第77話 気づかれたくない
「誰にも言わんかったら、大丈夫や」
そう言った翌朝。
たかしは目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
眠った気がしなかった。
頭の中に。
昨日借りた十五万円が浮かんでいる。
そして。
まだ返していない借金も。
いくつもある。
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スマートフォンを見る。
メッセージはない。
少し安心した。
誰からも何も聞かれない。
それだけで。
今日は大丈夫な気がした。
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仕事へ向かう。
歩くたび。
足が痛む。
以前より痛みが長く続くようになっていた。
靴を脱いで確認すると。
傷の周りが赤くなっている。
「……帰ったら病院行くか」
そう思った。
けれど。
診察代を考えた。
そして。
「まあ、もうちょっと様子見よ」
と靴を履き直した。
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昼休み。
同僚が言った。
「たかしさん、最近ちょっと痩せました?」
「そう?」
「顔色もあんまり良くないですよ」
たかしは笑った。
「夜勤続きやったからかな」
「ちゃんと食べてます?」
「食べてる食べてる」
また嘘。
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午後。
仕事で小さなミスをした。
上司が確認する。
「ここ、数字違うで」
「すみません」
「最近どうしたんや?」
「寝不足で……」
「病院とか行ってる?」
「はい」
また。
嘘。
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仕事が終わる。
上司が帰り際に言った。
「ほんまに無理するなよ」
「ありがとうございます」
たかしは頭を下げた。
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帰宅途中。
スマートフォンが鳴った。
ひろしだった。
「たかし、今度飲もうや」
「いつ?」
「来週」
たかしはカレンダーを見る。
来週は。
仕事が減っている。
時間だけなら空いている。
でも。
金がない。
「……ちょっと今月きついわ」
初めて。
そう言いかけた。
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しかし。
ひろしが言った。
「ええやん、俺が払うし」
「……」
たかしは黙った。
本当に払ってもらえばいい。
それでいいはずだった。
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なのに。
胸がざわついた。
「いや……」
「ん?」
「俺も出すで」
「いやいや、今回は俺が出すって」
「大丈夫やって」
「たかし、最近ほんま大丈夫なんか?」
その言葉に。
たかしの心臓が跳ねた。
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「大丈夫やで」
「ほんま?」
「ほんまほんま」
「ならええけど」
電話が切れる。
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たかしは歩きながら。
何度もスマートフォンを見た。
気づかれた。
そう思った。
でも。
何に気づかれたのか。
自分でも分からない。
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帰宅。
机の引き出しを開ける。
そこには。
請求書。
借入明細。
カード利用明細。
病院からの書類。
全部。
一つの封筒に入れていた。
たかしはそれを見た。
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「……見られたら終わりや」
誰にも見られたくない。
だから。
引き出しの奥へ押し込む。
さらに。
その上に服を置く。
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翌日。
なおとから連絡が来た。
『たかし、今度飯行こうや』
たかしは返信する。
『ええで』
『金大丈夫?』
その一文。
たかしの指が止まった。
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なおとは続けて送ってきた。
『最近、たかしばっかり払ってるから、今回は俺が出すわ』
たかしは。
しばらく画面を見つめた。
優しい言葉だった。
本当に。
悪意なんてない。
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だからこそ。
たかしは。
言えなかった。
「実は借金がある」
「給料が減った」
「病院にも行けていない」
「もう余裕がない」
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代わりに。
『ありがとう』
と送った。
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なおとから。
『無理すんなよ』
と返ってきた。
たかしは。
その文字を見て。
少し泣きそうになった。
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無理している。
自分でも分かっている。
でも。
「無理してる」
と認めた瞬間。
全部が崩れそうだった。
だから。
認めない。
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夜。
女性からメッセージ。
『来月、何着ていこうかな』
たかしは。
『何でも似合うと思うよ』
と返す。
『たかしさん、優しいですね』
その言葉。
たかしは何度も読み返した。
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そして。
引き出しの中の請求書を見る。
女性の言葉を見る。
また請求書を見る。
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「優しい」
その言葉を失いたくなかった。
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だから。
たかしは決めた。
借金のことは。
絶対に言わない。
仕事が減ったことも。
言わない。
身体のことも。
言わない。
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誰かに心配されることさえ。
怖くなっていた。
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心配されれば。
本当のことを言わなければならない。
本当のことを言えば。
止められる。
止められたら。
友達との約束を守れない。
女性との約束も守れない。
必要とされなくなる。
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だから。
たかしは。
誰にも気づかれないことを。
「安心」と思うようになった。
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その夜。
引き出しを閉める。
鍵をかける。
そして。
ベッドに入る。
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スマートフォンには。
友達からのメッセージ。
女性からのメッセージ。
全部。
普通の日常だった。
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たかしは目を閉じる。
「俺は大丈夫」
小さく呟く。
けれど。
その言葉の本当の意味は。
もう。
「誰にも、本当の俺を見つけないでくれ」
に変わっていた。




