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「――……ここは?」
目が覚めると、一面真っ暗な場所だった。
どこからともなく吹き付ける風が冷たく、思わず身震いする。
「……やっと起きたか。まあ三日もまともに寝てねえんだから、丸一日寝ちまうのも無理ないが」
「え? 一日も、寝てたんですか?」
そんなにも寝てしまって、なんだか損した気分だな。なんて呑気なことを思う。
が、徐々に意識が鮮明になるにつれ、私は現状の危機感を思い出す。
「離欲の間……どうして、シシロウさん? ここって?」
未だに上手く頭が回らない。
混乱状態の私のために、シシロウさんは順を追って説明してくれた。
「落ち着け。とりあえずかいつまんで話すとだな……俺は離欲の間の修練とやらは受けちゃいねえ」
「ええ?」
「『俺はマルルの付き添い人だから修練を受けるつもりはない』って言ったらすんなりと追い出された。だから潜入し直して集落を探ってたんだよ」
……ちょっと待って。
それってつまり、私はシシロウさんに利用されたということなのでは?
頭を抱える私を余所に、彼は淡々と話を続ける。
「まあ、元よりこんな苦行は相当巫女を妄信してなきゃ乗り切れるわけがねえ。途中で脱走されるくらいなら早々に引き返してもらった方が悪評も立たんだろうしな」
「悪評があると、困るんですか?」
そう質問したところで――。
――ぐ~っ
私のお腹が盛大に鳴った。
シシロウさんは苦笑を漏らすと、取り出した果物を手渡してくれた。
喉に達するくらい濃厚な甘い香り……相当熟れた桃だった。
「まずは頭と体動かすためにも飯を食え。っつっても、いきなり固形物摂ると胃腸に負担かけちまうんだが……あいにく、こういうもんしかないらしくてな。それでも腹は満たされるだろ」
と、彼が言い終わらないうちに、待ちきれなくて汁をも取りこぼさぬよう、桃にかじりつく。
あまりの美味しさに思わず涙が出そうになる。
食事がこんなにもありがたい、大切なことだということを改めて実感する。
そんな私を見て、シシロウさんはまた笑っていた。
「マルルは知らなかったようだから無理もないが……“歳を取らない”“人の心を読み解く”魔法はそもそも禁忌魔法って言ってだな、世界レベルで禁止されてたんだ」
「え?」
「でもって、こういう謳い文句がある信仰は大抵がニセモノ――寄付金目的の詐欺集団なんだよ」
「ええ?」
魔法が存在していた時代から、禁忌魔法というのは人を寄せ付ける魅力があったらしい。
そこに目をつけた悪い人たちが、古の正統派信仰に紛れて人を誑かしていたそうだ。
「じゃあ、巫女様がニセモノだってことは……」
「魔法がなくなる前時代からわかりきってたことだ。だから言っただろ? 絶対後悔するって」
そう言われて余計に酷い後悔と疲弊感が、どっぷりと背中にのしかかってきた。
「だがまあ、マルルが来たおかげで色々裏で動き回れはしたがな」
シシロウさんは、私には聞こえない声量でポツリと呟く。
「だったらもっと早く私を助けてくださいよ! 何度か父さんの声が聞こえてたんですから!」
身体中にもっと潤いがあったなら、絶対今泣いていたと思う。
「悪い悪い。お前の限界だろう三日目までは、一人で動いた方がいいかと思ってな」
と、シシロウさんの顔色が曇っていく。
「だが……どうしても巫女の場所には辿り着けなかった。というより、集落自体にはまるで生活感がねえ」
集落と呼ぶよりも、ここは本当に砦のようなのだという。
住民の声、料理による匂いや煙、夜の灯り。人が暮らしている証が、ここには全くないのだそうだ。
「そんな……じゃあここは一体――」
私がそう言いかけたとき。
「――元はよくある集落だったよ。他よりも魔の神に信心深いこと以外は、いたって普通のね……」
暗がりの向こうから姿を見せたのは、見覚えのある女性。
「……テンナさん?」
初日に見たときと違い、今の彼女は真っ白な法衣をまとっていた。
ちなみに、私は彼女とは真逆でいつの間にか自分の服を着ている。
「魔の神の魔法がなくなったときから、この集落はおかしくなっていった。毎日あると信じてたものの消失。それによる虚無感は絶望へと変わりかけて……そんなとき、偶然訪れた旅人が言ったんだ。『魔法が使えなくなっただけで、魔の神は消えてなどいない』ってね」
シシロウさんの隣に座り込み、淡々と語るテンナさん。
私は話の腰を折るとわかっていながらも、どうしても気になる質問をぶつけた。
「あの、ちょっと待ってください……テンナさんは、どうしてシシロウさんと一緒なんですか? だって、私……脱走したんですよ?」
もっと騒動になって、私を捜しに来たのかと思ったが、どうにも違う。
そもそも、私はここがどこだかさえもわかっていない。
真っ暗で灯りはシシロウさんの傍らにあるランプのみ。
どうやらごつごつとした岩肌から見るに、洞窟のようだった。
テンナさんは一瞬だけ、きょとんとした顔をしていたが、すぐに表情を和らげて答えてくれた。
「……私は、今の集落をぶっ壊してもらいたくて。だから彼に協力しているの」
すかさずシシロウさんが付け足す。
「ミントゥスの野郎が言ってただろ? 内通者の協力があったって。それが彼女だったってことだ」
私は思考を手放しそうになりながらも、必死に頭を回転させる。
「ええ? ……つ、つまりテンナさんは味方ってこと、ですか?」
「うん。その考え方で間違いないわ」
テンナさんは肯定に頷くと、懐から通行証を取り出した。
「それ……私の?」
炭で書かれた私の名前。
間違いなくそれは私の通行証だ。
すると彼女はそれをくるりと裏返してみせる。
「本当はマルルに気づいてほしくて、書き残したものだったんだけどね」
受け取ってよく見てみると、通行証の裏には“何か尖ったもので付けられたキズ”があった。
パッと見では気づかないレベルのキズは更に目を凝らしてみると、文字のようだった。
『格子は簡単に外れる 集落外れ 紅い布の洞穴で待つ』
文字はそう書かれていた。
「あ……」
そういえば、テンナさんが名前を書いていたあのとき。
やけに長いなあと思っていたが、そのときにメッセージを残していたらしい。
だが、申し訳ないことに私が気づくことはなかったのだ。
……つまり、私がもっと賢ければ一人で逃げ出せていたということだ。
明らかに落ち込む私に、シシロウさんが口を開く。
「さすがにマルルまで脱走されたら集落の連中は俺たちを探してたかもしれねえし、そこまで気にする問題じゃねえよ」
彼はそう言ってから咳払いを一つ零し、話を続ける。
「三日が経過したところで俺は限界だろうマルルを助け出して、そこで通行証のメッセージに気づいてな。一か八かで来てみたら……彼女が待っていたってわけだ」
そうして、テンナさんの助力を得て、この洞窟内で身を潜めていた。というわけだった。
私がこの経緯を知ったところで、テンナさんは話を戻した。
「――集落にやってきた旅人は『私たちがあたかも魔法を使えるように見せ、信者を増やすことで魔の神はいつか復活する』って言った。みんなは信じきって、それで……今の集落を作り上げていったのよ」
タネも仕掛けもある巫女を祀り上げ、魔法が使えると流布し、魔の神を求める人々を集める。
そうして魔の神信者を増やすことで、魔の神復活を促していく――。
「だが、それは虚言だ」
テンナさんの話を遮り、シシロウさんが言いきった。
「実際のところは『願いが叶う未来を与える』という謳い文句で集まった大富豪たちに巫女を信じ込ませ、金を巻き上げるって算段だ」
「あ、それでさっき言ってた禁忌魔法の話ですか?」
思い出した私がそう言うと、シシロウさんは首を縦に振った。
「ああ。いきなり『願いが叶う』なんて言われて信じるヤツは先ずいない。昔ですら禁忌とされた魔法を使えるように見せることで、信じ込ませるんだ」
その行為に信仰心への配慮は微塵もない。
つまり、集落の人たちはその“旅人”に言いくるめられ、詐欺まがい集落へと成り下がったというのだ。
テンナさんの心中を案じ、思わず彼女を見る。
だが意外にも彼女は冷静に何度も頷いていた。
「あの、ショックじゃないんですか? 集落が利用されてたなんて……」
「私はみんなほど信心深くなかったから……ずっと間違ってるってのはずっとわかってた。けど、言い出す勇気もなかったの」
――そんなあるとき。
この集落へやってきた商人が言ったのだという。
『巫女の嘘を暴く手伝いをして差し上げましょう』と。
テンナさんは一縷の望みを懸け、その商人に通行証を託したのだという。
「一般人のアンタたちに頼むのはお門違いかもしれない……けど、こんな、家族が家族らしく暮らせない毎日が……辛いの」
そう話す彼女の頬にはぽたぽたと大粒の涙が零れていく。
初日に彼女を“不愛想な人”だと思ったことを、謝りたくなる。
「お、お願い、します。この集落の巫女を、助けてください。巫女の魔法の真相も、今、この場で全部明かすわ。だから――」
と、突然。シシロウさんはテンナさんの口許へ、自分の人差し指を突き出した。
「言われずとも巫女の嘘は暴いてやる。それに魔法の仕掛けについては説明する必要もねえよ」
「え?」
彼はその場から立ち上がり、落ちてあった何かを拾う。
一瞬、ヘビかと思ってぎょっとしてしまったが、どうやらそれは、黒く塗られたロープのようだった。
……けどどうして黒く塗ってあるんだろう?
「アンタは現状の幸福を終わらせる覚悟でここまで案内してくれた。それだけで充分貢献してくれたよ。ありがとな」
シシロウさんはおもむろに、岩肌のそばへと歩み寄る。
そこには、まるで窓を思わせるような横穴が開いていた。
「こっからは待ちに待った開演だ。どうせなら最後まで楽しんでから、派手に否定してやろうぜ」
そう言って彼はギラギラとアメジストのように輝く瞳を私たちに見せる。
そして――。
「……この“魔法使いの巫女様”って余興をな」
いつものように、強気に笑った。




