第68話 値札のついた優しさ
大阪へ行く日まで、あと一週間。
たかしは毎日、机の引き出しを開けていた。
中にある小さな箱。
二万四千円のプレゼント。
まだ渡していない。
それなのに。
その箱を見るだけで、少し安心した。
「これで喜んでくれるかな」
何度も考えた。
---
一方で、生活は苦しくなっていた。
冷蔵庫の中身は減っている。
食費を切り詰める。
病院でもらった薬を確認する。
家賃の支払日も近づいている。
そして、借金の返済日も。
たかしは紙に書き出した。
今月の支出予定。
家賃。
光熱費。
食費。
医療費。
借金返済。
交通費。
大阪。
プレゼント。
最後の二つを見て、手が止まった。
「……」
大阪に行かなければ。
プレゼントを渡さなければ。
かなり楽になる。
たかしは分かっていた。
---
スマートフォンが鳴った。
りょうたからだった。
『来週よろしくな』
たかしは、
『うん』
と返した。
続けて。
『女の子も来るって』
その一文を見た瞬間。
たかしの胸が高鳴った。
「……来るんや」
思わず笑ってしまう。
そして。
引き出しからプレゼントの箱を取り出した。
「よかった」
箱を握る。
これを渡せる。
そう思っただけで。
さっきまでの不安が消えた。
---
その日の夜。
たかしはコンビニへ行った。
財布を見る。
現金は少ない。
それでも。
弁当を一つ買った。
店員に、
「ありがとうございました」
と言われる。
たかしも、
「ありがとうございます」
と返した。
店を出る。
その瞬間。
ふと思った。
自分は。
「ありがとう」
という言葉が好きなのかもしれない。
誰かに言われると。
自分の存在を認めてもらえたような気がする。
---
帰宅すると。
女性からメッセージが届いていた。
『来週、楽しみにしています』
たかしは固まった。
「……」
何度も読む。
そして。
すぐに返信する。
『俺も楽しみ』
送信。
既読。
返信。
『たかしさん、優しいですよね』
たかしはスマートフォンを胸に当てた。
「……」
涙が出そうになった。
たった一言。
それだけなのに。
嬉しかった。
---
その夜。
たかしは眠れなかった。
頭の中で考えていた。
二万四千円のプレゼント。
大阪までの交通費。
ホテル代。
食事代。
店の料金。
全部合わせれば。
かなりの金額になる。
でも。
女性から、
「優しい」
と言ってもらえた。
それだけで。
全部正しいような気がした。
---
翌日。
たかしは仕事へ行った。
しかし。
集中できなかった。
仕事中も。
来週のことを考えている。
上司に注意される。
「たかしさん、ここ間違ってるよ」
「すみません」
「最近ちょっと多いよ」
「……すみません」
また。
謝る。
そして。
その瞬間。
頭の中に浮かんだ。
――もっとちゃんとしなければ。
――迷惑をかけた。
――何か返さなければ。
仕事が終わったあと。
たかしはコンビニに寄った。
そして。
上司に渡すための菓子折りを買おうとした。
手に取る。
値段を見る。
二千円。
「……」
買い物かごへ入れる。
その瞬間。
自分でも気づいた。
謝ったら、何かを渡さなければならない。
いつから。
そんな考えになったのだろう。
---
結局。
菓子折りを買った。
翌朝。
職場へ持っていく。
「昨日すみませんでした」
上司は驚いた。
「いや、そこまでせんでええよ」
「でも……」
「ほんまに気にしてないから」
たかしは笑った。
「ありがとうございます」
席に戻る。
上司は何も要求していない。
何も求めていない。
それなのに。
たかしは自分から金を使った。
---
昼休み。
たかしはスマートフォンを開いた。
女性から新しいメッセージ。
『来週、何着ていこうかな』
たかしは笑った。
『何でも似合うと思うで』
送信。
そして。
引き出しにしまったプレゼントを思い出す。
---
仕事が終わる。
帰宅。
机の前に座る。
請求書を並べる。
その横に。
プレゼントの箱を置く。
たかしは二つを見比べた。
請求書。
未来の自分からの要求。
プレゼント。
今の自分が欲しいもの。
たかしは。
プレゼントを手に取った。
そして。
請求書を裏返した。
「来週だけや」
小さく呟く。
「来週が終わったら、ちゃんと考えよ」
また。
未来へ先送りした。
---
その夜。
たかしは布団に入った。
目を閉じる。
女性の笑顔。
友達の笑い声。
「ありがとう」
「優しいですね」
その言葉が頭の中を回る。
そして。
たかしは眠りについた。
知らないうちに。
机の上では。
請求書の支払期限が。
一日ずつ近づいていた。




