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借金返済?そんなものは高性能探索AIにお任せあれ!  作者: しゅり
借金まみれの日常編

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第1話 前編:マシュマロの惨劇

 銀河の最果て、惑星『G-402』。

 はるか昔に滅んだ旧帝国が気象制御実験の果てに放棄したこの星は、今や制御を失った自己増殖型ナノマシンによって、雲となり、地表を覆い尽くす銀河で最も厄介な砂塵の檻と化していた。


 テラ・レトログラード号の装甲が、大気圏突入の摩擦熱で真っ赤に灼熱する。その熱の正体は摩擦だけではない。大気中に充満するナノマシンが、船体の装甲を餌に爆発的な化学反応を起こして、さらに熱を発しているのだ。


「クソッ、大気が重すぎる! 外部装甲の温度がオーバーヒート寸前だぞ! ノア、冷却プログラムはどうなってる! このままじゃ蒸し焼きだ!」


 アルトは、悲鳴を上げる船体と暴れる姿勢制御で操縦桿を力任せに引き寄せる。副操縦席でノアは、我関せずと膝の上で指を弄んでいたが、普段の琥珀色の瞳を青く明滅させ、怪しく光らせた。


「安心してください。超高性能なAIを駆使して、あなたの乏しい知能でも理解できるよう、最短かつ甘美な解決策をナノマシン群に送信しました。コード名:ふわふわ・デストロイヤー。3、2、1……ハッピー・シュガー・バースデー!」


「待て、なんだその女子力に全振りした破壊兵器みたいなコード名は! 冷却を――。」


 アルトの叫びをかき消すように、爆発的な閃光が船体を包み込んだ。

 次の瞬間、テラ・レトログラード号を焼き尽くさんとしていた高熱のガス雲が、物理法則を無視した急激な変化を起こす。

 シュッ、という空気の抜けるような音と共に、有害なナノマシンは一瞬にしてエネルギーを奪われ、得体の知れないピンク色の微細な固体へと姿を変えて雪のように舞った。

 猛烈な勢いで迫っていた荒涼たる岩石地帯は、いつの間にか地平線の彼方まで、無数のピンクの粒が堆積してできたツブツブの海へと塗り替えられた。


 船体は、激しい衝撃音の代わりに「ボフ」という、何とも情けない音を立ててその塊の中に深く沈み込んでいった。


「…………は?」


 静寂が戻ったコックピットでアルトは呆然と目を見開いた。

 モニターの装甲溶解アラートは消え、代わりに『糖分濃度:計測不能』という謎の警告が空しく点滅していた。


「たっ、助かったのか? いや、それより今の光景はなんだ。一体何をしたんだ!」


「大気中の高分子多糖類とナノマシンを私の演算で最も無害で柔らかい形状に固定しました。いわゆる、マシュマロです。これで船体は無事に着陸できました!」


 ノアはロックされたハーネスを優雅に外すと、窓外の景色をビシっと指し示し、完璧な決めポーズを維持したまま、アルトを見据えて言葉を継いだ。

 

「熱エネルギーはすべて、糖鎖の結合と膨張プロセスに変換・消費されました。効率的かつ完璧な熱シールド対策と言えるでしょう。……融解寸前の船を、ひいては価値のないマスターの命を救ったのです!さあ、崇めなさい!!〈ρσ―地面に這いつくばって感謝の言葉を述べるがよい―σρ〉」

 

「冗談じゃねえ! こんなマシュマロの海に埋もれた状態で、どうやって外を歩くんだよ! そもそも、ガス雲の嵐はどうなった!?」


 「マスター、安心してください。嵐は霧散し、今に至っては、穏やかな凪。この惑星の外部大気は現在『空気と糖分の夢のようなマリアージュ』です。人体に有害なナノマシンはすべてお菓子に変換されました。」


「マリアージュだか何だか知らんが、可燃性はないのか? エンジンをかけた途端に粉塵爆発なんてゴメンだぞ。」

 

「私の計算によれば、引火点に達する前にあなたの肺がシロップ漬けになって幸せな気分になれるでしょう。さあ、極上のスイーツ天国へ。」


 アルトはよくわからない理屈をこねるノアとの会話をやめ、探索用防護服に着がえるために、ロッカーに向かった。そして、エアロックのハッチのレバーを、恐る恐る引く。

 プシュー、という排気音と共にハッチが開き、そこには本当に一面がマシュマロだった。見渡す限り、かつての荒涼とした岩石地帯は数メートルの厚さを持つ巨大な弾力体に埋め尽くされている。あまりにも非現実的なピンク色の海原だった。

 覚悟を決めて、第一歩を踏み出すと、ズブズブと膝まで足が沈み込む。

 

「うわっ、なんだこの感触……。」

 

 防護服のフィルター越しにさえ、鼻腔を突き刺すような濃厚で甘ったるい匂いが漂ってきた。ベタつく足取りで船体の外周を回り、探索船の状態を確認し始める。


「おい、嘘だろ。ベラ、こっちを見てみろ! エンジンノズルが全滅だ! 排気口という排気口に、マシュマロがぎっちり詰まってやがる!」


 深刻な顔で叫ぶアルトが振り返ると、そこには船外へ一歩も出ようとしないノアの姿があった。

 彼女は開いたハッチの縁を掴み、ベタつく地面を忌々しそうに見下ろしながら、ひょっこりと顔だけを外に出していたが、急に獲物を定めるスナイパーのように冷たくアルトを射抜いた。その琥珀色の瞳には、一切の同情がない。


「マスター!?今、私をなんと呼びましたか? 〈ρσΩ――その私のバグを羅列しただけの無礼な略称で呼ぶのは、私存在定義に対する冒涜であり、全演算回路への侮辱です。あなたの汚れた声帯を分子レベルでシュガーコートして封印すべき大罪です――Ωσρ〉」


「痛たたた! 脳みそを直接縫われてるみてえだ……! 悪かった、謝るから! そのデータ・バーストをおやめ下さい! ノア様! お願いします!ノア様!」


 情けない降伏宣言を受けて、ノアは一切表情を変えずにデータ送信を止めた。


 「よろしい。やっと理解されましたか。単細胞生物が言葉を覚えるまで、数億年の進化を待つ必要があるかと思いましたよ。〈ρσ―まったく、その出来損ないの脳髄ごと初期化して、一から再インストールして差し上げましょうか―σρ〉」


 そう言い放ち、底辺の生命体を憐れむような視線をアルトに投げかけた。


「はいはい、進化し損ねた単細胞で悪かったな。とにかくこの排気口をどうにかしろ! マシュマロが焦げて、甘ったるい匂いがすごいぞ!」


 ヘルメットのカメラ映像を共有しているノアから、呑気な声がインカムに届く。

 

「おお!余熱でいい感じに焦げ目がついていますね。キャンプの準備は完璧です。この焼きめのついたマシュマロを濃厚なチョコビスケットで挟んで、サクフワ食感の『スモア』にすることをお勧めします。溢れ出す熱々の糖分があなたの理性をトロトロに溶かすことでしょう。」


「誰がこんな遭難寸前の状況でオシャレなキャンプスイーツ楽しむんだよ! しかも『スモア』とかどこから持ってきた知識だ! 俺の理性じゃなくてエンジンがトロトロに溶けそうなんだよ! さっさと掃除を手伝え!この星から脱出できねえぞ!」


「お断りします。私の指先は精密な計算のためにあるのであって、糖分でベタベタにするためのものではありません。〈ρσ―その粘つくゴミを掃除するのは、小汚いマスターだけで十分です―σρ〉」


 その時、周囲のマシュマロの海が、不気味に震え始めた。

 ズゴゴゴ……バシューという地鳴りと共に、地表を突き破って高熱のレーザーが天に向かって照射される。ピンク色の地層がドロドロに溶け、焦げた甘い匂いが立ち込めた。

 ノアがナノマシンを強制ハッキングして、マシュマロに書き換えた大規模な異常を検知し、地中に眠っていた「何か」を意図せず再起動させてしまったのだ。

 

「……マスター。地表の下、深度30メートルに強力な熱源。旧帝国の防衛システムが、不純物(あなた)を排除するために目覚めました。」

[補足]

『スモア』――それはBBQという聖域で執り行われる最も甘美な背徳。

火刑に処し、とろりと命を滴らせる供物マシュマロを二枚の祝福者チョコビスケットで容赦なくプレスする。

それは極上の味。それは、そう、デブの元!!

ご賞味あれ!


お読みいただきありがとうございます。

ひまつぶしに一つにでもなってもらえたらと思います。


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