お姫様とノルディア国第一王子
「妹とは初対面でしたよね。こちらが妹のリリオールです」
ルシウスお兄様に促され、私はドレスの裾をつまむ。
『はじめまして、アステル・ノルディア・エイル殿下。アルカンティア国第二王女リリオール・アルカンティア・ルシエラです』
視線を下げ、淑女らしく挨拶をする。
頭では完璧だったはずなのに、なぜか胸の奥がざわついて落ち着かない。
「リリオール姫、お噂はかねがね聞いていますよ」
頭上から落ちてきた声に顔を上げる。
アステル様は先ほどと変わらない柔らかな笑みを浮かべていた。
「光と闇、二つの属性を持つ特別なお姫様だと聞いております」
その言葉に、一瞬だけ廊下の空気が変わった気がした。
エリオットお兄様の眉がぴくりと動く。
「ずいぶん耳が早いのですね、アステル殿下」
穏やかな声で返したのはルシウスお兄様だった。
けれど笑顔の奥に薄く警戒が滲んでいる。
「僕としたことが、レディに突然こんなことを言うのは紳士失格ですね。失礼いたしました。ですが帝国内では有名なお話ですよ」
アステル様は言葉とは裏腹に悪びれた様子もなく微笑んだ。
「イリュウィア様に最も近い国の王女が、“特別”だった。誰もが興味を持つでしょう」
“特別”
その響きに、胸の奥が少しだけ重くなる。
『……』
無意識にドレスを握りしめていると、隣からそっと手が重ねられた。
隣を見上げるとセレナお姉様が優しく微笑んでいた。
「リリィ」
大丈夫、と言われた気がして小さく息を吐く。
「おや」
アステル様の金色の瞳が細められた。
「アルカンティア王家は本当に仲が良いのですね、僕には兄弟がいないので羨ましいです」
にこり、と完璧な笑み。
けれどその瞬間。
ぞわり、と背筋を冷たいものが撫でた。
(……っ)
まただ。
感知魔法を使っているわけでもない。
なのにアステル様を前にすると、胸の奥がざわつく。
まるで、吹雪の中に一人で立たされているみたいに。
「アステル」
低く落ち着いた声が響いた。
振り返ると、廊下の奥にひとりの男性が立っていた。
白銀の長い髪。
ノルディア王家の紋章が刻まれた濃紺の外套。
冷たい美貌をしたその人は、アステル様によく似た金色の瞳をこちらへ向けている。
「父上」
アステル様が静かに頭を下げた。
続くように私たちも頭を下げる。
ノルディア国王。
その存在感に、思わず息を呑む。
「アルカンティアの皆様、歓迎いたします」
低く静かな声。
威圧しているわけではないのに、空気が張り詰める。
「晩餐会の準備が整いました。どうぞこちらへ」
国王陛下が歩き出し、お兄様たちも後に続く。
私もついて歩きながら、そっと後ろを振り返る。
するとアステル様が立ち止まりこちらを見ていた。
雪みたいに静かな目で。
その瞳がゆっくり細められる。
まるで、何かを確かめるみたいに。




