第78話 隠した痛み
朝。
たかしは靴下を履く前に。
足を確認した。
傷が広がっていた。
昨日より赤い。
触れると痛い。
「……病院、行かなあかんな」
そう思った。
けれど。
時計を見る。
出勤時間が迫っていた。
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スマートフォンを見る。
借入の返済予定日。
家賃。
カード。
いくつもの数字が並んでいる。
たかしは画面を閉じた。
「今日は無理や」
病院は。
後回しになった。
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仕事へ向かう。
歩くたびに痛い。
駅までの道が長く感じる。
それでも。
遅れるわけにはいかなかった。
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午前中。
何度も足をかばった。
同僚が気づく。
「たかしさん、歩き方変ですよ」
「昨日ちょっと捻っただけ」
「病院行ったほうがいいですよ」
「大丈夫」
また。
その言葉。
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昼休み。
弁当を開ける。
食欲がない。
けれど。
食べなければ仕事ができない。
無理やり口へ運ぶ。
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スマートフォンを見る。
返済日が近い。
たかしは計算した。
今月の給料だけでは。
返済すると生活費が足りなくなる。
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「……どうしよう」
一瞬。
誰かに相談することを考えた。
でも。
すぐに頭に浮かぶ。
母親。
友達。
上司。
病院。
誰に話しても。
同じことを言われる。
「もう無理するな」
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それが。
怖かった。
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仕事が終わる。
帰宅途中。
りょうたから電話が来た。
「たかし、来週の店予約してくれた?」
「うん」
「ありがとうな」
「ええよ」
「料金、結構するけど大丈夫?」
たかしは。
足の痛みに耐えながら歩いた。
「大丈夫」
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電話を切る。
たかしは立ち止まった。
「……大丈夫」
自分で言って。
自分で聞く。
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その言葉が。
だんだん嫌になってきた。
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帰宅。
靴下を脱ぐ。
血がついていた。
たかしはしばらく。
それを見つめた。
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「病院……」
スマートフォンを手に取る。
病院を検索する。
診療時間を見る。
明日の朝なら行ける。
予約を取ろうとする。
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そこで。
返済額を思い出した。
診察。
薬。
交通費。
場合によっては治療。
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画面を閉じる。
「……もうちょっとだけ」
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その夜。
女性からメッセージが届く。
『次に会うとき、楽しみですね』
たかしは笑った。
『俺も』
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ベッドに入る。
足がズキズキする。
眠れない。
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午前二時。
たかしは起き上がった。
冷蔵庫から水を出す。
水を飲む。
また足を見る。
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「これ以上ひどくなったら……」
そこまで考えて。
やめた。
考えたくなかった。
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翌朝。
さらに痛みが強くなった。
それでも。
たかしは出勤した。
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仕事中。
重い荷物を持つ。
足に力が入らない。
一瞬。
身体がふらついた。
「危ない!」
同僚が支える。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
「ほんまに?」
「ちょっと寝不足なだけ」
同僚は不安そうに見た。
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昼休み。
同僚が言った。
「今日、病院行ったほうがいいですよ」
たかしは笑った。
「大丈夫やって」
「でも……」
「ほんまに大丈夫」
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その日の帰り。
たかしは薬局へ寄った。
傷を隠すためのものを買う。
病院ではない。
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家に帰り。
傷を処置する。
痛い。
けれど。
誰にも見せなければ。
仕事は続けられる。
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たかしは思った。
「働けるなら……まだ大丈夫や」
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そして。
もう一つ考えた。
「働けなくなったら、どうする?」
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答えは。
出なかった。
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机の上。
借金の明細。
勤務表。
病院の診察券。
女性からのメッセージ。
友達との予定。
それらを並べる。
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たかしは。
一つずつ眺めた。
そして。
病院の診察券だけ。
引き出しへしまった。
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「今は、こっちじゃない」
友達との予定を守る。
借金を返す。
仕事へ行く。
女性との約束を守る。
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そのためなら。
足の痛みくらい。
後回しにできる。
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たかしは。
そう思っていた。
しかし。
本当は違った。
足を後回しにしているのではない。
自分の身体を、自分の人生より下に置き始めていた。
そして。
それに気づかないまま。
また翌朝。
たかしは仕事へ向かった。




