お姫様と優雅な朝と殺気
「リリィ、口元」
『え?』
セレナお姉様はナプキンで私の口元を拭う。
どうやらスープが少しついていたらしい。
「まったく、落ち着いて食べろ」
エリオットお兄様があきれたように笑う。
その様子にルシウスお兄様が楽しそうに笑った。
「こうしてると、本当にいつもの朝だね。なんだか懐かしいな」
その言葉に、みんなが少しだけ表情を和らげる。
ここは隣国の王城。
今日は大事な星冠の儀。
なのに不思議と、家族で囲む食卓はアルカンティアにいる時と同じ空気だった。
「そういえばリリィ、星冠の儀ではアステル様の隣に“星冠”が現れる瞬間が見られるかもしれないわ」
セレナお姉様が紅茶を口にしながら言った。
『星冠?』
「ノルディア王家に伝わる特別な魔法具よ。星の加護を受けた者だけが触れられると言われているの」
きらきらした響きに胸が躍る。
けれど隣でエリオットお兄様が眉を寄せた。
「リリィ、あんまりはしゃぐなよ。昨日みたいに倒れでもしたら大騒ぎになる」
正論すぎて何も言い返せない。
むぐ、と口を閉じる私を見てルシウスお兄様が苦笑した。
「でも気になるよね。ノルディアの星冠は僕も実際には見たことがないんだ。楽しみだよ」
「兄様まで甘やかさないでください」
「エリオットは心配しすぎなのよ」
セレナお姉様がくすりと笑う。
その時だった。
――ぞくり。
背筋を冷たいものが撫でた。
『……っ』
思わず肩を震わせる。
同時に、胸の奥の闇魔法が小さく脈打った。
「リリィ?」
エリオットお兄様の声。
けれど返事をするより先に、視線が窓へ吸い寄せられる。
白く霞む雪景色のその向こう。
遠くの尖塔の上に誰かが立っていた。
黒い外套。
風に揺れる長い髪。
そして、こちらを真っ直ぐ見下ろす黒色の瞳。
『……!』
瞬きをした瞬間、姿は消える。
吹雪だけが静かに舞っていた。
「どうした?」
低い声。
気づけばエリオットお兄様が立ち上がっていた。
その視線は、私ではなく窓の外へ向いている。
『い、今』
言いかけて、言葉が止まる。
見間違いかもしれない。
「顔色が悪いわ」
セレナお姉様が心配そうに額へ触れる。
私は慌てて首を横に振った。
『だ、大丈夫!』
そう答えた瞬間。
――ビリッ。
空気が震えた。
「っ!?」
窓ガラスが微かに軋む。
暖炉の火がぶわりと揺れた。
それは一瞬。
けれど、確かに感じた。
肌を刺すような、鋭い“殺気”。
エリオットお兄様の表情が変わる。
「兄様」
ルシウスお兄様も立ち上がった。
穏やかだった空気が、一瞬で張り詰める。
「今の」
「あぁ」
短いやり取り。
けれど二人とも、確かに何かを感じ取っていた。
『お、お兄様…?』
不安になって声をかけると、エリオットお兄様はすぐにこちらを振り返った。
「大丈夫だ」
そう言う声は落ち着いていた。
でも、その目は鋭く細められている。
「リリィ、今日は絶対に俺たちから離れるな」
いつもみたいな軽い調子じゃない。
王族としてではなく、“兄”として警戒している声だった。
隣に座るセレナお姉様が私を強く抱きしめる。
胸の奥が、どくんと鳴る。
窓の外では、雪が静かに降り続いていた。




