第80話 嘘を守るための金
給料日から。
まだ一週間も経っていなかった。
たかしは財布を開いた。
現金は少ない。
口座の残高も。
思っていたより早く減っていた。
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家賃。
食費。
返済。
交通費。
そして。
来週の大阪。
たかしは電卓を叩いた。
何度計算しても。
足りない。
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「……また借りなあかんな」
以前なら。
そこで怖くなった。
今は。
借入アプリを開く。
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しかし。
画面を見る前に。
たかしは手を止めた。
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昨日。
りょうたに言った。
「借金してない」
上司にも。
「病院に行った」
友達にも。
「大丈夫」
女性には。
「次も楽しみ」
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全部。
嘘だった。
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その嘘を守るためには。
今さら。
「実は金がない」
とは言えない。
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たかしは思った。
「ここで金がなくなったら……」
友達に説明しなければならない。
女性にも。
「お金がないから会えない」
と言わなければならない。
それだけは。
嫌だった。
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だから。
借りる。
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スマートフォンを操作する。
五万円。
申込み。
完了。
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たかしは。
ため息をついた。
「これで……大丈夫」
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翌日。
なおとから電話が来た。
「たかし、来週どうする?」
「行くで」
「ほんま?」
「もちろん」
「無理してへん?」
一瞬。
たかしの手が止まる。
「してへん」
「ならええけど」
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電話を切る。
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たかしは。
ふと思った。
もし。
なおとが。
「借金してるんちゃう?」
と聞いてこなかったら。
自分から話すことは。
一生ないのかもしれない。
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それが。
少し怖かった。
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その日の夕方。
職場で。
上司からまた声をかけられた。
「たかし、来月から仕事減るかもしれんからな」
「はい」
「収入も減ると思う」
「分かりました」
「ほんまに大丈夫か?」
たかしは笑った。
「大丈夫です」
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上司は。
それ以上聞かなかった。
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帰り道。
たかしはスマートフォンを見る。
借入残高。
以前より増えている。
返済予定も。
増えている。
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けれど。
画面を閉じた。
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女性からメッセージ。
『次に会えるの楽しみです』
たかしは。
すぐ返信した。
『俺も楽しみ』
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その夜。
たかしは。
服を選んでいた。
来週。
大阪へ行くための服。
鏡の前に立つ。
少し痩せた顔。
疲れた目。
足をかばう立ち方。
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「……これで大丈夫かな」
鏡の中の自分を見る。
そして。
笑顔を作る。
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「大丈夫」
もう一度。
笑う。
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そのとき。
スマートフォンが鳴った。
母親だった。
「最近、声聞いてないけど元気?」
「元気やで」
「ちゃんと食べてる?」
「食べてる」
「仕事は?」
「順調」
たかしは。
また嘘をついた。
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母親が言う。
「無理したらあかんで」
「うん」
「困ったことあったら言いなさいよ」
「……うん」
その言葉を聞いて。
胸が苦しくなる。
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本当は。
言いたかった。
「お金がない」
「仕事が減った」
「足が痛い」
「借金がある」
「怖い」
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でも。
言えなかった。
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「じゃあ、また連絡するわ」
「うん」
電話を切る。
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たかしは。
しばらくスマートフォンを握ったまま。
動かなかった。
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そして。
ぽつりと言った。
「……ごめんな」
誰に対してなのか。
分からない。
母親なのか。
友達なのか。
女性なのか。
それとも。
自分自身なのか。
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その夜。
たかしは机に座った。
紙を一枚出す。
借金の総額を書こうとした。
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最初の数字を書いた。
次の数字。
その次。
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途中で。
手が止まる。
怖くなった。
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紙を丸める。
ゴミ箱へ入れる。
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「知らんほうがええ」
そう呟いた。
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借金の総額を知らなければ。
まだ。
自分は大丈夫だと思える。
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そして。
たかしは。
あることに気づいた。
借金を隠しているのではない。
自分自身から、借金の存在を隠し始めている。
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翌朝。
目覚ましが鳴る。
たかしは起き上がる。
足が痛い。
身体が重い。
それでも。
出勤する。
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玄関を出る前。
鏡を見る。
笑顔を作る。
「大丈夫」
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その言葉を言えば。
今日も。
何とか一日を始められる。
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たかしは知らない。
その「大丈夫」を守るために。
これからさらに多くのものを。
失っていくことを。




