第62話 二十万円
午前二時。
たかしはまだ起きていた。
部屋の明かりは消している。
スマートフォンの画面だけが、暗い部屋を照らしていた。
画面には借入の確認画面。
200,000円。
たかしは指を止めた。
「……これ借りたら、ほんまにあかんやろ」
頭では分かっていた。
二十万円は大きい。
返済も増える。
今の収入では楽ではない。
それでも。
来週、大阪へ行く。
店も予約されている。
みんなが楽しみにしている。
そして。
自分から、
「俺が出す」
と言ってしまった。
「……言うてもうたからな」
それが最後の理由になった。
たかしは送信ボタンを押した。
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数秒後。
画面が切り替わる。
借入完了。
二十万円が口座に入った。
たかしは深く息を吐いた。
怖かった。
でも。
同時に安心した。
「これで大丈夫」
また同じ言葉だった。
たかしはスマートフォンを置いた。
そして眠った。
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翌朝。
目を覚ます。
昨日までとは違う。
口座には二十万円がある。
たかしは銀行アプリを開いた。
数字を見る。
「……」
不思議な感覚だった。
昨日まで足りなかった金が、一瞬で増えている。
働いたわけではない。
何かを売ったわけでもない。
ただ、借りただけ。
それなのに。
数字だけは増えている。
たかしは少し笑った。
「便利やな……」
その言葉を口にした瞬間。
自分でも怖くなった。
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仕事へ向かう。
足は痛い。
身体も重い。
それでも。
今日は少し気分が軽かった。
来週の大阪。
友達。
女の子。
食事。
酒。
全部、心配しなくていい。
そう思っていた。
しかし。
昼休み。
なおとからメッセージが届いた。
『昨日、二十万も出すって言ってたけど大丈夫か?』
たかしは驚いた。
『なんで知ってるん?』
『まさとから聞いた』
たかしは画面を見つめた。
そして、
『大丈夫やで』
と返信した。
すぐに返事。
『ほんまに?』
『うん』
『無理すんなよ』
『大丈夫』
また。
同じ言葉。
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午後。
仕事中。
たかしは考えていた。
なおとは心配している。
でも。
自分は大丈夫だと言った。
だから。
大丈夫でなければならない。
そう思った。
そして。
奇妙なことに気づいた。
「大丈夫」と言ったことで、自分自身に逃げ道がなくなっている。
今さら、
「やっぱり無理」
とは言えない。
二十万円借りた。
俺が出すと言った。
友達は楽しみにしている。
なら。
行くしかない。
たかしはそう考えた。
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その日の夜。
まさとから電話が来た。
「たかし、ほんまに大丈夫なん?」
「うん」
「二十万って結構するで?」
「大丈夫やって」
「無理なら俺らも出すけど」
たかしは黙った。
その言葉を聞いて。
一瞬、胸が軽くなった。
「じゃあ……」
そう言いかけた。
しかし。
別の声が頭に浮かんだ。
――俺が払うって言った。
――今さら変更したら迷惑や。
「いや」
たかしは言った。
「俺が払う」
「そう?」
「うん」
「じゃあ、頼むわ」
電話が切れた。
たかしはしばらく動かなかった。
そして。
「……頼むわ、か」
その言葉を何度も考えた。
頼まれた。
必要とされた。
それが嬉しかった。
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翌日。
たかしは大阪へ行く準備を始めた。
服。
財布。
スマートフォン。
薬。
充電器。
そして。
銀行カード。
財布の中には、普段より多くの現金を入れた。
「これなら大丈夫」
鏡を見る。
疲れた顔。
痩せた身体。
足を引きずっている。
それでも。
少し笑ってみた。
「楽しんでこよう」
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大阪へ向かう日。
駅。
たかしは新幹線に乗った。
窓の外を見る。
雪景色が少しずつ遠ざかる。
北海道を離れる。
そして。
大阪へ向かう。
スマートフォンには、友達からメッセージが届いている。
『もうすぐやな』
『待ってるで』
『今日は楽しもう』
たかしは返信する。
『うん』
その文字を送ったあと。
たかしは財布を確認した。
二十万円。
そして。
借金。
それでも。
今は考えない。
今日だけは。
昔の自分に戻りたかった。
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大阪に到着。
駅を出る。
懐かしい街。
人。
音。
匂い。
北海道とは全然違う。
たかしは少し笑った。
「帰ってきたな」
りょうたと合流する。
「たかし!」
「久しぶり」
「ほんまに来たな!」
「約束したから」
「さすがやわ」
りょうたが肩を叩く。
その言葉が嬉しかった。
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夜。
五人が集まった。
久しぶりの全員集合。
昔話。
笑い声。
写真。
たかしも笑った。
高校時代と同じように。
一瞬だけ。
何も変わっていないように感じた。
そして。
りょうたが言った。
「たかし、女の子な」
「うん」
「あとで来るから」
たかしの胸が高鳴った。
「……ほんま?」
「ほんまやって」
たかしは笑った。
今日。
二十万円を借りたこと。
借金が増えたこと。
仕事が減ったこと。
身体が痛いこと。
全部忘れた。
今だけは。
幸せだった。
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店を出る。
二軒目へ向かう。
たかしは財布を握った。
二十万円。
その金は。
本来なら生活を守るための金だった。
借金を返すための金だった。
しかし今。
その金は。
「友達との関係を守るための金」
になっていた。
たかしはまだ知らない。
この夜。
自分がいくら失うことになるのか。
そして。
その金を失ったあと。
本当に残るものが何なのかも。




