お姫様と雪景色
翌朝、眠気眼をこすりながら見えた見慣れない景色に慌てて飛び起きる。
あたりを見回してここがノルディア国だということを思い出した。
『そうだった、』
ベッドから降りて窓の外をみると明るい太陽の光と雪景色がきれいで思わずバルコニーへの扉を開けた。
ひゅうっと流れ込んでくる冷たい風に身体が固まり動けなくなる。
『さ、さむい…!』
部屋に入ってきたマリーに慌てて扉を閉められ、ようやく息をつく。
魔法とはすごいもので、扉を閉めただけなのに先ほどの寒さが嘘みたいに消えていった。
「リリィ様、お怪我は!」
『だ、大丈夫』
魔法とはすごいもので扉を閉めただけなのにさっきの寒さが嘘のようになくなった。
「昨日セレナ様がおっしゃられていたでしょう、城の中は室温が一定に保たれていますが外はとても寒いと」
まさかこんなに寒いとは思わなかった。
ノルディア国について外に出たのは城の門の内側とはいえ外だったのに寒くなかったからバルコニーも一緒だと思っていた。
「火を強めますから、暖炉の前に座ってください」
暖炉の前の椅子に座り暖まっているとアルとレオがやってきた。
「おはようございます、リリィ様…いったい何が?」
毛布やマフラーにぐるぐる巻きにされながら椅子に座る私を見て驚くふたりににへらと笑う。
『おはよ、アル、レオ』
「リリィ様がバルコニーに出ようとしていたんです」
「バルコニーに⁉体温調節の魔法をかけなくては外は寒いんですぞ!」
『たいおん、ちょうせつ?』
アルの言葉に首をかしげるとレオが隣に膝をついて目線を合わせてくれた。
「ノルディア国では必須級の生活魔法なんです。寒さから身体を守ってくれるんですよ。昨日馬車の中でエリオット様にかけてもらったでしょう?」
レオの言葉に昨日の馬車の中でのことを思い出す。
そういえばもうすぐノルディア城につくといわれた時のこと。
「リリィ、手を出せ」
『手?』
エリオットお兄様に言われるがまま、手を重ねるとほんわか暖かくなった。
「よし、これでいい」
『?ありがとう、お兄様!』
あの時は外の雪景色に気を取られていてそれどころではなかった。
『そういえば…』
「でもあの魔法は一定時間経つと効力を失ってしまうんです」
そういってレオが私の手を取ると昨日と同じようにほんわか暖かくなった。
「これで大丈夫ですよ」
『ありがと!じゃあ雪見に行ってくる!』
勢いよく駆け出そうとした瞬間。
すっ、とマリーが立ちふさがる。
「暖かくしてからです」
にっこり、と圧の感じる笑顔を向けられる。
『…ハイ』
逆らえるはずもなかった。
数十分後。
もこもこの白いコートに、ふわふわの耳まで隠れる帽子とポンポンのついた手袋。
首元には分厚いマフラーまで巻かれ、完全防備となった私はようやくバルコニーへ出る許可をもらった。
『…動きにくいよ』
「倒れでもしたらアルカンティア国に帰る日までベッドの上ですよ」
マリーはにっこり笑う。
笑顔なのに逆らえない。
『いってきます…』
そろそろとバルコニーへ足を踏み出す。
瞬間、頬を撫でる冷たい空気に思わず肩が跳ねた。
『ひゃ……!』
でも今度はさっきみたいに凍えるほどじゃない。
レオがかけてくれた魔法のおかげだろう。
白い息を吐きながら、私はゆっくり顔を上げた。
『わぁ!』
朝日に照らされた雪景色。
遠くまで続く白銀の街。
尖塔が立ち並ぶ厳格な雰囲気。
屋根には雪が積もり、空気は冷たいのに、世界がきらきら輝いて見えた。
アルカンティアでは絶対に見られない景色。
胸が高鳴って、思わず手すりへ駆け寄る。
「おはようございます、リリオール姫」
不意に聞こえた声に、びくりと肩が揺れた。
隣のバルコニーへ恐る恐る視線を向ける。
『アステル様!』
シルバーグレーの髪を揺らしながら、アステル様がこちらを見ていた。
白銀の景色に溶け込むみたいな姿に、一瞬息を呑む。
今日は昨夜の正装とは違い、白を基調とした軽装だった。
それでも漂う気品は隠せない。
「昨夜は驚かせてしまいましたね」
穏やかな声。
昨日と変わらない、優しい笑み。
『い、いえこちらこそごめんなさい』
慌てて頭を下げる。
するとアステル様は静かに首を横に振った。
「謝る必要はありません」
さらり、と雪混じりの風が吹き抜ける。
「ノルディアは初めてなのでしょう?」
『はい』
「では、寒さに驚くのも当然です」
くすり、と小さく笑う。
その笑みは自然で、昨日感じた不気味さなんてどこにもない。
「リリオール姫は、星がお好きだとお聞きしました」
『え?』
「昨夜、おっしゃっていたでしょう」
アステル様は雪の降る空を見上げた。
「今夜はきっと、よく見えますよ」
その横顔は綺麗だった。
本見惚れてしまうほどに金色の瞳が輝いた。
そんなことを考えた瞬間。
「リリィ!」
勢いよくバルコニーの扉が開いた。
振り返れば、エリオットお兄様が立っている。
「勝手に外へ出るなって言っただろ」
怒っているような声。
でもその視線は、私ではなくアステル様へ向いていた。
『バルコニーだもの、』
「外は外だろう、朝の支度もしないで」
そういわれてハッと我に返る。
服は防寒着に包まれているとはいえ、髪はぼさぼさのままだったことに気が付く。
身体の奥からカッと熱くなりアステル様を見ると、柵に肘をつきながらこちらを見てほほ笑んでいた。
『す、すみませんでした!!』
「ちょ、リリィ!」
バタバタと部屋の中へ戻る。
「どうしたのですか、そんなに慌てて」
『マリー!お着替え!お着替えをしましょう!』
慌てふためく私を見てくすくすと笑ったマリーは、はい、と返事をしてさっそく取りかかってくれた。
「母様が淑女教育を熱心にしてると聞いていたが、好奇心に負けるようじゃまだまだだな」
『うぅ……』
私について入ってきたエリオットお兄様の言葉に返す言葉もなく肩を落とす。




