第79話 心配されるのが怖い
「たかし、最近ほんまに大丈夫か?」
電話の向こうから。
なおとの声がした。
「大丈夫やって」
「いや、なんか声おかしいで」
「寝不足なだけ」
「仕事きついんちゃう?」
「まあ、ちょっとな」
「無理すんなよ」
「うん」
そこで電話は終わった。
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たかしはスマートフォンを置いた。
胸が苦しかった。
怒られたわけではない。
責められたわけでもない。
むしろ。
心配してくれた。
それなのに。
怖かった。
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「心配されたら……」
その先を考える。
本当のことを聞かれる。
借金のこと。
仕事のこと。
足のこと。
女性のこと。
全部話さなければならなくなる。
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だから。
心配されることが。
怖かった。
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翌日。
職場で上司に呼ばれた。
「たかし、昨日も歩き方変やったけど、足どうした?」
「ちょっと擦っただけです」
「見せてみ」
「大丈夫です」
「病院行った?」
「行きました」
嘘。
「何て言われた?」
一瞬。
言葉が出なかった。
「……大したことないって」
また。
嘘。
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上司はたかしの顔を見た。
「ほんまか?」
「はい」
「ならええけど」
それ以上は聞かなかった。
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その場を離れて。
たかしはトイレへ入った。
鏡を見る。
顔色が悪い。
目の下には。
濃い隈。
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「俺、嘘ばっかりやな」
そう呟いた。
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でも。
その直後。
スマートフォンが鳴った。
女性だった。
『次のお店、予約してくれました?』
たかしは笑った。
『もちろん』
『ありがとうございます』
たったそれだけ。
それだけで。
さっきまでの不安が少し消えた。
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たかしは。
女性との約束を守るためなら。
嘘をつける。
そう思った。
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その夜。
りょうたから電話。
「たかし、店の予約ありがとうな」
「ええよ」
「金、大丈夫なん?」
「大丈夫」
「最近、俺らが心配してるんやで」
たかしは黙った。
「何かあったら言えよ」
「……うん」
「借金とかしてへんやろな?」
心臓が止まりそうになった。
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「してない」
口から。
すぐに出た。
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電話の向こうが静かになった。
「ほんま?」
「ほんまやって」
「ならええけど」
りょうたは笑った。
「たかし、昔から無理するからな」
「大丈夫やで」
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電話が切れる。
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たかしは。
その場に座り込んだ。
「……借金してる」
小さな声で言った。
誰もいない部屋。
「めちゃくちゃしてる」
でも。
誰にも言えない。
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その日から。
たかしは。
借金を隠すことに慣れ始めた。
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請求書は。
引き出しの奥。
借入履歴は。
スマートフォンの奥。
カード明細は。
封筒に入れる。
病院の書類も。
見えない場所へ。
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そして。
人に聞かれたときは。
必ず同じ答えをする。
「大丈夫」
「問題ない」
「何とかなる」
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それは。
嘘というより。
たかしにとって。
生きるための言葉になっていた。
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数日後。
銀行から通知が来た。
返済日が近づいている。
たかしは画面を見る。
残高を確認する。
足りない。
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一瞬。
不安になる。
でも。
もう慌てなかった。
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借入アプリを開く。
追加で借りられる金額を見る。
そして。
思う。
「まだある」
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その瞬間。
たかしは気づいた。
自分が見ているのは。
「いくら返さなければならないか」
ではない。
「あと、いくら借りられるか」
だった。
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たかしはスマートフォンを伏せた。
怖くなった。
でも。
その怖さを。
誰にも話さなかった。
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夜。
高校時代の写真を見る。
六人で笑っている。
たかしは写真に向かって。
「俺、まだみんなと友達やで」
と言った。
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そして。
小さく笑った。
「だから大丈夫」
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写真の中の五人は。
何も知らない。
たかしがどれだけ借金をしているのか。
どれだけ足が痛いのか。
どれだけ仕事が減っているのか。
どれだけ不安なのか。
誰も知らない。
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そして。
たかし自身も。
まだ知らなかった。
「誰にも言えない」ということが、少しずつ「誰にも助けてもらえない」に変わっていることを。




