お姫様と別れ
星冠の儀から一夜明けた朝。
ノルディア城の外には、昨夜よりも穏やかな雪が降っていた。
白銀の城門前には、アルカンティア王家を見送るため多くの騎士や使用人たちが並んでいる。
吐く息が白く染まる中、私はふわふわのマントへ顔を埋めながら馬車の前に立っていた。
『さむい…』
「だから言っただろ、いくら魔法をかけたってノルディアは寒いんだよ」
エリオットお兄様が呆れたように笑う。
けれどその手は、ちゃんと私のマフラーを直してくれた。
「リリィ、最後のご挨拶よ」
セレナお姉様に言われ、慌てて姿勢を正す。
その時、白銀の扉が開き、ノルディア国王夫妻とアステル様が姿を現した。
昨日の式典ほど豪華ではない。
けれど三人とも正装姿で、雪景色の中でもひどく目を引いた。
国王陛下はゆっくりとこちらへ歩み寄ると、私たちへ深く頭を下げた。
「この度は、我が国での不手際により皆様を危険へ晒してしまった」
その表情には、隠しきれない悔しさが滲んでいた。
「本当に申し訳なく思っている」
「顔を上げてください、陛下」
ルシウスお兄様が穏やかに言う。
「今回の件は、誰にも予測できたものではありません。それにリリィも無事です」
「ですが」
「むしろ」
言葉を遮るように、エリオットお兄様が笑った。
「アステル殿下がいなかったら危なかったですよ。助かりました」
その言葉に、国王陛下は目を見開く。
隣では王妃様がほっとしたように胸元へ手を当てていた。
「…ありがとうございます」
王妃様は震える声でそう言うと、私の前へそっと膝を折った。
『お、王妃様!?』
慌てる私へ、王妃様は優しく微笑む。
「怖い思いをさせてしまいましたね、リリオール姫」
『わ、私は大丈夫です!』
「ふふ、強い子なのですね」
王妃様はそう言いながら、私の頬へそっと触れた。
とても細い手だった。
少し冷たい、でも、優しい手。
「また、ノルディアへ遊びにいらしてくださいね」
『はい!』
勢いよく頷くと、王妃様は嬉しそうに笑った。
その隣で、アステル様が静かにこちらを見つめていた。
金色の瞳と目が合う。
「また、ノルディアへ遊びにいらしてください」
アステル様は静かにそう言った。
「次は、もっと穏やかな形で歓迎したい」
『はい!』
勢いよく頷くと、アステル様は少しだけ目を細める。
「あなたと話すのは、不思議と疲れませんでした」
『え?』
「いえ」
アステル様は小さく首を振った。
「年の近い方と接する機会が少ないもので」
その言葉に、なんとなく納得する。
アステル様は王太子。
しかも、あれほど強い魔力を持っている。
きっと普通の人とは違う距離感で生きてきたのだろう。
「リリィが変なことばかり言うから新鮮だったんじゃないですか?」
エリオットお兄様が笑う。
『へ、変なことってなに!?』
「雪を見て食べられそうとか言ってただろ」
『お兄様!それを今言わなくても!』
騒ぐ私たちを見て、王妃様がくすくすと笑う。
アステル様もわずかに口元を緩めた。
それは“特別”というより、ようやく年相応の空気を感じられた安心みたいな、穏やかな表情だった。
雪の降るノルディア城門前。
そんな騒がしい見送りの中、私たちはアルカンティアへの帰路につくのだった。




