第75話 大丈夫という嘘
借りた金は。
すぐに口座へ入った。
たかしは残高を確認した。
増えている。
それだけで。
少し安心した。
「これで来月までは……」
そこで言葉を止める。
来月まで。
その次は。
考えなかった。
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仕事中。
上司から呼ばれた。
「たかし、ちょっといいか」
「はい」
事務所の隅に座る。
上司は勤務表を見ながら言った。
「来月から、もう少し勤務が減る可能性がある」
「……そうですか」
「仕事量の関係もあるからな」
「はい」
「生活、大丈夫か?」
また。
その質問だった。
たかしは一瞬だけ迷った。
本当のことを話せば。
助けてもらえるかもしれない。
借金がある。
返済が苦しい。
家賃も厳しい。
病院にも行けていない。
女性との約束のために借金までした。
全部話せば。
誰かが止めてくれるかもしれない。
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でも。
たかしは笑った。
「大丈夫です」
「ほんまに?」
「はい」
「無理してないか?」
「大丈夫です」
二回目。
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上司はしばらく黙った。
「そうか。何かあったら言えよ」
「ありがとうございます」
話は終わった。
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事務所を出て。
たかしは深く息を吐いた。
「……危なかった」
何が危なかったのか。
自分でも分からない。
ただ。
借金のことを知られるのが怖かった。
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その日の昼。
友達から連絡が来た。
『来月の店、ちょっと高いけど大丈夫?』
たかしは画面を見る。
大丈夫ではない。
けれど。
指は動いた。
『大丈夫やで』
送信。
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女性からも。
『楽しみにしてます』
『俺も楽しみ』
返信する。
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そして。
スマートフォンをポケットにしまった。
たかしは気づいていなかった。
この日。
「大丈夫」という嘘を。
三回ついたことを。
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夜。
家に帰る。
冷蔵庫を開ける。
ほとんど何もない。
財布を見る。
現金は少ない。
けれど。
口座には。
借りた金がある。
だから。
焦らなかった。
「また借りればええし」
以前なら。
この言葉を考えるだけで怖かった。
今では。
当たり前になっていた。
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その夜。
りょうたから電話が来た。
「たかし、最近どうや?」
「普通やで」
「仕事は?」
「まあまあ」
「身体は?」
少し沈黙する。
「大丈夫」
「ほんま?」
「ほんまほんま」
りょうたが笑う。
「ならよかった」
その声を聞いて。
たかしは安心した。
心配してくれている。
そう思った。
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「そういや、女の子な」
りょうたが言う。
「うん」
「たかしに会うの、結構楽しみにしてるらしいで」
「……ほんま?」
「ああ」
たかしは笑った。
「ありがとう」
「なんで俺に礼言うねん」
「いや……」
うまく言えなかった。
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電話を切ったあと。
たかしはベッドに座った。
そして。
財布からカードを出した。
来月の予定を確認する。
食事。
交通費。
プレゼント。
友達との飲み。
全部足す。
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「……十万円くらいか」
たかしは呟いた。
今の残高では。
足りない。
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スマートフォンを開く。
借入アプリ。
追加借入可能額。
数字を見る。
たかしは。
しばらく画面を見つめた。
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そして。
自分に言った。
「来月だけや」
一度。
「来月だけ借りる」
もう一度。
「来月を乗り切ったら、返していく」
三度目。
「大丈夫」
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申込みボタンを押す。
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その瞬間。
たかしの中では。
「借金を増やした」という感覚より。
「来月の予定を守った」という感覚のほうが強かった。
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翌朝。
出勤前。
上司からメッセージが来た。
『勤務について、また後で話したい』
たかしは画面を見る。
嫌な予感がした。
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けれど。
返信は決まっていた。
『分かりました。大丈夫です』
送信。
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スマートフォンをしまう。
そして。
小さく笑った。
「大丈夫」
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その言葉は。
もう誰かを安心させるための言葉ではなかった。
自分自身を騙すための言葉になっていた。
そして。
たかし自身も。
それに気づき始めていた。




