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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第58話 謝罪

電話を切ったあと。


たかしはしばらく動けなかった。


「……分かった」


自分でそう言った。


また約束を入れた。


身体は休みたい。


お金もない。


仕事も減っている。


それでも。


「みんな楽しみにしてる」


その言葉に負けた。


---


その夜。


たかしは、なおとにメッセージを送った。


『今日は急に断ってごめんな』


すぐに返信が来た。


『ええって。体調悪いんやろ?』


『うん』


『ほんま無理すんなよ』


たかしは画面を見つめた。


そして、


『ありがとう』


と返した。


それだけで、少し安心した。


---


しかし。


安心した直後。


今度はながとにメッセージを送った。


『昨日ごめん』


しばらく既読がつかなかった。


たかしはスマートフォンを何度も確認した。


十分。


二十分。


一時間。


既読がつかない。


「……怒ってるんかな」


胸がざわつく。


結局。


夜遅くになって返信が来た。


『気にしてないで』


たったそれだけ。


たかしはホッとした。


「よかった……」


スマートフォンを胸元に置く。


その瞬間。


自分でも不思議だった。


誰も怒っていない。


誰も責めていない。


なのに。


自分だけがずっと怯えている。


---


翌日。


仕事へ向かう。


足の痛みはまだ残っていた。


しかし、休むわけにはいかなかった。


勤務時間が減る。


給料も減る。


借金もある。


たかしは働いた。


昼休み。


スマートフォンを見る。


りょうたからメッセージ。


『この前楽しかったな』


『また飲もうな』


たかしは返信しようとして、指を止めた。


「……」


本当は。


もう行きたくなかった。


身体が限界だった。


お金もない。


でも。


「また飲もう」


という言葉を拒絶することができない。


『うん』


送信。


---


その日の仕事終わり。


たかしはスーパーへ寄った。


財布を開く。


残りは少ない。


必要なものだけを買う。


レジに並ぶ。


前の客が買っていた弁当を見る。


たかしは自分の買い物かごを見る。


安いパン。


卵。


袋麺。


値引きされた惣菜。


「……」


自分が惨めに思えた。


数日前まで。


もっと金があった。


大阪で使った。


飲んだ。


笑った。


プレゼントを買った。


その時間は楽しかった。


でも。


今。


残っているのは借金と不安だけ。


---


部屋に戻る。


テレビをつける。


しかし、内容が頭に入らない。


たかしは紙を取り出した。


借金を書き出してみる。


一件。


二件。


三件。


合計金額を書く。


ペンが止まった。


「……こんなに?」


思っていたより多かった。


たかしは電卓を叩く。


何度も確認する。


間違っていない。


確実に増えている。


「……返せるんかな」


初めて。


本気で怖くなった。


---


その夜。


りょうたから電話が来た。


「たかし、元気?」


「うん」


「最近どう?」


「普通やで」


「また大阪来いよ」


たかしは黙った。


「女の子の件もあるし」


その言葉を聞いた瞬間。


胸の奥が反応した。


女の子。


たかしがずっと欲しかったもの。


誰かに必要とされること。


自分を好きになってくれる人。


そして。


りょうたは、それを約束してくれている。


「……行く」


「ほんま?」


「うん」


「よっしゃ」


電話を切る。


たかしは天井を見る。


「また……行くんか」


自分でも分かっていた。


これは危ない。


でも。


それ以上に。


「今度こそ」


という期待が強かった。


---


翌週。


たかしは給料明細を受け取った。


以前より明らかに少ない。


数字を見た瞬間。


胃が痛くなった。


借金返済。


家賃。


食費。


交通費。


計算すると、ほとんど残らない。


それでも。


来月、大阪へ行く約束をしている。


たかしはスマートフォンを開いた。


交通費を調べる。


ホテルを調べる。


そして。


「……また借りればええか」


その言葉が、自然に口から出た。


---


夜。


たかしはベッドに横になった。


目を閉じる。


頭の中に、昔の友達との記憶が浮かぶ。


笑っている。


馬鹿な話をしている。


自分も笑っている。


あの頃は。


お金なんてなくても。


友達といれば楽しかった。


今は違う。


友達と会うために。


お金が必要になっている。


それでも。


たかしは、その違いに気づかないふりをした。


「俺が払えばええ」


「俺が我慢すればええ」


「俺が休めばええ」


「俺が借りればええ」


何でも自分が引き受ければ。


関係は壊れない。


そう思っていた。


---


そして。


たかしはまだ知らなかった。


「自分さえ我慢すればいい」


という考えが。


やがて、


「自分さえ壊れればいい」


という考えに変わってしまうことを。


その先に待っているのは。


これまでとは比べものにならないほど大きな代償だった。

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