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シシロウさんに促されるまま、私もまた洞窟の岩肌――横穴へと近づく。
「開演って……何が始まるんですか?」
「言った通りの、“巫女様の魔法”だ」
「えっ――」
大声を出しそうになり、シシロウさんに口を塞がれる。
彼は自分の口元に人差し指を当てながら言った。
「集落中を散々探し回って巫女の姿がなかったのも無理はねえぜ。こんな巨大洞窟の中に引き籠ってたんだからな」
彼の言う通り、横穴から覗き込んだ先には、巨大な大空洞があった。
何百人が簡単に収まる広さと、洞窟とは思えない高さは圧巻だ。
妙に粟立つ寒さが神秘的な雰囲気を醸し出している。
が、私的には不気味でしかない。
「シシロウさんや私まで脱走したのに……中断しないんですか?」
私の疑問にシシロウさんが答える。
「しないだろうな。見物者側には、中断してる余裕がないからな」
見たらわかると促され、私は目を凝らす。
洞窟内は真っ暗だった。
その中央では法衣姿の人たちが座っている。数十人はいるだろうか。
遠目からではよくわからないが、そこにいるみんな、放心状態のように見える。
中には倒れそうなのを何とか支えられている人もいる。
「集落に人がいないのは、この修練者たちが原因だよ。彼らは瀕死のギリギリ状態だから、集落の老人や子どもたちで世話しなきゃならない。だから、家に帰ってるヒマもなくなる」
「そんな……みんな、まるで……」
少し前の私のようだった。
寝ることも食べることも許されず、極限状態の中、辛うじて意識を保っている。
「ここまでして、何がしたいんですか?」
「飲まず食わずの人間は意識が朦朧として幻覚を見やすくなるからだ」
「え?」
シシロウさんの言葉の意味がよくわからず、私は顔をしかめる。
「さっきマルルも言っただろ? 亡き父親が見えたとか」
「あ、はい。父さんが『まだ来るには早い』とか、それはもうリアルに聞こえました」
「そんな状態に陥らせるのが、巫女を観覧する前提条件ってことなんだよ」
「え……」
シシロウさんに理由を聞こうとしたが――そのとき。
『皆さま……よく修練に耐えてくださいました。ありがとうございます』
どこからともなく、少女と思われる可愛らしい声が聞こえてきた。
「え、どこ?」
急いで洞窟内を隅々まで覗き込んでいくが、ロウソクの灯り1つさえないこの状況では、巫女様がどこにいるのかわからない。
と、そう思っていると――。
『今宵は皆さまの願いと共に、魔の神さまが望む未来へと導きましょう』
声と同時に、どこからか光が照らされる。
輝きの先を探していくと、彼女は大空洞の上――空中にいた。
「巫女だ……」
「巫女様……」
洞窟の空中に、輝きをまとって現れた巫女様。
その登場に修練者たちが騒然とする。
力無く縋る彼らは、まるで神を目撃したかというほど感極まっていた。
「ああ、巫女様……」
空中を縦横無尽に舞う巫女様は、ゆっくりと地面へ下り立つ。
立ち込める白煙を纏いながら、やがて一人の少女が現れた。
腰まである黒く長い髪、生気を感じられないほど真っ白な肌。
そんな彼女はこれまた真っ白な法衣を、まるでドレスのように上から下まで覆い被っていた。
「み、巫女様……いま、そ、空にいましたよ。今、宙を舞っていましたよ!」
徐々に興奮していく私を見かねて、シシロウさんが口を塞いできた。
「静かにしろ」
こくこくと頷く私の背後で、巫女様は静かに、その口を開く。
『オズワルドさま……私のために泣くことはありません。その涙は亡き奥さまのミリアさまを思い出すときに使ってください』
彼女は近くにいた男性の側へ歩み寄り、彼に触れながらそう言った。
男性はこれでもかというほど目を見開く。
初対面である彼女に事情を言い当てられたと言わんばかりの驚きようだ。
『マシューさまは私のような永遠の若さが欲しいのですね……それは魔の神さまへの篤い信仰が導いてくださることでしょう』
彼女の鈴を転がすような甘い声が、優しく、一人一人を諭していく。
それはとてもとても心地良い導きだろう。
だが……私からすれば、一人の少女に大人たちが縋り寄るその光景は、とても異様だった。
『ああ……もっと長く皆さまとお話ししたいのですが、私はこれより魔の神さまへと祈る時間です……』
直後、また明かりが消えた。
彼らと同じく私も動揺していると、しばらくして再び光が灯る。
が、光が灯った場所は修練者の中心——巫女様がいたところではない。
そこから少し外れた、大空洞の入口付近。
巫女様はなぜかそこにいた。
そして、彼女がさっきまでいた場所に、その姿は影も形もなかった。
いわゆる、瞬間移動だ。
生まれて初めて見る光景だった。
“魔法”を知らない私でも、あんなものを見ては“魔法”があるんだと、信じてみたくなる。
「むぐ……むごっ……!」
私は口を塞がれながらも、叫ばずにはいられない。
驚きのあまり、シシロウさんの肩をバシバシと叩いていたが、それでも彼は私の口を解放してくれなかった。
「お、落ち着けマルル……」
『私もまだまだ巫女として未熟な身……皆さまの修練と、そしてお力添えをいただけるおかげで、魔の神さまの声が聞こえてくるのです。皆さま、どうかこれからも努力を怠らないよう……お願いいたします』
巫女様は深々と一礼した。
物腰柔らかで神秘的な少女。
魔法の有無にかかわらず、この少女に好感を持たない人はほとんどいないだろう。
そこでようやくシシロウさんから解放された私は結局、興奮気味に声を出した。
「す、すごいです。空中を舞って、人の心も読んでたし、一瞬にして移動もしてましたよ! あれは、さすがに魔法なんじゃあ……」
と、なぜか目の前にシシロウさんがいなくなっていた。
「え……」
――次の瞬間。
『――とまあ、巫女様のショータイムを楽しんでもらったとこ悪いが……これは魔法でもなんでもねえよ』
紛れもない、シシロウさんの声。
巫女様のときと同じく、彼の声はどこからともなく聞こえてきた。
「ええ? シシロウさん……!?」
急いで辺りを見回すと、彼は後方の岩壁に寄り添っていた。
その隣にはずっと静かだったテンナさんの姿もある。
『なんたってここは、“巫女様”を作り上げるための壮大な舞台なんだからな』
なぜか壁際にいるのに、シシロウさんの声が洞窟内の各所から響いて聞こえる。
驚きと困惑の私を他所に、彼は話を進めていった。




