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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第72話 欲しいと言われたもの

借入アプリの画面。


たかしは、しばらく動かなかった。


150,000円。


入力された数字。


その下にある確認ボタン。


指を置けば、借りられる。


でも。


昨日、自分で紙に書いた。


「お金を借りない」


机の前に貼ったばかりだった。


「……」


たかしはスマートフォンを伏せた。


一度、深呼吸する。


「借りんでもええ」


声に出す。


「プレゼントなんか、買わんでもええ」


もう一度。


「会うだけでええやろ」


そう言って、自分を納得させた。


---


昼休み。


女性からメッセージが届いた。


『さっきのプレゼントのこと、気にしないでくださいね』


たかしは安心した。


続けて。


『でも、たかしさんが選んでくれるものって、センスいいから楽しみです』


たかしの指が止まった。


欲しい。


そう言われたわけではない。


買ってほしい。


そう頼まれたわけでもない。


ただ。


「楽しみ」


と言われただけ。


それなのに。


たかしの頭の中では。


「何か買わなければ」


に変わっていた。


---


仕事が終わる。


帰宅する。


机の前に貼った紙を見る。


「お金を借りない」


たかしは、その紙を剥がそうとした。


でも。


やめた。


「……まだ、借りてへん」


その言葉だけを残した。


そして。


スマートフォンでプレゼントを探した。


一万円。


二万円。


三万円。


どれも高く感じる。


しかし。


「これなら喜ぶかもしれない」


そう思う商品を見つけた。


五万二千円。


たかしは画面を見つめた。


「……高いな」


閉じる。


数秒後。


また開く。


写真を見る。


「これ、似合いそうやな……」


気づけば。


購入画面まで進んでいた。


---


そのとき。


電話が鳴った。


りょうただった。


「もしもし」


「たかし、来月の予定決まった?」


「うん」


「女の子も楽しみにしてるって」


「……ほんま?」


「ほんまやで」


たかしは笑った。


「そっか」


「たかしも楽しみやろ?」


「うん」


「またプレゼントとか考えてるん?」


たかしは黙った。


「……まあ」


りょうたが笑う。


「ほんま好きやなあ」


たかしも笑った。


「喜んでもらえたら嬉しいから」


「たかしらしいわ」


その言葉が。


胸に残った。


たかしらしい。


優しい。


人に尽くす。


金を出す。


断らない。


それが。


自分らしさになっていた。


---


電話を切った。


たかしは商品ページを見る。


五万二千円。


「これ買ったら……」


来月の生活はさらに厳しくなる。


分かっている。


だから。


一度、画面を閉じた。


---


翌朝。


仕事へ行く。


上司から言われる。


「来月の勤務、やっぱり減ることになった」


「……はい」


「かなり少なくなるから、他の仕事を探してもいいと思う」


たかしは頷いた。


「分かりました」


「生活、大丈夫か?」


たかしは少しだけ間を置いた。


「……大丈夫です」


もう。


自分でも分からなくなっていた。


---


その日の夜。


たかしは求人を探した。


副業。


短期。


夜勤。


軽作業。


いくつか応募する。


しかし。


足の状態を考えると、できる仕事は限られていた。


一件。


条件の良さそうな仕事を見つける。


電話する。


「足に少し問題がありまして……」


担当者の声が変わる。


「長時間の立ち仕事は厳しいですか?」


「……はい」


「それだと、今回は難しいですね」


電話が切れた。


たかしはスマートフォンを机に置いた。


「……」


仕事は減る。


借金は増える。


身体も悪い。


それでも。


女性との約束だけは。


楽しみだった。


---


夜。


女性からメッセージ。


『今日はお仕事どうでした?』


『普通やで』


『無理してません?』


『大丈夫』


また。


大丈夫。


『よかったです』


その返信を見て。


たかしは安心した。


自分が大丈夫だと言えば。


相手も安心してくれる。


そのことが嬉しかった。


---


そして。


女性から続けて届いた。


『今度、前に話してたお店行きたいです』


たかしは検索した。


一人二万円ほどする店だった。


「……」


二人なら。


食事だけで四万円。


交通費。


ホテル。


その他。


プレゼント。


考えるだけで。


十万円を超える。


---


たかしは椅子にもたれた。


「無理やろ……」


初めて。


口から弱音が出た。


しかし。


数分後。


スマートフォンを見る。


女性から。


『無理なら全然大丈夫です!』


たかしは、その文章を見て。


胸が苦しくなった。


「……」


無理だ。


そう言えばいい。


それだけ。


なのに。


指は別の言葉を打っていた。


『大丈夫。行こう』


送信。


---


既読。


『本当ですか?』


『うん』


『嬉しいです!』


たかしは笑った。


そして。


借入アプリを開いた。


今回は。


迷わなかった。


150,000円。


確認。


送信。


借入完了。


---


画面に表示された。


入金額。


十五万円。


たかしは静かにスマートフォンを置いた。


嬉しくない。


怖い。


でも。


「これで会える」


そう思った。


---


机の前を見る。


昨日貼った紙。


「お金を借りない」


たかしは立ち上がった。


紙を剥がす。


丸める。


ゴミ箱へ入れる。


そして。


小さく呟いた。


「……俺には、これしかないから」


何が「これしかない」のか。


本人にも分かっていなかった。


金なのか。


優しさなのか。


友達なのか。


女性なのか。


それとも。


誰かに必要とされるための、自分自身なのか。


たかしは。


その答えを考えることから。


逃げるように眠った。

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