第十二話:黒鉄(くろがね)の凱歌
第十二話:黒鉄の凱歌
昭和四十五年、夏。
熱田の地底から生還して半年。明智建設は絶体絶命の危機にいた。
織田重工の息がかかった警察と治安維持隊により「地下要塞破壊のテロリスト」として指名手配され、拠点だった廃工場も封鎖。進たちは、かつての恩師・島田の意識を宿した『桔梗』のコアと共に、各地の解体現場や廃坑を転々とする潜伏生活を余儀なくされていた。
そんな彼らの前に、三つ目の、そして過去最大級の依頼が舞い込む。
依頼主は、織田重工の独裁的エネルギー支配を良しとしない、関西電力の有志と、かつて父・源造が憧れた「日本一の山岳土木」を誇る老舗・熊谷組の残党だった。
「依頼は、北アルプスの最深部……黒田ダムの建設完遂だ」
秘境の要塞
通称「黒四」。
それは人跡未踏の断崖絶壁に、高さ百八十六メートルの巨大アーチダムを築くという、当時の人類の知恵と勇気の限界に挑む大工事だった。
しかし、先行して着工していた大手建設会社は、織田重工が放ったとされる「不可解な地殻変動」と、厳寒の地で稼働不良を起こす旧式重機に阻まれ、工事は完全に頓挫。現場は「生きては帰れぬ地獄」と化していた。
「あそこなら、織田の治安維持隊も容易には手出しできねえ。だが、工期は絶望的だ。冬が来れば、すべてが凍りつく」
関西電力の担当者は、憔悴しきった表情で進に頭を下げた。
「君たちの『精密掘削』と、あの異形の重機……動力甲冑の力が必要なんだ。このダムが完成すれば、織田のエネルギー独占を打破できる」
進は、島田の意識をロードした『桔梗』のモニターを見つめた。
モニターには、ノイズ混じりの島田の声が響く。
『進……黒田の地質は……熱田とは比較にならんほど……狂暴だ……。だが、あそこの水力エネルギーを……手にすれば……我々の『明智』は……真の意味で……織田と並ぶ……』
進は決意を固めた。
「やりましょう。……父ちゃんがいつも言ってた。『土木の真髄は山にあり』ってな」
黒田の激突
昭和四十五年、八月。
明智建設の一行は、正一の操る大型トレーラーに『桔梗』と資材を積み込み、立山連峰の険しい山道を突破した。
現場に到着した彼らを待っていたのは、崩落したトンネルと、猛威を振るう大量の「破砕帯」だった。毎秒数百リットルという冷水が、岩盤を突き破って作業員たちを襲う。
「辰さん、正一さん、健太! ここからは一分一秒が勝負だ。織田の追っ手が来る前に、この破砕帯を黙らせる!」
進は『桔梗』を起動した。
今回の『桔梗』には、島田の助言により「瞬間冷却噴射装置」が追加されている。破砕帯の軟弱な地盤を、高圧窒素で一瞬にして凍土に変え、その隙に超速硬化コンクリートを打ち込むという、常識外れの工法だ。
「正一さん、ダンプでセメントを絶やすな! 健太、地殻の歪み計から目を離すな!」
織田の刺客:空の襲来
しかし、工事が軌道に乗りかけたその時、空から不気味な影が降りてきた。
織田重工が開発した、山岳戦仕様の飛行動力甲冑**『大鷲』**の小隊である。
「明智進! 逃げ場のない山の中で、墓標を建ててやろう!」
指揮を執るのは、サイボーグ化して生き延びていた佐々木だった。
『大鷲』は空中からガトリング砲を乱射し、建設中の堤体を破壊しにかかる。
「作業員たちに手を出すな!」
進は『桔梗』を咆哮させた。
本来、建築用の『桔梗』は飛行能力を持たない。しかし、進はダムの両岸に張り巡らされた資材運搬用のケーブル(索道)に着目した。
「辰さん! あのケーブルの出力を最大にしろ! 俺を吊り上げろ!」
『桔梗』がワイヤーを掴み、振り子のように断崖絶壁を駆け上がる。
重力と遠心力を計算し尽くした、建築家ならではの戦術。進は空中へ飛び出し、一機の『大鷲』を組み伏せた。
「解体屋をなめるな! このダムは、俺たちの『土台』だ!」
進は『桔梗』のドリルを全開にし、空中で敵の主翼をへし折る。墜落する『大鷲』。
だが、その背後では、さらなる増援と、織田信長自身が搭乗する巨大空挺「安土城」が雲を割って姿を現そうとしていた。
礎の誓い
激しい戦闘のさなか、進はダムの底に、父・源造が昔使っていたものと同じ古いヘルメットが落ちているのを見つけた。かつてこの地の調査に来ていた父の足跡が、そこにはあったのだ。
「父ちゃん……俺は、壊すだけじゃない。新しい時代を支える『壁』を、ここに築いてみせる」
黒田の断崖に、明智建設の叫びがこだまする。
雪が降り始める。
昭和四十五年の冬、日本土木史上最大の激戦――「黒田の戦い」が、最高潮を迎えようとしていた。
明智建設、三つ目の依頼。
それは、大自然と、国家規模の悪意を相手にした、孤独な「世紀の難工事」の幕開けだった。




