第65話 もう一度だけ
たかしの指は、借入ボタンの上で止まっていた。
画面には、
「借入可能額」
が表示されている。
まだ借りられる。
その事実が、今のたかしには安心材料だった。
「……まだ大丈夫や」
口に出した瞬間。
自分でも、その言葉に違和感を覚えた。
何が大丈夫なのか。
借金は増えている。
仕事は減っている。
身体も悪い。
財布の中身も少ない。
それでも。
借りられるから大丈夫。
いつの間にか、そう考えるようになっていた。
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たかしはスマートフォンを閉じた。
「今日は借りんとこ」
そう決めた。
北海道へ帰る。
しばらく大人しくする。
仕事をして。
借金を返して。
生活を立て直す。
それが普通だ。
分かっている。
だから駅へ向かった。
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新幹線の座席。
窓の外を眺める。
大阪の街が遠ざかっていく。
スマートフォンには、昨日の女性とのメッセージ。
短いやり取り。
たかしはそれを何度も読み返していた。
「また会える」
その可能性だけが、頭の中に残っている。
すると。
スマートフォンが鳴った。
りょうただった。
『帰りの交通費、大丈夫か?』
たかしは、
『大丈夫』
と返した。
『ほんま?』
『うん』
『無理すんなよ』
また、その言葉。
たかしは、
『ありがとう』
と返した。
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しばらくすると。
今度は女性からメッセージが来た。
『昨日はありがとうございました』
たかしの心臓が跳ねた。
『こちらこそ』
返信する。
少し待つ。
『また大阪に来ることがあったら、会えたら嬉しいです』
たかしは画面を見つめた。
「……」
胸の奥が熱くなった。
また会える。
その言葉だけで。
借金のことを忘れそうになった。
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しかし。
女性からの次のメッセージ。
『今度は○○のお店行ってみたいです』
店の名前。
検索する。
高級な店だった。
一人一万円以上。
たかしは画面を見つめた。
「……」
まだ何も決まっていない。
女性は、
「連れて行って」
とは言っていない。
ただ、
「行ってみたい」
と言っただけ。
なのに。
たかしの頭の中では、
「俺が連れていかなあかん」
に変わっていた。
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北海道へ向かう途中。
たかしは何度も計算した。
交通費。
ホテル。
食事。
女性との店。
プレゼント。
そして借金返済。
どう考えても足りない。
それでも。
「次はもっと喜ばせたい」
という気持ちが勝った。
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北海道に戻る。
駅から自宅へ向かう。
部屋に入る。
静かだった。
大阪とは違う。
笑い声もない。
誰もいない。
たかしは荷物を置いた。
冷蔵庫を開ける。
中身はほとんどない。
「……」
大阪ではあれだけ金を使った。
その一方で。
自宅には食べるものすらない。
たかしはコンビニへ向かった。
最低限の食料を買う。
レジで支払う。
財布を見る。
残りは少ない。
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帰宅。
机の上に請求書を並べる。
借金。
家賃。
電気。
携帯。
病院。
一枚ずつ確認する。
そして最後に。
スマートフォンを見る。
女性からのメッセージ。
『また会えたら嬉しいです』
たかしは請求書とスマートフォンを交互に見た。
「……」
やがて。
請求書を裏返した。
スマートフォンだけを見る。
「もう一回だけ」
呟く。
何が「もう一回」なのか。
たかし自身にも分かっていた。
もう一度、大阪へ行く。
もう一度、女性に会う。
もう一度、喜ばせる。
そのために。
もう一度、金を借りる。
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たかしは借入アプリを開いた。
今度は迷わなかった。
100,000円。
入力。
確認。
送信。
借入完了。
画面に表示された金額を見て。
たかしは目を閉じた。
「これで……最後や」
しかし。
その言葉を言った直後。
たかしのスマートフォンが鳴った。
りょうたからだった。
『来月もみんなで集まろうや』
たかしは少し笑った。
そして、
『もちろん』
と返信した。
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その夜。
たかしは眠れなかった。
借金のことを考える。
でも。
それ以上に。
女性の笑顔を思い出していた。
「優しいですね」
あの言葉。
たかしは布団の中で目を閉じる。
そして。
自分に言い聞かせた。
「俺は、人に喜んでもらうために金を使ってるだけや」
だから。
悪いことではない。
そう思いたかった。
しかし。
本当は。
もう一つの気持ちがあった。
「お金を使えば、誰かに必要としてもらえる」
その考えが。
たかしの中に、根を張り始めていた。




