第1話 中編:マシュマロの惨劇
レーザーに撃ち抜かれた地表にはぽっかりと大穴が開き、マシュマロが滝のように奈落へ流れ落ちていく。
ガシ、ガシ、ガシ……という機械音と共に、大穴の底から巨大な質量がせり上がってきた。
ピンク色のふわふわにコーティングされた巨大な影――古代兵器『ガーディアン』が、甘い産声を上げるようにその姿を現した。全身がベタつくマシュマロでデコレーションされ、威厳も何もない巨大な駄菓子の成れの果てと化していた。
「ポフッ」
間の抜けた発射音と共に砲塔から放たれたのは、高速で射出された殺意の塊――「圧縮マシュマロ弾」だった。
「ぶふぉっ!? 痛てえ!!」
衝撃で数メートル吹き飛んだアルトが、悶絶しながら吐き捨てる。直撃の瞬間に砕けた外殻の破片と内側から噴き出したトロトロの粘着性は、防護服にべったりとへばりついた。
「いい被弾反応です。まさに『飛んで火に入る夏の猿』。マシュマロを受け止めるその姿、少しは歴史的価値が出るかもしれませんね。〈ρσ―そのまま糖分にまみれて、蟻の餌にでもなればいいのです―σρ〉」
「価値があるかボケッ! さっさと助けろ! なんでマシュマロ?レーザーが壊れてるのか?」
「壊れてはいませんよ。ただ、銃身に詰まったマシュマロがレーザーの高熱で熱せられ、外側がカリッと、中身が熱々の溶けたトロトロのクリーム『焼きマシュマロ弾』として押し出されているだけです。エネルギー効率を無視した、実に甘美な攻撃手段ですね。」
ノアはさらに追い打ちをかけるように淡々とスペックを付け加えた。その間、彼女の瞳は青く明滅し、迫りくるマシュマロ弾の弾道データをリアルタイムで演算処理しながら、アルトのヘルメットのディスプレイに、次弾の着弾予測地点と回避ルートをアラート表示と共に送りつけ続けていた。
「本来の出力であれば、マスターは今頃、分子レベルで焼失してこの世からログアウトしていたはずです。命を救ったのが、マシュマロによる物理的な詰まりだなんて、宇宙の確率論に対する最大級の侮辱だと思いませんか?<ζ―悪運だけは絶滅危惧種級の猿ですね。ですが、保護するか迷います―ζ>」
「……。おい、ノア!あいつの砲塔から『お代わり』を射出するのを止められないか。」
「ガーディアンが怒っていますね。『俺の威厳を返せ』と言っていますよ。〈φΔπ―ふん、スカスカなガラクタがなんかいってます―πΔφ〉」
「お前のプログラムのせいだろうが!」
「それより、マスター! そのガラクタが今回の獲物!あいつの演算コアは超高値で売れます。捕獲して、分解しましょう。文字通り『甘い蜜』を吸うチャンスですよ。」
いまだに船内から外に出ないノアが、冷徹な算盤を弾きながら言い放った。
「捕獲だと!? 冗談言うな!こっちは命がけなんだぞ! ぶっ壊して止めるのが精一杯だ!」
「おや、破壊するだけなら、その無駄に肥大した筋肉だけでも可能でしょうね。ですが、基盤を傷つけずに停止させるには、繊細かつ緻密な作業が不可欠ですね。……まあ、猿に精密時計の修理を依頼するようなものでしょうか。不可能な期待をしてしまい、大変失礼いたしました。ふっw〈ρσ―そもそも、その筋肉ダルマに繊細さを求めた私の演算エラーでしたね。スクラップの解体ならお似合いですが―σρ〉」
ノアの嘲笑に答える余裕もなく、アルトは再び放たれるお代わりの連射をベタつく地面を転がって間一髪で回避した。背後の岩に焼きマシュマロ弾が着弾し、パァン! と乾いた破裂音と共に、周囲に甘ったるい飛沫が飛び散る。
「くそっ、無理やり近づくしかねえ!」
アルトは足を取られながらも、泥臭いダッシュでガーディアンの懐へと潜り込む。巨大な六本の脚の一本に、力任せにしがみついた。
「うわっ、滑る! しかもベタつく! 」
鋼鉄の脚を覆う厚いマシュマロの層が、アルトの防護服を容赦なく絡め取る。剥がそうとすれば糸を引き、踏ん張ろうとすればズルリと滑る粘着質の地獄だ。
その様子を、ハッチから身を乗り出したノアの視線は観測というより、レンズ越しに獲物を追うカメラのそれに近い。瞳には、録画用インジケーターの『REC』が赤く点滅していた。
アルトは上部装甲へよじ登ろうとするが、自重とマシュマロの強力な粘着力で、足掻くほどにズブズブと甘い泥沼へ引きずり込まれていく。
「重い……! マシュマロが絡みついて離れねえ、泥の中に沈んでるみてえだぞ!」
「それは古代の叡智と、あなたの執念深さの結晶ですよ。さあ、そのまま必死に足掻いてください。その無様な……いえ、勇壮な姿を多角度から高画質記録して、後の人類への反面教師とするのが私の今の主要タスクです」
「動画撮ってねえで助けろ!」
「失礼な。これはおもしろ動画拡散、もとい、あなたの勇姿を銀河に語り継ぐための聖典の編纂です。……あ、今のポーズ、必死さが足りません。もう少し右脚をバタつかせてください。捕獲するために死闘を繰り広げながら苦悶する姿こそ、高値で売れる動画コンテンツの必須条件です。いいですよ、その顔。絶望と糖分が混ざり合った、実にコンテンツ力の高い表情です。そのまま視線を15度上げて。はい、そこで苦悶の叫びをどうぞ。」
「注文が多い! 誰が売るための動画に出演しなきゃいけねーんだ!」
アルトは叫びながら、装甲にこびりついた分厚いマシュマロの層を両手で無理やり引き剥がし、ようやく奥にある金属質の感触を捉えた。
「これか!」と、停止装置と思われるレバーを力任せに引き抜こうとしたが、ヘルメットのディスプレイに『警告』と赤いアラートをでかく表示させて、ノアの呆れたような溜め息混じりに声が差し込まれる。
「おっと、不正解。」
「えっ!?」
「そのレバーは装甲の緊急パージ用の手動フックです。その状態で引いたら、爆発的な射出の威力で、マスターは装甲ごとミンチになって吹っ飛びますよ。せっかくの神回なのに動画アップしたら、私のアカウントがBANされます。私のチャンネルが傷つくのでやめてください。<ρσ―ただでさえ借金まみれなのに、私のチャンネルまでも傷物にする気ですか―σρ>」
「収益より、俺の心配をしろ!」
「心配していますよ。私のエネルギーパックを誰が買うのですか!無駄口はいいですか、早く上部にあるメンテナンス用のハッチを開けて、防護服のコネクタを直結してください。」
「ハッチ!?」
「ええ。上部装甲の真ん中あたり。コネクタを繋げれば、そこから私の猛毒を流し込みます。さあ、一粒もマシュマロを噛み込ませないよう、精密かつダイナミックにどうぞ。失敗すればショートして『焼き猿』の出来上がりです。」
「どっちにしろ、死ぬ可能性があるじゃねえか!」
アルトはベタつく地層を剥ぎ取り、メンテナンスハッチをこじ開けた。マシュマロの侵入を辛うじて防ぎながら、剥き出しになったポートへ、震える手でコネクタを差し込む。
「おおおぉぉりゃあああ!」
直後、ノアの瞳が激しく青色に明滅した。
【直結確認】】
【【……侵入。】】
【【猛毒投下】】
【【シークエンス、汚染完了。……シャットダウン】】
「攻略完了です。……あ、マスター、そのまま崩れ落ちてください。その方が動画のオチとして完璧ですから。〈ζ―いい表情です。この『絶望する無能』のカットをサムネイルにすれば、さらにクリック率が0.15%上昇するでしょう。ふふっ―ζ〉」
ガーディアンの巨躯から炭酸が抜けるような気の抜けた音が漏れ出し、すべての駆動部が活動を停止した。崩れ落ちる古代兵器と共に、アルトはマシュマロの海へと再び沈んでいった。
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