第66話 必要とされるために
北海道に戻ってから三日。
たかしは仕事をしていた。
朝起きる。
仕事へ行く。
帰る。
食事をする。
眠る。
それだけなら。
何も問題はないように見えた。
けれど。
頭の中には、いつも大阪のことがあった。
女性の笑顔。
「また会えたら嬉しいです」
その言葉。
そして。
高級な店の名前。
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休憩時間。
たかしはスマートフォンを開いた。
女性から新しいメッセージはない。
自分から送ろうとして。
やめる。
また送ろうとして。
やめる。
「しつこいと思われたら嫌やし……」
スマートフォンを伏せる。
すると今度は、りょうたからメッセージが来た。
『来月、また集まろうな』
たかしはすぐに返信した。
『うん』
『女の子も呼べるか聞いとくわ』
たかしは画面を見つめた。
胸が高鳴る。
『ほんま?』
『たぶんな笑』
たったそれだけ。
でも。
たかしには十分だった。
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その日の帰り。
スーパーに寄った。
食料品を手に取る。
以前なら買っていた弁当を戻す。
安いパン。
カップ麺。
値引きされた惣菜。
合計金額を計算する。
「これなら……」
レジで支払う。
財布を開く。
残りを確認する。
少ない。
けれど。
来月、大阪へ行くための十万円は口座にある。
たかしは自分に言い聞かせた。
「大丈夫」
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帰宅すると。
ポストに封筒が入っていた。
請求書だった。
たかしは机の上に置く。
すぐには開けなかった。
スマートフォンを見る。
りょうたから、
『また楽しく飲もうな』
とメッセージが来ている。
たかしは笑った。
請求書より。
その言葉を先に見てしまった。
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翌日。
職場で上司から呼ばれた。
「たかしさん」
「はい」
「来月なんやけど」
嫌な予感がした。
「今月より、もう少し勤務日数を減らすかもしれません」
「……」
「仕事量が少なくてね」
たかしは黙った。
「分かりました」
「大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
また言った。
大丈夫。
本当は。
全然大丈夫ではない。
勤務日数が減れば。
給料も減る。
給料が減れば。
返済が難しくなる。
それでも。
「大丈夫です」
と言った。
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その日の夜。
たかしは電卓を出した。
今月の収入。
来月の予想収入。
家賃。
食費。
返済。
交通費。
大阪。
計算する。
赤字だった。
明らかに。
足りない。
「……」
たかしは紙を見つめた。
そして。
一つの数字を書いた。
100,000円。
大阪へ行くために借りた金。
まだ使っていない。
その十万円を生活費に回せば。
今月は何とかなる。
大阪を諦めればいい。
そうすれば。
借金を増やさずに済む。
たかしは考えた。
長い間。
そして。
スマートフォンを手に取った。
りょうたとのメッセージを見る。
『来月、また集まろうな』
その下には。
『女の子も呼べるか聞いとくわ』
たかしは目を閉じた。
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「……行かなかったら」
何が起きる。
誰かに怒られるわけではない。
友達が絶交するわけでもない。
女性が嫌いになるわけでもない。
分かっている。
なのに。
怖い。
断ったら。
自分だけが外に出されるような気がする。
高校時代から続いていた関係が。
自分のところだけ途切れるような気がする。
たかしはスマートフォンを握った。
そして。
りょうたにメッセージを送った。
『来月、俺ちょっと仕事減りそうで』
そこまで打った。
止まる。
送れない。
消す。
もう一度打つ。
『来月、大阪行けへんかもしれん』
また消す。
最後に。
『来月楽しみにしてるわ』
と送った。
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送信。
すぐに既読がついた。
『俺も楽しみやで』
その一言で。
たかしは安心した。
同時に。
自分が何をしたのか分かった。
仕事のことも。
借金のことも。
生活のことも。
何一つ伝えていない。
ただ。
「行く」
と約束した。
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たかしは机に置いた十万円を見る。
大阪へ行けば。
十万円はなくなる。
行かなければ。
生活費になる。
頭では答えが分かっている。
でも。
心は違った。
「必要とされたい」
その気持ちが。
生活よりも。
未来よりも。
自分の身体よりも。
大きくなっていた。
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数日後。
たかしは病院へ行った。
足の傷を診てもらう。
医師が言った。
「きちんと休んでください」
「はい」
「無理して歩かないように」
「分かりました」
「血糖値の管理も大事ですよ」
「はい」
たかしは全部、
「はい」
と答えた。
でも。
帰り道。
スマートフォンを見る。
りょうたから。
『来月、店もう決めたで』
たかしは笑った。
そして。
病院でもらった注意書きを財布にしまった。
その上に。
大阪の店の予約情報を重ねた。
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夜。
たかしは布団の中で考えた。
俺は。
何を守っているんだろう。
仕事でもない。
お金でもない。
身体でもない。
生活でもない。
それなのに。
どうして。
こんなに必死になっているんだろう。
答えは。
もう分かっていた。
友達に嫌われたくない。
ただ、それだけだった。
そして。
そのためなら。
何を失ってもいい。
そう思い始めていた。
まだ本人だけが。
それを「優しさ」だと思っていた。




