第67話 十万円の使い道
給料日。
たかしは銀行のATMの前に立っていた。
給与が振り込まれている。
いつものように残高を確認する。
「……」
思ったより少ない。
勤務日数が減った分だけ、はっきりと数字に出ていた。
たかしは画面を見つめた。
その下に、借りた十万円がある。
合計すれば。
今月を乗り切れない金額ではない。
ただし。
大阪へ行かなければ。
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たかしはATMの前を離れた。
駅へ向かう途中。
スマートフォンが鳴った。
りょうたからだった。
『来月の店、予約したで』
続けて。
『たかし、楽しみにしてるからな』
たかしは立ち止まった。
「……」
返信する。
『ありがとう』
それだけ。
すると、
『女の子も来るで』
と返ってきた。
たかしの胸が高鳴った。
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家に帰る。
机の上に電卓を置く。
紙に書いた。
家賃。
食費。
光熱費。
病院。
返済。
残り。
そして。
大阪。
計算すると。
大阪へ行けば赤字になる。
行かなければ。
なんとかなる。
たかしは何度も計算した。
結果は変わらない。
「……行かんかったらええだけや」
そう呟く。
簡単なことだった。
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その夜。
たかしはりょうたへ電話をかけた。
「もしもし」
「おう、たかし」
「あのな……」
「ん?」
「来月の大阪なんやけど」
そこで言葉が止まった。
「うん」
「……」
「どうした?」
たかしは目を閉じた。
「いや」
そして。
「楽しみにしてるわ」
と言った。
「おう。俺もや」
電話を切る。
たかしは机に突っ伏した。
「……何してんねん、俺」
分かっていた。
行けば苦しくなる。
でも。
断ることの方が怖かった。
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数日後。
職場で、さらに悪い話が出た。
「たかしさん、来月から勤務時間も少し変わるかもしれません」
「はい」
「収入も今月より下がると思います」
「……分かりました」
上司は少し心配そうに見た。
「生活、大丈夫?」
たかしは反射的に答えた。
「大丈夫です」
言ったあと。
自分でも苦笑した。
また。
「大丈夫」。
最近。
この言葉ばかり使っている。
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帰宅途中。
コンビニの前を通る。
弁当を見る。
値段を見る。
戻す。
安いパンを買う。
それだけにする。
レジで会計をしていると。
スマートフォンが鳴った。
りょうたからだった。
『来月、プレゼントとか考えといた方がええかな?』
たかしは画面を見つめた。
「プレゼント……」
女性へのプレゼント。
前回。
三万八千円使った。
今度も。
何か買うことになるかもしれない。
たかしは考えた。
高すぎないもの。
でも。
安すぎないもの。
喜んでもらえるもの。
スマートフォンで検索する。
一万円。
二万円。
三万円。
値段が上がっていく。
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気づけば。
たかしは商品をお気に入りに入れていた。
二万四千円。
高い。
でも。
これなら喜んでもらえるかもしれない。
「……」
商品ページを閉じる。
また開く。
閉じる。
そして。
購入ボタンのところまで指を動かす。
止まる。
「まだ買ってない」
自分に言い聞かせる。
今ならやめられる。
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その夜。
りょうたから電話。
「たかし」
「ん?」
「女の子な」
「うん」
「この前の子、来れるかもしれへんで」
「……ほんま?」
「まだ分からんけどな」
たかしの胸が高鳴る。
「そうなんや」
「たかし、嬉しそうやな」
「そら嬉しいやろ」
「じゃあ楽しみにしとけ」
電話を切る。
たかしは笑った。
そして。
さっきの商品ページを開いた。
二万四千円。
しばらく見つめる。
「……買っとこかな」
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購入。
決済完了。
たかしは画面を見た。
二万四千円。
もう戻せない。
「……」
胸の奥が少し痛んだ。
でも。
すぐに別の感情が湧いた。
これを渡したら、喜んでくれる。
そう思った。
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翌日。
商品が届いた。
小さな箱。
たかしは慎重に開ける。
中には綺麗なプレゼント。
しばらく眺める。
「喜んでくれるかな」
その夜。
たかしは箱を閉じた。
そして。
その箱を机の引き出しにしまった。
引き出しを閉じる。
そこには。
請求書が入っていた。
たかしは少し迷って。
請求書を奥へ押し込んだ。
プレゼントの箱を手前に置く。
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その瞬間。
たかしは気づいた。
自分が今。
何をしているのか。
請求書を隠して。
プレゼントを見える場所に置いている。
未来の自分を苦しめるものを奥へ。
今の自分を安心させるものを手前へ。
たかしは小さく笑った。
「……まあ、ええか」
引き出しを閉めた。
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その夜。
たかしは眠る前に思った。
二万四千円。
それは生活費なら。
数週間分になるかもしれない。
借金返済にも使える。
病院にも行ける。
冬の備えにもなる。
それでも。
たかしは思った。
「ありがとうって言ってもらえるなら、安いかもしれない」
そして。
その考えが。
少しずつ。
たかし自身の人生の値段を。
下げていった。




