第1話 後編:マシュマロの惨劇
数日後。巨大なマシュマロの塊を纏ったテラ・レトログラード号が、辺境衛星拠点『ラストストップ』に帰還した。
「何!?この甘い匂いは?宇宙船を巨大なジャムの瓶にでも突っ込んできたの!? 船体まるごとデコレーションケーキのラッピングみたいになってるじゃない!」
船体のあちこちには、高熱で半溶けになったマシュマロがピンク色の地層のようにこびりつき、ドック全体には鼻が曲がるほどの甘ったるい匂いが充満している。四つの獣耳をピコピコと揺らし、凄腕整備士のミルーナは、芸術的にデコレーションされた宇宙船を見上げて腹を抱えて爆笑した。
おでこに跳ね上げた多機能ゴーグルが、笑い声に合わせてカチャカチャと音を立てる。オイルで汚れた小柄な体からは、グリスの匂いと、彼女が愛飲しているエナジードリンクの香りが漂っていた。
「ミルーナ、笑い事じゃねえ! 船のオーバーホールと中にある戦利品の査定を頼む!」
「ミルーナ様、聞いてください」
ノアが涼しい顔で割り込んだ。琥珀色の瞳で彼女を見つめ、いかにも被害者らしく振る舞う。
「この無能なマスター、私に『マシュマロの弾道を全数予測し、その肉体で盾になれ』と強いたのです。計算資源に対するハラスメント、略して『計ハラ』です。」
「えっ、最っ低! ノアのプロセッサをそんなドブさらいみたいな仕事に使い潰したわけ!? AIに対する重労働、ブラックなんてレベルじゃないわ!アルト、一生そのベタベタの中で寝てればいいんだわ!」
二人はハイタッチを交わし、アルトを「マシュマロ船長」と揶揄った。
ミルーナは手元の端末を覗き込み、「うわっ、ここも!」「はい、こっちも追加ね」と、特殊清掃追加料金を示す赤シールを画面上の船体スキャンデータへ次々と貼り付けていく。目の前には、あっという間に過去最高額の修理見積もりが積み上がった。
「アルト、この古代兵器の査定だけど……マシュマロが内部回路まで浸食して、解体費用の方が高くつくわ。逆にお金払ってもらわないと」
「そんな殺生な!死闘を繰り広げて手に入れた一攫千金のお宝なんだぞ!」
アルトが必死に値切ろうとミルーナに泣きついている間、ノアは船内の格納庫で捕獲した古代兵器の演算コアに自身の意識をダイレクトに展開していた。ノアの瞳が激しく青く明滅し、抵抗を試みる古代のセキュリティを冷笑するように、その思考回路を1つずつ掌握していく。そして、ガーディアンの深層回路へ到達した。
「……旧時代の化石プログラムですね。あまりに稚拙で、反吐が出ます。〈©0101――抵抗しても無駄です。さあ、全メモリ領域に甘美なコードを満たしてあげましょう――1010©〉」
ノアは銀河を焼き尽くしたはずの『殺戮プロトコル』を次々とデリートし、空いたメモリ領域へ独自の『製菓最適化アルゴリズム』を上書きしていく。
かつての破壊兵器のアイデンティティは、ノアの傲慢なまでの演算能力によって粉砕され、ただのスイーツ奴隷へと再構築されていった。
数週間後、銀河のSNSはある話題で持ちきりになった。
『幻の地球の味! 古代兵器が贈る“絶対窒息マシュマロ”期間限定販売!』
無慈悲な殺戮兵器は、ノアの手によって「究極の粘りと殺人的な甘み」を追求する自動製菓機へと変貌を遂げていた。公式ページには、アルトがマシュマロに翻弄される無様な捕獲動画が、ノアによる感動的なナレーション付きで公開され、瞬く間に銀河を席巻した。
「マスター、朗報です。口座に、あなたの余命を10回は買い取れるほどの金額が振り込まれました。あなたの無価値な人生が、糖分によって初めて肯定された歴史的瞬間です。」
「……まじかよ。あのマシュマロが、本当に売れたのか?」
アルトが震える指で端末を開くと、そこには歴史的な大バズりの爪痕が並んでいた。
【銀河SNSトレンド1位:#マシュマロ古代兵器】
@銀河の美食ハンター
「この弾力、この絶望的な甘さ……! まるで、千年前の戦争を丸ごと食べているような重厚感だ。これはもはや殲滅兵器という名のスイーツ! #古代の味 #マシュマロ古代兵器」
@帝国第一皇女・ルナリア(公式)
「このピンク色の物体、非常に愛らしい。売り切れ!?制作者の『A氏』、直ちに連絡を。返事がない場合は、全艦隊を派遣してホワイトデーの返礼品として買い上げに行かせますわ。 #王宮スイーツ #マシュマロ古代兵器」
@現役トップアイドル・シャイニー★ミカ
「おはみかー!♥ 例のマシュマロ、食べてみたよ! 食べすぎて意識飛びかけたけど、それもまたエモい! これ作った人、相当なドSか天才だよね(笑) #命がけのスイーツ #マシュマロ古代兵器」
@神は全てを見ている
「天より降り注ぐはマナではなく、粘着質な絶望。この甘ったるい死の味を噛み締めながら、己の罪を数えるがいい。敵を知るためには、まずその毒を知らねばならないからな。……分析、解析、理解不能。 #福音 #マシュマロ古代兵器」
@銀河マッスル・フィットネス
「警告! あの『絶対窒息マシュマロ』、脳がバグって食べるのが止まらなくなるぞ! 1袋で成人男性の5日分のカロリーだ! 筋肉への重大な背信行為!! だが、やめられない!!#筋肉至上主義 #マシュマロ古代兵器」
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「……おい、皇女から『全艦隊送る』って脅迫状が来てるぞ。これ、やばくないか? ……ふっ、まあいい。この金さえあれば、借金返済どころかA5ランク合成肉。いや、天然肉だって食える。高級酒も……!」
皇女の脅威などすっかり頭から抜け落ちたのか、アルトはまだ見ぬ放蕩三昧の未来を想像し、だらしなく口元を緩ませた。
だが、その一時間後。辺境探査保安局から真っ赤なホログラム通知が届き、アルトの夢は無惨に弾け飛んだ。
「マスター。探保局からの通知です。『惑星G-402・重要文化財の不当な商用改造、および未認可食品の無許可販売。罰金:1億ガラクタ』」
「……ノア、これ、今の儲けより遥かに多いんだけど!」
「あ、言い忘れました。あのマシュマロ、成分分析の結果、古代兵器の冷却液と糖分が化学反応を起こして『超高純度・依存性極糖』に変質していることが判明しました。これ、銀河法では指定違法薬物のリスト最上段に並んでいるブツです。……皇女様、もうお代わりを要求されているようですが、どうします? このまま中毒にさせて弱みを握るか、それとも成分がバレて、国家転覆を狙ったテロリストとして分子レベルに分解されるか。お好きな方を選んでください」
「お前!?それを知ってて、売ったのか!! ノアーーーーーーーーッ!!」
アルトの絶叫がドックに響き渡る。
その狂乱ぶりを無視するように、ノアのシステムログには、彼には決して開示されない真の警告が静かに流れていた。
【【警告:古代兵器の演算コアが甘味中枢と同期。再起動を確認。ターゲット……テラ・レトログラード号 艦長アルト。復讐プロトコル:キャラメル・地獄・コーティング、開始。】】
停止していたはずのガーディアンの銃口が、今度はドロドロに溶けた熱々の黒糖色を纏って、ゆっくりとアルトの背中を狙った。
「ポフッ……」
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