ――アンタはまず、彼のことをもっとよく見てあげた方が良い。彼を支えたいって想いは……その後からでも遅くないんだからさ」
「え……それ、って」
「巫女としての最後の助言……かな」
ああ、そっか。
離欲の間での二日目。私はつい色々と……事情から悩みから話しちゃってたんだっけ。
だから巫女であるテンナさんにまで、私の話を知られていたってことか。
……などと、呑気に感心したのは最初だけ。
徐々に、曝露し過ぎた気恥ずかしさと後悔で、全身から熱が立ち上っていく。
「わわー! その話、シシロウさんには絶対言わないでくださいよ! 私のくだらない悩みなんて話す価値もないんですから!!」
「わかってる。けど……さっき、あの人も言ってたじゃない。『ちゃんと向き合って話していれば、聞き入れてくれる』って。ちゃんと話したら、なんとかなるわよ。私みたいに」
「いや、それはテンナさんとヤナさんの話であって、シシロウさんのことじゃあ……」
「あら、ちゃんとわかってくれる人よ。あの人は」
そう言ってテンナさんは柔らかく微笑む。
……うう。
なんだかテンナさんに上手く乗せられ、話してしまいそうな自分がいる。
それ以上の反論ができなくなった私は、少しの沈黙のあと。
「じゃあ……なにか進展があったときは、お手紙書きますね」
と、返した。
「あっ! でも、最後にこれだけ言っときます!」
「……なに?」
「私とシシロウさんは、別に、そういう間柄じゃありませんからね!」
「それはわかってる」
ムキになる私を見て、テンナさんはまるで子どものような笑顔を浮かべた。
+++
――集落から外れた、森林の奥深く。
獣道を迷うことなく突き進む、一人の青年の姿。
彼は手にした剣を振り回し、鬱蒼と生い茂る草木を斬り崩しながら語る。
「――ああ。おかげで10年かけて作り上げた金蔓が一瞬にして消し飛んじゃった……そんな怒んないでよ。まさか“魔の神殺し”がこんな辺境の地までやって来るとは思わなかったんだからさ」
草木を刈り続け歩く彼の片手には残滓のオーブが握られていた。
オーブは淡い光を発し、そこから男性の声が聞こえてくる。
『“魔の神殺し”もそうだが……俺はお前のずさんさに憤っているんだ』
「ずさん? ちゃんと集落も巫女も見張ってたじゃん?」
『“見張る”だけではだめだ。あの親子をもっと追い込み、感情を殺しておくべきだった。その洗脳の甘さが今回の失態を生んだのだ』
「相変わらず厳しいなあ……」
と、青年は森林から開けた場所へと辿り着く。
彼の眼前には僅かな岩場と、その先には大海原が広がっていた。
『とにかく、早くそこから撤収し別の金蔓先と合流しろ』
「ほいほい」
『……多少の言動には目を瞑っているが、我らの使命だけは怠るな――ライヒ』
直後、オーブから光が消え、同時に声も聞こえなくなった。
会話を終えた青年――ライヒは大海原を望む崖の上へと立つ。
「それにしても、あのおっさんが“魔の神殺し”とは……せっかく会えたんだからあの噂の真相、聞いときたかったなー……」
遥か崖下では海がザザンという波音を立てる。
だが、彼の双眸に恐怖心は一切ない。
「また会いたいなー……会えるといいなあ」
最後にそう呟くと――次の瞬間。
ライヒは静かに、崖の向こうへと飛び降りていった。
間もなくして大きな閃光が輝く。
しかし、それ以降は何事もなかったかのように、静かなさざ波が聞こえてくるだけだった。




