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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第76話 言えない金額

給料日。


たかしは朝から銀行アプリを開いていた。


入金額を見る。


以前より少ない。


勤務日数が減った分だけ。


当然だった。


「……これだけか」


思わず声が出る。


---


家賃。


食費。


光熱費。


借金の返済。


病院。


そして。


来月の大阪。


頭の中で計算する。


足りない。


どう考えても。


足りない。


---


以前なら。


ここで不安になっていた。


今は違う。


たかしは借入アプリを開いた。


追加で借りられる金額を確認する。


まだある。


「……大丈夫」


小さく呟く。


---


スマートフォンにメッセージが届いた。


りょうただった。


『給料入った?』


たかしは画面を見た。


『入ったで』


『よかったやん』


『うん』


そこまでは普通だった。


だが。


次のメッセージを見て。


指が止まった。


『来月の店、たかしが予約してくれる?』


たかしは画面を見つめた。


---


以前なら。


「ええで」


とすぐ返していた。


しかし。


今回は違った。


給料が減った。


借金も増えた。


足も痛い。


病院からは無理をするなと言われている。


それでも。


断ることが怖かった。


---


『分かった』


送信。


すぐに返事。


『さすがたかし』


その一言。


胸が少し温かくなる。


---


たかしは店を探した。


一人あたりの料金を見る。


高い。


けれど。


「まあ……これくらいなら」


そう思ってしまう。


予約ボタンを押す。


---


予約完了。


その瞬間。


たかしは自分の胸に手を当てた。


鼓動が速い。


怖かった。


けれど。


それ以上に。


「頼られた」ことが嬉しかった。


---


夜。


電話が鳴った。


母親からだった。


「最近どう?」


「普通やで」


「仕事は?」


「ちゃんと行ってる」


「身体は大丈夫?」


たかしは少し黙った。


「大丈夫」


「病院は?」


「行ってる」


嘘だった。


最近は。


金を惜しんで行っていない。


---


「ちゃんと食べてる?」


「食べてるよ」


これも嘘。


冷蔵庫にはほとんど何もない。


「無理したらあかんで」


「うん」


電話を切る。


---


静かな部屋。


たかしはスマートフォンを握ったまま。


しばらく動かなかった。


「……俺、何やってんねやろ」


誰も責めていない。


誰も怒っていない。


それなのに。


自分から嘘をついた。


---


机の上に請求書を並べる。


借金。


カード。


家賃。


病院。


どれも。


「払ってください」


と書いてある。


---


そして。


その横に。


りょうたとのメッセージ。


『さすがたかし』


たかしはそれを見る。


請求書を見る。


またメッセージを見る。


---


「……こっちのほうが大事や」


そう言って。


請求書を裏返した。


---


翌日。


職場で上司に呼ばれた。


「たかし、来月の勤務なんやけど」


「はい」


「さらに減る可能性がある」


「……分かりました」


「生活、大丈夫か?」


また同じ質問。


たかしは笑った。


「大丈夫です」


「ほんまに?」


「はい」


---


上司は少し考えたあと。


「困ったら言えよ」


と言った。


「ありがとうございます」


それだけ。


---


帰宅途中。


たかしはコンビニに寄った。


弁当を手に取る。


値段を見る。


棚に戻す。


安いパンを取る。


---


レジへ向かう。


その途中。


スマートフォンを見る。


女性からだった。


『来月、楽しみにしています』


たかしは笑った。


『俺も』


---


その瞬間。


安いパンを持っている自分が。


少し恥ずかしくなった。


「……こんなん食ってる場合ちゃうな」


---


弁当を買った。


カードを出す。


支払い完了。


---


店を出て。


財布を見る。


ほとんど残っていない。


それでも。


たかしは思った。


「まあ、借りればいい」


---


その夜。


借入アプリを開いた。


入力画面。


金額。


五万円。


指を止める。


そして。


十万円に変更する。


「どうせ借りるなら……」


さらに。


金額を増やす。


十五万円。


たかしはそこで止まった。


---


十五万円。


以前も借りた金額。


まだ返していない。


それでも。


申し込み画面を閉じなかった。


---


たかしは。


初めて気づいた。


借金が怖いんじゃない。


「借金していることを誰かに知られること」が怖い。


---


だから。


友達には言えない。


母親にも言えない。


職場にも言えない。


女性にも言えない。


病院にも。


本当の生活を言えない。


---


誰にも言わなければ。


誰も止められない。


---


たかしは。


もう一度。


申込みボタンを押した。


画面に表示された。


「お申し込みを受け付けました」


たかしはスマートフォンを伏せた。


そして。


小さく呟いた。


「……誰にも言わんかったら、大丈夫や」


その言葉が。


この先のたかしを。


さらに深いところへ連れていくことになるとは。


このときのたかしは。


まだ知らなかった。

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