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「ちょ、ちょっとシシロウさん……!?」
壁際で話しているのに、なぜか洞窟中に響き渡るシシロウさんの声。
動揺する私はそっちのけで、彼は語り出す。
『離欲の間――睡眠、食事という欲を断ち、耐えた者のみが巫女を拝めるって話だが……それは虚言。実際はそうすることで相手を衰弱状態に追い込むのが目的だ』
「衰弱、状態……?」
衰弱した人間は、意識の混濁やせん妄を起こしやすくなるのだと言う。
せん妄とは、この場合では注意力が低下し、幻覚や幻聴、興奮状態になったりするとの話だ。
ちなみに、睡眠不足や脱水症状を要因とするせん妄は、その原因を取り除けば回復する――とシシロウさんは後で教えてくれた。
『注意力散漫、幻覚や幻聴が起きやすい……そんな状態ならば、あとは単純なもんだ。子ども騙しの手品だろうが、修練者は神の御業だと叫び拍手喝采となるわけだ』
「で、でもそう上手く騙せるものでしょうか……中には疑り深い人だっていたはずじゃあ」
ポツリと漏れ出た疑問だったが、答えるようにシシロウさんが話を続ける。
『通行証に大金をはたいたうえに、こんな辺境の集落まで足を運ぶほど信心深い連中なら、大抵は信じてくれるだろうな。が、念には念を入れて……“巫女様ショー”にだって抜かりはない。そのために用意したのが、この舞台ってわけだ』
と、シシロウさんは突然、大空洞が臨める横穴の方へ移動していく。
「あとは任せたぞ、マルル」
謎の伝言を残すと、彼は次の瞬間――。
その場から飛び降りた。
「ええっ!!? ここ結構高さありますよ!?」
私の見立てでは建物三階ぶんくらいの高さはある。
が、飛び降りたシシロウさんの腕にはいつの間にか先ほどのロープが巻かれており、それを利用し、なんなく着地したようだ。
……いや、それでも普通はなんなく下りられるものじゃない。
「シシロウ様、これは一体なんの真似でしょうか……巫女様を冒涜する言動は断じて許されませんよ」
シシロウさんによる騒ぎを聞きつけたのか、いつの間にか洞窟の中央には、集落の長であるヤナさんの姿があった。
彼女の背後には、武装した男性たち。
その厳重な警戒心はごもっともと同調してしまう。
しかし、そんな人たちを前にしても、シシロウさんは顔色一つ変えず、強気の笑みを浮かべた。
「俺だってこれが金持ち目当ての単なる“巫女様ショー”だったなら、気にも留めてねえよ。だが――これを“魔法”だって断言するからこそ、俺は否定してんだよ」
「意味のわからないことを……“巫女様の魔法”は紛れもない本物なのです! 彼女は宙を舞い、人の心を読み解き、そして瞬時に移動ができるのですよ」
「宙を舞う? 人の心を読み解く? 瞬間移動? 全部見ていたがあんなのは魔法でもなんでもねえ……簡単な仕掛けだ」
凛として立つシシロウさん。
そんな彼を皆、まるで悪党を見るかのように睨む。
私はその光景を見下ろしながら、一人わたわたと動揺していた。
「ど、どうしよう。私も下りて加勢した方が……でも、ここから飛び降りる勇気はさすがに……」
なんて悩んでいると突然、服の袖をギュッと引っ張られた。
「ご、ごめん……傍にいて」
見ると、テンナさんが異常なほど震えていた。
寒さや空腹によるものじゃない。
間違いなくそれは恐怖からくる震えだ。
……そっか。
テンナさんにしたらこの状況は、とてつもなく恐ろしいことなんだ。
冷静に見せていたけど、本当はこんなにも怖かったのだ。恐れていたのだ。
「……大丈夫ですよ。シシロウさんがキレイさっぱり解決してくれますから」
そう言ってテンナさんを優しく抱き締める。
他力本願な言葉で申し訳なかったが、今の私に言えることはこんな言葉くらいだった。
それでも、彼女の強張っていた体が少しはほぐれたような気がして、私は静かに吐息を洩らした。
私とテンナさんのやり取りの合間にも、シシロウさんは四面楚歌の中、自分の推理を披露する。
「“人の心を読み解く”ってのは単純明快。前もって衰弱状態の本人たちから聞き出しただけ。そもそも何かに縋るためここへやって来た連中だからな。必死に身の上話をしてくれたことだろうぜ」
彼の話には心当たりがある。
二日目の夜、私は見張り役の女性と話をした。
そのとき、“本当はダメなことなのに話しかけてくれた”という優しさが嬉しくて。
独りぼっちからくる心細さを埋めたくて。
ついつい自分のことをたくさん話した……ような気がする。
……あれって、本当は私の事情を聞き出すための作業だったのか。
そう思うとなんだか複雑な気分になる。
「でもって、あとは聞き出した話を巫女に教え込み、さっきのように本人の前で“あたかも心を読み解いた”かのように語る。ただそれだけのことだ」
ヤナさんの沈黙に対し、周囲の修練者たちも疑い始めたのだろう。
騒然とした空気が流れ出す。
「“瞬間移動”ってのも古典的で簡単な話だ。元から巫女が二人いたんだろ。一瞬の暗転に紛れて片方が隠れたところで、もう片方の巫女が別場所から登場する。そうすりゃあ瞬間移動したかのように見えるってわけだ」
腰まで長い黒髪、生気のない真っ白な肌と分厚い法衣。
真っ暗な洞窟にて、際立つその格好ならば、巫女様の細かい見分けまでは気づかない。
「ま、正常な人間が見りゃあ歩き方、間の取り方、衣装の汚れなんかですぐわかるがな」
……すみません、シシロウさん。
私は全くもってわかりませんでした。
「そして……一番の肝である“宙を舞う”仕掛けだが、こいつもちゃんと見えてりゃあ大したもんじゃねえ」
そう言うとシシロウさんはポケットから手のひらサイズのガラス玉を取り出した。
「あ、あれって……」
私が言いかけた、その瞬間。
シシロウさんはガラス玉を天井目掛け、高々と放り投げた。
勢いよく投げられたガラス玉は直後、目を覆いたくなるくらいの輝きを放つ。
「ま、まぶし……」
「やっぱり、ミントゥスさんからもらった残滓のオーブ……!」
光の魔法が注入されている残滓のオーブは、その輝きで洞窟内を煌々と照らした。
「え……あれは、なんですか?」
と、明るくなった洞窟の上空には、何か黒い線のようなものが張り巡らされていた。
「あれは黒く塗りつぶされたロープだ。あれと滑車を使い、巫女を繫げて吊るし上げれば“宙を舞う巫女”――もとい、“空中滑走する巫女”の完成ってわけだ」
実際は滑走するというよりも、別に用意してあったロープを手繰り寄せることで前後左右に動き回っていたとのこと。
上下する際はシシロウさんが先ほど落下の際にやっていたように、落下専用のロープを体に巻き付け、ゆっくりと吊り下げていったというわけだ。
「さっきのショーで唯一の明かりは、巫女が首に下げていたオーブだけ。さらには着地時に煙を焚いておけば、ロープの存在を誤魔化しやすくできる」
確かに言われてみると、どれもわかりやすい単純な仕掛けだ。
だが、すでに意識混濁という判断力低下状態の修練者たちにとってみれば、神がかり的な魔法へと見えてしまうことだろう。
……かく言う私も、すっかり騙されて魅入ってしまっていた。
ここまで論破されたヤナさんは、その沈黙を破り、声を荒げた。
「……では、声は! 巫女様の声はどう説明するのでしょうか!? 彼女の声はまるでお告げのように各所から聞こえてくるのですよ!」
彼女は怒りの籠った目でシシロウさんを射抜く。
しかし、それで狼狽える彼ではない。
それどころか、よりいっそう堂々とした立ち振る舞いで返した。
「それは説明する必要もねえだろ」
「なっ!!?」
と、シシロウさんの視線が私を見る。
それがなにかのメッセージだと気づき、私は急いで頭をフル回転させた。
洞窟内でどこからともなく聞こえる巫女様の声。
でもそれはシシロウさんもやってのけた。
そのときの彼は……なぜか壁際にいた。
私は壁際を見やる。
よくよく確認すると、そこにはラッパ状の筒らしき金属と、岩肌を伝う金属管がいくつも張り巡らされていた。
「これって……もしかして」
それを見て、さすがの私も“声のからくり”について、理解できた。
だが、ここで私が動いたところで、何の解決にもならない。
……もう一歩、勇気を奮い起こす人は、私じゃない。
「テンナさん……」
私の視線を感じ取ったテンナさんは、しばらく俯く。
けれど、迷い苦しんだ顔をした後、小さく頷いてくれた。
そして――ゆっくりとその漏斗の前に立った。
『……すべて彼の言う通りです。もう、こんなことは止めましょう……お母さん』
巫女様の声が洞窟中に響く。
“お母さん”とは誰のことなのか。
それは驚愕していたヤナさんを見れば一目瞭然だ。
『私もう、辛いんだよ。巫女の役目もそうだけど、でも。訪れた人を無理やり追い込んで、幻想を見せて、それでお金を取って、生きていくのが辛い……』
つまり、そもそも巫女様の声はテンナさんのものだったのだ。
この場で出された声は張り巡らされた金属管――伝声管を伝って、洞窟中に響き渡っていたというわけだ。
『……私はもっと、普通に、暮らしたいよ……!』
最後は震える声を出し、テンナさんは静かに泣き崩れた。
彼女の訴えを聞いたヤナさんもまた、力無く膝から崩れ落ちていった。
信仰に背いた娘にショックを受けたのか、はたまた、娘の心情に気づかなかった不甲斐なさにショックを受けたのか。
それはきっと、ヤナさんにしかわからないことだと、思った。




