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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第61話 五万円の行き先

たかしは、仕事から帰るとすぐに机へ向かった。


机の上には、来月の支出を書いた紙が置いてある。


家賃。


食費。


返済。


病院。


交通費。


そして、大阪。


たかしは電卓を叩いた。


何度計算しても同じだった。


足りない。


五万円借りた。


それでも足りない。


「……なんでや」


たかしは頭を抱えた。


以前なら、ここで大阪行きを諦めていたかもしれない。


でも今は違う。


もう友達に、


「行けない」


と言ってしまうことが怖かった。


---


スマートフォンを見る。


五人のグループには、次々とメッセージが入っていた。


『来週楽しみやな』


『久しぶりに全員集まるな』


『たかし絶対来いよ』


『店予約したで』


『女の子の件もあるからな』


たかしは画面を見つめた。


最後の一言。


りょうたからだった。


「女の子……」


胸が少しだけ高鳴る。


これまで何度も期待して。


何度も延期になった。


それでも。


「今度こそ」


と思ってしまう。


---


翌日。


たかしは銀行へ行った。


通帳を見る。


残高は少ない。


その数字を見ていると、不安になる。


そこで、以前借りた金の返済予定が目に入った。


たかしは眉を寄せた。


「……これ、来月か」


来月。


返済がある。


その頃には給料も減っている。


「……」


たかしはスマートフォンを取り出した。


借入画面。


また借りられる。


五万円。


十万円。


もっと借りることもできる。


たかしは画面を閉じた。


「まだ借りんでええ」


そう自分に言い聞かせた。


---


その日の夕方。


なおとから電話が来た。


「たかし、ほんまに来るんやろ?」


「うん」


「無理してへん?」


「してない」


「ほんま?」


「大丈夫やって」


なおとは少し黙った。


「ならええけど」


電話が切れる。


たかしは胸を撫で下ろした。


しかし。


電話を切った直後。


また別の考えが浮かぶ。


――なおとに心配させた。


――やっぱり俺、迷惑かけてる。


たかしはメッセージを開いた。


『心配かけてごめんな』


送信。


すぐに、


『だから気にすんなって笑』


と返ってきた。


たかしは苦笑した。


「……ごめんな」


また呟いた。


---


その夜。


たかしは求人サイトを見ていた。


今の仕事だけでは生活できない。


副業を探す。


夜間の仕事。


短時間の仕事。


身体を使う仕事。


いくつか候補が出てくる。


しかし、足の状態を考えると難しい。


「……無理か」


画面を閉じる。


そして。


ふと、昔のことを思い出した。


友達に奢っていた頃。


あの頃は、まだ借金なんてなかった。


給料は少なかった。


それでも、


「俺が出す」


と言えば、みんな喜んでくれた。


ありがとう。


ごちそうさん。


また頼むわ。


その言葉が嬉しかった。


今でも覚えている。


たかしは考えた。


もしかすると。


自分が欲しかったのは、お金を使うことではなく。


「ありがとう」と言われることだったのかもしれない。


---


翌朝。


仕事へ行く。


足が痛い。


しかし、今日は休めない。


来月の給料が減る。


これ以上休めば、本当に生活できなくなる。


昼休み。


弁当を食べながらスマートフォンを見る。


りょうたから、


『金曜、女の子連れてくるで』


と来ていた。


たかしは笑った。


『ほんま?』


『ほんまやって』


『ありがとう』


『お前、昔から女の子好きやったもんな笑』


たかしは笑いながら、


『まあな』


と返した。


---


仕事が終わる。


帰り道。


たかしはコンビニに寄った。


飲み物を買う。


レジで財布を開く。


小銭を数える。


「……」


財布の中身が少ない。


それでも。


来週の大阪のことを考えると、少し嬉しくなる。


そのとき。


スマートフォンが鳴った。


まさとからだった。


『たかし、来週の店、ちょっと高いけど大丈夫か?』


たかしは画面を見た。


「高い……」


嫌な予感がした。


『いくらくらい?』


しばらくして返信。


『一人二万くらい』


たかしの手が止まった。


二万円。


五人。


さらに交通費。


ホテル。


飲み代。


女性の分まで払うことになれば。


一体いくらになるのか。


たかしは電卓を開いた。


十万円。


十五万円。


場合によっては二十万円を超える。


「……」


指が震えた。


---


まさとから、


『無理なら別の店でもええで』


とメッセージが来た。


たかしはしばらく画面を見つめた。


ここで、


「無理」


と言えばいい。


たった二文字。


それだけ。


でも。


頭の中に、別の声が浮かんだ。


――せっかく予約してくれた。


――みんな楽しみにしてる。


――また断ったらどう思われる?


――この前も断った。


――これ以上迷惑かけたらあかん。


たかしは目を閉じた。


そして。


『大丈夫』


と送った。


さらに、


『俺が出すわ』


と続けた。


送信。


既読。


『ほんま?』


たかしは、


『うん』


と返した。


---


スマートフォンを置く。


たかしは歩き出した。


しかし。


数歩進んだところで、足が止まった。


「……俺が出す?」


自分で言った言葉なのに。


急に怖くなった。


財布には、ほとんど金がない。


借金もある。


仕事も減っている。


それなのに。


「俺が出す」


と言った。


なぜ。


どうして。


そこまでしなければならないのか。


たかしは答えを考えた。


しばらくして。


小さく呟いた。


「……ごめんって思ったから」


でも。


誰に対しての「ごめん」なのか。


自分でも分からなかった。


---


その夜。


たかしは布団の中で眠れなかった。


来週の大阪。


二十万円。


借金。


仕事。


身体。


全部が頭の中を回っている。


スマートフォンを見る。


借入画面。


たかしは金額を入力した。


200,000円。


指が止まる。


二十万円。


今までとは違う。


これはもう、


「ちょっと借りる」


という金額ではない。


たかしは画面を見つめた。


そして。


一度、全部消した。


「……やめとこ」


スマートフォンを伏せる。


目を閉じる。


しばらくして。


またスマートフォンを手に取った。


画面を開く。


二十万円。


もう一度入力する。


今度は。


送信ボタンの前で止まった。


そして。


たかしは思った。


「これで最後にしよう」


この言葉は。


これまで何度も自分に言い聞かせてきた。


けれど。


たかしはまだ知らなかった。


その「最後」が。


人生の中で何度も繰り返されることを。

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