第73話 借りた理由
十五万円を借りた翌朝。
たかしは目を覚ますと、すぐに銀行アプリを開いた。
残高が増えている。
昨日までなかった十五万円。
数字だけを見れば、少し安心する。
けれど。
たかしは知っていた。
これは自分のお金ではない。
いずれ返さなければならない。
「……返せばええだけや」
そう呟いた。
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朝食を食べながら、たかしは計算した。
来月の給料。
減った勤務日数。
家賃。
食費。
返済。
そして大阪。
電卓を叩く。
やっぱり足りない。
けれど。
十五万円を借りたことで。
一時的には何とかなる。
たかしはそこで計算を止めた。
「今月を乗り切れたらええ」
未来の返済は。
今は考えない。
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仕事へ行く。
昼休み。
女性からメッセージが届いた。
『この前のプレゼント、本当に嬉しかったです』
たかしは笑った。
『よかった』
『次に会えるの楽しみです』
『俺も』
その二文字を送る。
胸が温かくなる。
そして。
ふと考えた。
この十五万円を借りた理由は、何だったのか。
生活費ではない。
病院代でもない。
家賃でもない。
女性に会うため。
そして。
喜んでもらうため。
たかしは少しだけ不安になった。
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「……まあ、ええか」
そう言ってスマートフォンを閉じる。
その日の仕事が終わる。
帰宅途中。
コンビニの前で足を止めた。
弁当を選ぶ。
値段を見る。
高い。
安いパンにする。
レジへ向かう。
そのとき。
スマートフォンが鳴った。
りょうただった。
『たかし、来月の店やけど、ちょっといいところ予約したで』
たかしは聞き返した。
「どこ?」
店の名前を聞く。
検索する。
高級店だった。
「……」
『大丈夫?』
りょうたが聞く。
「うん」
『結構するで』
「大丈夫やって」
また。
その言葉。
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電話を切った。
たかしはコンビニのレジ前に立ったまま。
小さく笑った。
「大丈夫……」
けれど。
自分でも分かっていた。
大丈夫ではない。
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帰宅すると。
郵便受けに請求書が入っていた。
カードの請求。
たかしは封筒を開ける。
金額を見る。
「……」
声が出なかった。
先月の大阪。
プレゼント。
食事。
ホテル。
交通費。
それらが。
今になって請求されている。
さらに。
借金の返済予定。
家賃。
生活費。
たかしは紙を机に並べた。
そして。
一枚ずつ重ねる。
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その一番上に。
女性から届いたメッセージ。
『次に会えるの楽しみです』
たかしは。
請求書を裏返した。
そのメッセージを見た。
「……これがあるから」
誰に言うでもなく。
呟いた。
「これがあるから、頑張れる」
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翌日。
職場でミスをした。
上司から注意される。
「最近、集中できてないんちゃうか?」
「すみません」
「ちゃんと休めてる?」
「はい」
嘘だった。
眠れていない。
お金のことばかり考えている。
女性のことも。
友達のことも。
仕事のことも。
全部が頭の中で絡まっている。
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上司が言った。
「無理なら、少し休んでもええよ」
たかしは反射的に、
「大丈夫です」
と言った。
上司は少し困った顔をした。
「……そうか」
それ以上は何も言わなかった。
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その夜。
たかしは机に向かった。
紙に書く。
「俺が今、何に金を使っているのか」
家賃。
食費。
病院。
返済。
大阪。
プレゼント。
酒。
交通費。
友達。
女性。
たかしは一つずつ見た。
そして。
「友達」
という文字を丸で囲んだ。
次に。
「女性」
も丸で囲んだ。
二つを線でつなぐ。
その横に。
小さく書いた。
「必要とされるため」
たかしはその文字を見つめた。
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しばらくして。
紙を裏返した。
見たくなかった。
自分が。
何のために借金をしているのか。
はっきりしてしまったからだ。
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翌朝。
女性から連絡が来た。
『次、何を着ていこうかな』
たかしは、
『何でも似合うと思うで』
と返した。
『じゃあ、たかしさんが選んでください』
その瞬間。
たかしは笑った。
「俺が選ぶんや」
必要とされている。
そう思った。
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その日の帰り。
たかしは服を探し始めた。
女性に似合うもの。
アクセサリー。
靴。
バッグ。
いろいろ検索する。
値段を見る。
高い。
けれど。
「これ、喜びそうやな」
そう思う。
また。
買いたくなる。
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たかしは購入画面を開いた。
一度閉じる。
また開く。
そして。
今度は。
購入する前に。
自分に言い聞かせた。
「これは借金じゃない」
「俺が頑張って働いた金で買うんや」
けれど。
その商品代に使われるのは。
すでに借りた十五万円だった。
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その夜。
たかしは眠る前に考えた。
昔。
友達に奢っていた頃。
自分のお金で。
「ありがとう」
と言ってもらった。
今。
借りたお金で。
「優しい」
と言ってもらっている。
違いは。
それだけなのかもしれない。
でも。
たかしには。
その違いが。
もう分からなくなっていた。
そして。
布団の中で。
初めてこんなことを考えた。
「借りた金でも、誰かが喜んでくれるなら……それでええんちゃうか」
その考えが。
たかしの中に定着した瞬間。
借金はもう。
「困ったときの最後の手段」ではなくなっていた。
必要とされるために使えるお金。
それに変わり始めていた。




