お姫様とノルディア国
『わぁ!!』
馬車の窓に頬をつける勢いで外を見る。
アルカンティア国を出て4日。
ノルディア国にたどり着いた。
「リリィ様、窓は冷たいですから離れてください」
隣に座るマリーが私の肩を優しくつかむ。
そんなことお構いなしに私は外を見続ける。
リリオールに転生してから初めて見る雪に興奮を隠せない。
(前世でも外なんてめったに出れなかったし、雪があったら外出禁止だったからなぁ)
『ねぇお兄様!ルシウスお兄様とセレナお姉様はどこにいるの?』
「ノルディア城で合流することになってる。兄様たちのほうが先についてるはずだけど」
『お城まであとどれくらい?』
「二時間ぐらいだろ、おとなしくしとけ」
エリオットお兄様にぴしゃりといわれ、渋々座りなおす。
太陽の光に反射してより一層キラキラする雪景色に私はまた目を輝かせた。
二時間後、ノルディア城の門を通り盛大なお迎えを受けてお兄様と一緒に城へ入る。
「お待ちしておりました、アルカンティア国第二王子殿下、第二王女殿下」
アルカンティア城とは違い、氷のように透き通る青白い石で造られた城は厳格な雰囲気が漂う。
いるだけで背筋が伸びるような雰囲気にエリオットお兄様のマントをきゅっとつかんだ。
「第一王子殿下と第一王女殿下はこちらでお待ちです」
案内してくれたメイドはそう言って一礼すると、静かに廊下の奥へ下がっていった。
大きな扉の向こうにはお兄様たちが私たちを出迎えてくれた。
「リリィ!」
『ルシウスお兄様!セレナお姉様!』
エリオットお兄様のマントを離してしゃがんで腕を広げるルシウスお兄様に飛び込んだ。
抱きかかえた勢いでくるくると回ったルシウスお兄様は私を高く持ち上げた。
「少し見ないうちに大きくなったね、リリィ!」
『えへへ、ほんと?』
手紙のやり取りは続けているものの、寮に入っているルシウスお兄様たちとは滅多に会うことができない。
隣国の式典とはいえ、久しぶりに顔を見たかったとお父様とお母様も言っていた。
「リリィ」
隣からやさしく響く声は私の憧れ。
『セレナお姉様!』
ルシウスお兄様の腕から降りてセレナお姉様の足にしがみつく。
「道中寒くなかった?」
『うん!セシル様が暖かくなる魔法を馬車にかけてくれたから!』
「ノルディア国はとても寒い国だから、城にも魔法をかけて常に室温を一定にしているらしいけれど、場所によっては魔法が効いていないところもあるからお姉様たちのそばを離れてはいけませんよ」
『はーい!』
お姉様についてソファーに座るとマリーが温かいホットミルクを出してくれた。
向かい側にはルシウスお兄様とエリオットお兄様が座り、楽しそうに話をしている。
どうやら学園での話を聞いているようで、エリオットお兄様の目はキラキラと輝いていた。
「素敵なドレスね、リリィ。お母様が選んでくれたの?」
『ありがとう!これはエリオットお兄様が選んでくれたの!この間お兄様の城下視察に一緒についていった時に選んでくれたのよ』
「まぁ、エリオットが?」
驚いた顔をしたセレナお姉様は向かい側に座るエリオットお兄様を見つめた。
私たちの会話を聞いていたようで、照れくさそうにそっぽを向いたエリオットお兄様をみてセレナお姉様は笑う。
「ふふ、優しいところもあるのね」
「“も”ってなんですか、“も”って」
不服そうに眉を寄せるエリオットお兄様。
その様子に、部屋の空気がふっと和らぐ。
『でもね、お兄様すっごく悩んでたの!』
「おいリリィ」
『アルに“こっちは子供っぽすぎるか……”って真剣なお顔してたわ!』
「言うな!!」
珍しく声を荒げたお兄様に、ルシウスお兄様が吹き出した。
「ははっ、想像できるな」
「兄様まで笑わないでください!」
セレナお姉様も口元を隠しながら肩を震わせている。
私までつられて笑ってしまった。
アルカンティア城にいる時と同じ。
久しぶりに家族がそろった空気が嬉しくて、胸の奥がぽかぽかする。
その時コンコン、と静かに扉が叩かれる。
「失礼いたします」
入ってきたのはノルディア城の使用人だった。
銀と紺を基調とした制服は、アルカンティアとはまた違った厳かな雰囲気がある。
「間もなく晩餐会の準備が整います。アルカンティアの皆様を大広間へご案内いたします」
「わかった」
ルシウスお兄様が立ち上がる。
それに続いて私たちも腰を上げた。
『晩餐会…』
思わず背筋が伸びる。
隣国の王族や貴族たちが集まる正式な場。
アルカンティアにいる時以上に失敗は許されない。
ぎゅっとドレスを握ると、それに気づいたセレナお姉様がそっと頭を撫でてくれた。
「大丈夫よ、リリィ」
『でも、たくさん人がいるのでしょう?』
「えぇ。でもリリィはいつも通り笑っていればいいの」
優しい声。
それだけで少しだけ肩の力が抜けた。
大広間へ向かう廊下は、まるで氷の世界みたいだった。
高い天井、白銀の柱。
壁には星を模した装飾。
窓の外では雪が静かに降り続いている。
『……きれい』
思わず零れた声に、隣を歩くルシウスお兄様が微笑む。
「ノルディアは“星の国”だからね。夜になるともっと綺麗だよ」
『もっと?』
「星明かりが雪に反射して、地面まで空みたいに輝くんだ」
その光景を想像した瞬間、胸が高鳴った。
廊下の向こう側から、誰かが歩いてくるのが見えた。
シルバーグレーの髪に金色の瞳。
星空みたいな紺色の正装。
エリオットお兄様とそう年の変わらなさそうな少年だった。
ルシウスお兄様たちが立ち止まり軽く一礼したのを見て慌てて真似をする。
「お招きいただきありがとうございます、ノルディア国第一王子アステル・ノルディア・エイル様」
ルシウスお兄様の言葉に思わず声を出してしまいそうになるが必死に抑える。
まさかノルディア国の第一王子で明日の星冠の儀の主役だとは思わなかった。
ノルディア王家の一人息子_アステル・ノルディア・エイル様。
絵本には登場しなかった人物。
「アルカンティア王家の皆様、はるばるお越しくださりありがとうございます」
アステル様は人当たりのいい笑顔を浮かべた。
その笑顔になぜか背筋が凍ったのは気のせいだと思いたい。




