お姫様と黒い瞳
重たい空気のまま朝食を終え、私たちは星冠の儀へ向かうため身支度を整え部屋の中で待機していた。
ノルディア城の廊下は朝だというのに静かで、窓の外では雪が絶え間なく降り続いている。
胸の奥のざわつきは、まだ消えていなかった。
「リリィ」
呼ばれて顔を上げる。
セレナお姉様が、私の髪へそっと銀色の髪飾りを差してくれた。
「これでよし」
雪の結晶を模した、小さな髪飾り。
光を受けてきらりと輝く。
『きれい…』
思わず呟くと、セレナお姉様が柔らかく笑った。
「ノルディアに合わせてみたの。似合っているわ」
嬉しくなって頬が緩む。
腕を組んでいたエリオットお兄様は、まだ難しい顔のまま外を眺めていた。
「もう外にはいないだろう、エリオット」
エリオットお兄様の様子を見てルシウスお兄様が苦笑する。
「もちろん、ですが目的が分からない以上警戒は怠れません」
ぴり、と空気が張る。
「ノルディア側も気づいているはずです。警備は強化されてると思いますが…」
そこまで言って、エリオットお兄様は私を見る。
「リリィ、本当に何も見てないんだな?」
エリオットお兄様の瞳が真っ直ぐ向けられる。
誤魔化せない、と直感した。
『…人影を、見たの』
小さく答える。
「人影?」
ルシウスお兄様が眉を寄せた。
『遠くの塔の上に黒い服の人。黒色の目をしてた』
その瞬間。
エリオットお兄様とルシウスお兄様の表情が変わった。
「黒?」
「見間違いじゃなく?」
思わずびくりと肩が揺れる。
『た、ぶん』
するとセレナお姉様が、そっと私の手を握った。
「責めてるわけじゃないのよ」
優しい声。
それだけで少しだけ落ち着く。
「ただ、ノルディアではその、黒色の瞳はあまりよく思われていなくてね」
『?』
「ノルディア国では黒色の瞳を持っていると守護神エイル様から加護をもらえなかった忌み子といわれるの」
そういうお姉様の顔は苦しそうだった。
瞳の色だけでどうしてそんな差別を受けなくてはならないのだろうかと、苦しくなる。
「ノルディア国は歴史を重んじる。その精神でうまくいっていることもあればあまりよくないこともあるんだ」
ルシウスお兄様が静かに言った。
「まぁ、ノルディア国以外でも珍しいがいない瞳ではない。他国の人間の可能性もある」
エリオットお兄様はそう付け足したものの、その顔は険しいままだった。
コンコン、と扉が叩かれる。
「アルカンティア王家の皆様。儀式の準備が整いました」
使用人の声だった。
「…行こうか」
ルシウスお兄様が立ち上がる。
私たちも続いて部屋を出た。
廊下には既に多くの使用人や騎士たちが行き交っている。
昨日よりも明らかに警備が厳しい。
窓際には魔法師らしき人物まで立っていた。
(やっぱり、何かあるんだ……)
不安が胸をよぎる。
「おはようございます」
前方から聞こえた穏やかな声に、私は顔を上げた。
白銀の廊下の先。
アステル様がこちらへ歩いてくる。
今日は儀式用なのだろう。
深い紺色に銀糸が織り込まれた正装は、まるで夜空そのものだった。
胸元には星を模したブローチが輝いている。
「皆様、昨夜はよく眠れましたか?」
優雅な微笑み。
完璧な王子様。
胸の奥の闇魔法が、また脈打った。
『っ……』
思わず息を呑む。
その瞬間、アステル様の金色の瞳が、まっすぐ私を捉えた。




