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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第59話 謝罪の代金

翌朝。


たかしは目を覚ました。


身体が重い。


昨日、なおととの約束を断った。


それだけのことなのに、胸の奥に妙な罪悪感が残っていた。


スマートフォンを見る。


なおとから新しいメッセージはない。


「……」


たかしは画面を閉じた。


しばらくして、また開く。


何もない。


また閉じる。


そして、また開く。


「俺……気にしすぎやろ」


そう呟いた。


なおとは怒っていない。


ちゃんと、


『無理すんなよ』


と言ってくれた。


分かっている。


それでも。


たかしの頭の中では、別の声が聞こえていた。


――せっかく誘ってくれたのに。


――断った。


――迷惑かけた。


――楽しみにしてくれてたかもしれない。


「……ごめんな」


誰もいない部屋で、たかしは呟いた。


---


昼前。


なおとから電話が来た。


「もしもし?」


「たかし?」


「うん」


「体調どう?」


「大丈夫」


「ほんま?」


「うん。昨日よりは」


なおとは少し笑った。


「ならよかった」


その声を聞いて、たかしは安心した。


「昨日、ごめんな」


「またそれかよ」


なおとが笑った。


「別に気にしてないって」


「でも……」


「ほんまに大丈夫」


「……うん」


電話が切れた。


たかしはスマートフォンを見つめた。


安心した。


けれど。


安心した直後。


別の考えが浮かんだ。


――俺、借りを作ったんちゃうか。


なおとは怒らなかった。


優しくしてくれた。


だからこそ。


何か返さなければならない気がした。


---


午後。


たかしはスーパーへ向かった。


買い物をしながら、なおとのことを考えていた。


「今度会ったら、俺が払おう」


そう思った。


食事くらいならいい。


五千円。


一万円。


そのくらいなら。


「この前断ったし、それくらいせなあかんな」


自分に言い聞かせる。


レジへ向かう。


財布を開く。


残りの現金は少ない。


それでも。


「まあ、給料入るし」


そう考えた。


---


その日の夜。


今度はながとからメッセージが来た。


『この前はごめんな』


たかしは画面を見た。


「……え?」


自分が謝るつもりだった。


それなのに。


ながとの方から謝ってきた。


『俺も言い方きつかったわ』


たかしはすぐに返信した。


『いや、俺の方こそごめん』


送信。


すぐに返信。


『気にすんなって』


たかしは画面を見つめた。


そして。


また思った。


――今度は絶対断らないようにしよう。


---


数時間後。


まさとから電話が来た。


「たかし、来週ほんまに来る?」


「うん」


「よかった」


「……」


「みんな楽しみにしてるからな」


その言葉を聞いた瞬間。


たかしの胸が苦しくなった。


みんなが楽しみにしている。


自分が行かなければ。


また誰かをがっかりさせる。


「絶対行く」


たかしは言った。


「おう!」


電話を切る。


たかしはカレンダーを見る。


来週の予定。


また大阪。


また飲み。


またお金が必要になる。


それでも。


「行くって言ったから」


そう自分に言い聞かせた。


---


翌日。


仕事中。


たかしは身体の痛みに耐えていた。


休みたい。


早く帰りたい。


しかし。


頭の中には来週の大阪がある。


交通費。


ホテル。


食事。


飲み代。


計算すると、かなりの金額になる。


今のたかしには、その余裕はない。


昼休み。


スマートフォンで借入画面を開く。


残りの借入可能額を見る。


まだ借りられる。


たかしは画面を見つめた。


そして。


「……一万円だけ」


入力する。


送信。


借入が完了する。


たかしはホッとした。


これで大阪へ行ける。


これで約束を守れる。


それだけで、気持ちが軽くなった。


---


その夜。


たかしは、なおとへメッセージを送った。


『この前断ったし、今度会ったとき俺が飯おごるわ』


なおとから、


『いや、ええって笑』


と返ってくる。


たかしは、


『俺がそうしたいねん』


と送った。


『じゃあ、今度な』


『うん』


たかしはスマートフォンを置いた。


少しだけ満足した。


これでいい。


これで借りを返せる。


しかし。


その瞬間。


たかしは気づかなかった。


なおとは一度も、


「飯を奢ってくれ」


とは言っていない。


それどころか。


何も要求していない。


要求されていないものを、たかし自身が勝手に「代金」として差し出そうとしていた。


---


数日後。


たかしは仕事から帰った。


郵便受けを見る。


請求書。


返済通知。


公共料金。


一つずつ取り出す。


机に並べる。


たかしはため息をついた。


「……」


借金。


生活費。


来月の大阪。


そして。


なおとへの食事。


全部合わせると、明らかに余裕がない。


それでも。


たかしは紙を片付けた。


「なんとかなる」


また同じ言葉。


そして、スマートフォンを見る。


りょうたからメッセージ。


『来月の大阪、女の子の件ほんまに任せといて』


たかしの指が止まった。


女の子。


その言葉だけで、胸が少し軽くなる。


「……今度こそ」


たかしは笑った。


そして返信した。


『楽しみにしてる』


---


その夜。


布団の中で、たかしは考えた。


最近。


謝ってばかりだ。


断る。


謝る。


嫌われたくない。


だから埋め合わせる。


埋め合わせるために、お金を使う。


お金がなくなる。


借りる。


借りたら返さなければならない。


返すためには働かなければならない。


でも身体がつらい。


それでも約束は守る。


また謝る。


また埋め合わせる。


たかしは目を閉じた。


そして小さく呟いた。


「……俺、何に謝ってるんやろ」


答える人はいなかった。


部屋は静かだった。


けれど。


たかしの中では、もう一つの考えが生まれていた。


「謝ったら、何かを返さなあかん」


その思い込みが。


これからたかし自身を、少しずつ追い詰めていくことになる。


そしていつか。


「ごめん」


という言葉の代わりに。


たかしは、自分自身を差し出すようになる。

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