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お姫様と王太子

「リリィ様らしくて私は好きですよ」



髪を梳かしながらマリーがくすりと笑う。



『マリーまで…』

「まぁ、王族としてはもう少し警戒心を持っていただきたいですが」

「その通りだ」



アルの言葉に即座に返すエリオットお兄様の言葉に、ますます小さくなる。

鏡越しに見えるお兄様は呆れたような顔をしていたけれど、どこか安心したようにも見えた。



「ノルディア王家は礼儀に厳しい。特に今日の“星冠の儀”は国中の貴族が集まる大事な儀式だからな」

『星冠の儀…』



ルミナーレ帝国の王族にとって特別なもの。

次期国王として王太子を正式に発表する。

アルカンティア国ではルシウスお兄様が7歳の時に行ったが当時の私は2歳、前世の記憶が戻る前でうっすらとしか覚えていない。



「リリィはデビュタント前だし多少は許されるだろうけど、目立つ行動はするなよ」

『はい!』

「返事だけは立派だな」

『もぉ、お兄様!』



むぅ、と頬を膨らませると、お兄様は小さく笑った。

その時、コンコン、と扉が叩かれる。



「失礼いたします。朝食の準備が整いました」



使用人の声に、エリオットお兄様が「わかった」と返事をした。



「行くぞ、リリィ」

『うん!』



朝食会場へ入ると、すでにルシウスお兄様とセレナお姉様が席についていた。

大きな窓の向こうでは雪が静かに降っている。

白銀の景色を映すように、長いテーブルには白いクロスと銀の食器が並んでいた。



「おはよう、リリィ」

『おはようございます、ルシウスお兄様!』

「今日は顔色がいいわね」

『もう元気です!』



セレナお姉様の隣へ座ると、温かなスープの香りがふわりと漂ってくる。

冷えた身体にじんわり染みそうな匂いだった。



「昨日は本当に心配したよ」



ルシウスお兄様が苦笑しながらパンをちぎる。



『ごめんなさい、心配かけて』

「謝らなくていいって昨日も言ったでしょう?」



セレナお姉様が優しく頭を撫でてくれる。

その隣でエリオットお兄様が紅茶を飲みながら鼻を鳴らした。



「心配せずとも元気しかありませんよこいつ、朝からバルコニーに飛び出して凍えてたんですよ」

『お兄様!』

「まぁ!」

「ははっ、リリィらしくていいよ」



一瞬で笑いが広がる。

恥ずかしくて顔を覆うと、セレナお姉様が心配そうにこちらを見た。



「ちゃんと防寒してから出たの?」

『途中からはしたもん、』

「途中から、な」

「エリオット、あまりいじめないであげて」

「事実を言っただけです」



そんな兄妹のやり取りをしているうちに、少しずつ緊張が解けていく。

昨夜のこと。

アステル様を見た時の違和感。

胸をざわつかせた不思議な感覚。

それが、今は少し遠く感じた。



「そういえば」



ふと、ルシウスお兄様が真面目な顔になる。



「今日の星冠の儀だけど、かなり大規模らしい」

「ノルディア国内の有力貴族はほとんど集まるそうよ」



セレナお姉様が続ける。



「ノルディア国はアステル様一人しか子供がいませんし、必然的に王太子になるとはいえそれを不安視する声も少なくないと聞いています」



エリオットお兄様の言葉にパンをほおばりながら首をかしげる。



「ノルディア王家は、“星の加護を最も強く受けた者”が国を守るという考えがあるんだ。歴代のノルディア王家は子供が多くいてね、長兄だから男だからという考えはルミナーレ帝国の中で一番ない国なんだよ」



ルシウスお兄様が分かりやすく教えてくれる。

王太子はよほどの理由がない限り、長兄が担うものというのがノルディア王家以外の4つの王家の考え方だが、良くも悪くも実力主義なノルディア王家は実力のあるもの=星の加護を最も強く受けたものが王太子に選ばれるらしい。



「ただ現ノルディア王妃はお身体が弱いらしくアステル様を産んでから床に臥せてることが多いそうよ」

「ノルディア国始まって以来の一人息子、それがアステル様っていうわけだ」



お兄様たちは言葉にはしないが、アステル様が狙われもし命を落とした場合、ノルディア国はその時点で終わることとなる。

それも不安の種の一つなのだろう。



「リリィは難しく考えなくていいさ。僕たちは招待されただけの隣国の王家、下手に干渉すればアルカンティアも巻き込んでしまうからね」



ルシウスお兄様が微笑んだ。



「今日は俺たちのそばにいれば大丈夫だ」

『うん!』



その時だった。

ふいに、窓の外で光がきらりと瞬く。

雪の向こう。遠くの尖塔の上。

誰かが、こちらを見ている気がした。



『……?』



思わず目を凝らす。

けれど次の瞬間には、吹雪に紛れて何も見えなくなっていた。



「リリィ?」

『え?あ、ううん。なんでもないの』



笑って誤魔化しながらも、胸の奥が小さくざわつく。

まるで何かが、これから始まると告げているみたいに。

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