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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第63話 ありがとうの値段

二軒目の店に入った。


たかしは、店員に案内されながら周囲を見渡した。


高そうな店だった。


照明は暗く、席も広い。


メニューを開く。


値段を見る。


一瞬、目が止まった。


「……高いな」


小さく呟く。


隣にいたりょうたが笑った。


「今日はええやん」


「うん」


たかしも笑った。


本当は、ええわけではない。


二十万円は借りた。


その金は、来月の生活を支えるために必要だった。


でも。


今日はみんなが集まっている。


そして、自分が払うと言った。


「今日は俺が出すから」


たかしはもう一度言った。


まさとが笑う。


「ほんま太っ腹やな」


「まあな」


たかしも笑った。


その瞬間。


胸の奥が少しだけ温かくなった。


---


しばらくすると、女性が二人入ってきた。


りょうたが紹介する。


「こっち、たかし」


「どうも……」


たかしは少し緊張した。


女性が笑う。


「よろしくお願いします」


「よろしく」


たかしの顔が緩む。


久しぶりだった。


自分に向けられる女性の笑顔。


それだけで、来てよかったと思った。


---


酒が進んだ。


昔話。


仕事の話。


くだらない話。


笑い声。


たかしも笑った。


女性が、


「たかしさんって優しいですね」


と言った。


その言葉を聞いた瞬間。


たかしの胸に、強い何かが走った。


「……ありがとう」


たった一言。


それだけだった。


でも。


たかしには特別だった。


優しい。


その言葉を聞くためなら。


もっと頑張れる気がした。


---


女性がメニューを見ている。


「これ、かわいい」


小さなアクセサリーだった。


値段を見る。


三万八千円。


たかしは一瞬、黙った。


女性は、


「高いね」


と言ってメニューを閉じた。


たかしは何も言わなかった。


しかし。


頭の中で考えていた。


――買ってあげたら喜ぶかな。


――そうしたら、また会ってくれるかな。


――せっかく紹介してもらったんだから。


たかしは店員を呼んだ。


「それ、お願いします」


女性が驚く。


「え?」


「いいですよ」


「でも……」


「大丈夫です」


また。


その言葉だった。


---


女性が笑った。


「ありがとうございます」


たかしは笑った。


「どういたしまして」


胸が満たされる。


三万八千円。


高い。


でも。


「ありがとう」


と言われた。


それだけで十分だった。


---


しばらくすると、会計の時間になった。


店員が伝票を持ってくる。


たかしは見る。


十二万六千円。


一瞬。


呼吸が止まった。


「……」


りょうたが、


「たかし、どうする?」


と言った。


たかしは伝票を見た。


十二万六千円。


財布の中には二十万円がある。


払える。


だから。


「俺が出す」


と言った。


「ほんまに?」


「うん」


カードを出す。


暗証番号を入力する。


決済音。


それだけだった。


十二万六千円が消えた。


---


店を出た。


夜風が冷たい。


たかしは財布を開いた。


残りは少ない。


二十万円借りた。


その日のうちに、


十二万六千円。


アクセサリー三万八千円。


合計、


十六万四千円。


残り。


三万六千円。


たかしは数字を見つめた。


「……」


りょうたが肩を叩いた。


「今日はありがとうな」


たかしは顔を上げた。


「うん」


「ほんま助かったわ」


「……うん」


その言葉を聞いた瞬間。


たかしは笑った。


残り三万六千円。


そんなことは、どうでもよくなった。


---


帰り道。


女性が、


「今日は楽しかったです」


と言った。


「俺も」


「また会えたらいいですね」


たかしの心臓が跳ねた。


「……ほんま?」


「はい」


その言葉だけで。


十六万円以上使ったことが、急に正しいことのように思えた。


たかしは笑った。


「また会おう」


女性も笑った。


---


ホテルに戻る。


部屋に入る。


一人になった瞬間。


静かになった。


たかしはベッドに座る。


財布を見る。


三万六千円。


スマートフォンを見る。


銀行口座。


残高。


借金。


返済予定。


現実が戻ってくる。


「……」


たかしは頭を抱えた。


やっぱり。


使いすぎた。


分かっている。


でも。


今日のことを後悔しているかと聞かれたら。


答えは違った。


「……楽しかった」


小さく呟いた。


そして。


女性から届いたメッセージを見る。


『今日はありがとうございました。また会いたいです』


たかしは何度も読み返した。


その文章だけで。


不安が少し消えた。


---


翌朝。


たかしは目を覚ました。


スマートフォンを見る。


女性からメッセージは来ていない。


しばらく待つ。


来ない。


たかしは自分から送った。


『昨日ありがとう。また会おうな』


既読がつかない。


一時間。


二時間。


昼になっても。


既読はつかなかった。


「……忙しいんかな」


たかしはスマートフォンを置いた。


しかし。


数分後。


また見る。


何もない。


---


その頃。


りょうたから電話が来た。


「たかし、昨日ありがとな」


「うん」


「めっちゃ楽しかったわ」


「俺も」


「またやろうや」


たかしは笑った。


「うん」


電話を切る。


そして。


たかしは財布を見る。


残り三万六千円。


その金で。


北海道へ帰らなければならない。


生活もしなければならない。


借金も返さなければならない。


それでも。


たかしは思った。


「昨日の『ありがとう』は、三万六千円より価値があった」


そう思わなければ。


自分がやったことを、受け入れられなかった。


そして、その瞬間。


たかしの中で、


「お金を使うこと」と「愛されること」


が、少しずつ結びつき始めていた。


そのことに。


たかし自身は、まだ気づいていなかった。

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