第56話 仕事より約束
翌週。
職場で勤務表が配られた。
たかしは自分の名前を探した。
来月の勤務日数が、以前より少なくなっている。
「……」
数字を見た瞬間、胸が重くなった。
責任者の話は本当だった。
身体の状態を考慮して、勤務時間が減らされている。
当然、給料も減る。
たかしは計算した。
今までの給料なら、何とか生活できた。
借金の返済も、少しずつならできた。
しかし、この勤務時間では――。
「……足りへんな」
小さく呟いた。
その日の昼休み。
スマートフォンを見る。
来月の予定が表示されている。
金曜日――りょうた。
土曜日――ひろし。
日曜日――なおと。
月曜日――ながと。
火曜日――まさと。
五日間。
ほとんど連続だった。
たかしはカレンダーと勤務表を交互に見た。
金曜日。
ちょうど勤務が入っている。
「……」
大阪へ行くなら、休まなければならない。
つまり。
仕事を休んで。
給料を減らして。
さらに交通費を使って。
友達と飲む。
普通に考えれば、答えは決まっていた。
仕事を優先するべきだった。
たかし自身も分かっていた。
それでも。
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夕方。
りょうたから電話が来た。
「たかし、来週の金曜な!」
「うん」
「ちゃんと来れる?」
たかしは黙った。
「……仕事が」
「休めへんの?」
「いや……」
「せっかく予定合わせたんやから、来てや」
たかしは勤務表を見た。
金曜日。
勤務日。
「……分かった」
「ほんま?」
「うん」
「よっしゃ!」
電話が切れた。
たかしはしばらくスマートフォンを見つめた。
そして、職場の勤務表を見た。
「休み、取らなあかんな……」
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翌朝。
責任者のところへ行った。
「すみません」
「どうしました?」
「来週の金曜日なんですけど……休みを取りたいです」
責任者は少し黙った。
「金曜日ですか?」
「はい」
「その日は人が少ないんですよ」
「……すみません」
「何かあるんですか?」
「用事があって」
責任者はたかしの顔を見る。
「この前も休みが多かったですよね」
「はい……」
「身体のことなら仕方ないですが、私用ですよね?」
「……はい」
責任者はため息をついた。
「分かりました。ただ、今後の勤務については改めて考えます」
「……ありがとうございます」
たかしは頭を下げた。
事務所を出る。
ホッとした。
金曜日に行ける。
りょうたとの約束を守れる。
それだけで嬉しかった。
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しかし。
その日の夜。
ひろしから電話が来た。
「たかし、土曜な」
「うん」
「絶対来いよ」
「分かってる」
「仕事とか大丈夫なん?」
「休み取ったから」
「さすがやな」
ひろしは笑った。
「たかしは昔から付き合いええからな」
その言葉に、たかしは笑った。
「そうかな」
「そうやって」
電話を切る。
たかしはしばらく黙っていた。
そして。
「付き合いええ」
その言葉を、何度も頭の中で繰り返した。
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翌日。
なおとから連絡。
『日曜、昼から焼肉な』
たかしは、
『分かった』
と返した。
月曜日。
ながと。
火曜日。
まさと。
気がつけば、五日間すべての予定が決まっていた。
たかしはカレンダーを見る。
そして計算する。
交通費。
食事代。
飲み代。
場合によってはプレゼント。
少なく見積もっても十万円。
たかしは財布を開いた。
「……足りへんな」
けれど。
すぐに別の考えが浮かんだ。
――借りればいい。
その考えが出てきた瞬間。
たかし自身が少し怖くなった。
以前なら、
「どうしよう」
と悩んでいた。
今は、
「どこから借りよう」
と考えている。
借金そのものを問題ではなく、
問題を解決する手段
として考えるようになっていた。
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金曜日。
たかしは仕事を休んだ。
朝から大阪へ向かう。
駅まで歩く。
足が痛い。
それでも、歩く。
スマートフォンには、
『待ってるで』
というりょうたのメッセージ。
たかしは笑った。
「待っててくれてる」
それだけで、身体の痛みを忘れそうだった。
大阪に着く。
りょうたと合流する。
「おう、たかし!」
「久しぶり」
「今日は楽しもうや」
「うん」
居酒屋へ向かう。
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最初の店では、昔話をした。
高校時代。
先生の話。
昔好きだった女の子。
初めて飲んだ酒。
くだらない話。
たかしは笑った。
久しぶりに、心から笑った。
その時間だけは。
借金も。
仕事も。
身体の痛みも。
全部忘れることができた。
会計の時間になる。
りょうたが財布を出そうとした。
「今日は俺が払うわ」
たかしは言った。
「ええって」
「久しぶりやし」
「ほんま?」
「うん」
たかしが支払う。
八千円。
財布から一万円札が一枚消える。
その瞬間。
ほんの少しだけ胸が痛んだ。
でも。
りょうたが、
「ありがとうな」
と言った。
それだけで。
たかしは嬉しくなった。
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店を出る。
りょうたが言った。
「次、行こうや」
たかしは足を止めた。
「次?」
「まだ時間早いやろ」
時計を見る。
まだ夜の八時。
たかしは財布を思い出した。
残りの金。
そして、明日からの予定。
「俺、明日も……」
「ひろしやろ?」
「うん」
「じゃあ今日はちょっとだけ」
たかしは黙った。
断る理由はある。
明日の予定。
お金。
身体。
仕事。
全部。
それでも。
りょうたが笑っている。
「昔みたいに遊ぼうや」
その言葉に。
たかしは弱かった。
「……分かった」
二軒目へ向かう。
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その店を出た頃には、日付が変わっていた。
たかしの足は痛んでいた。
身体も重い。
財布を見る。
また金が減っている。
しかし。
りょうたは楽しそうだった。
「今日は楽しかったな」
「うん」
「また飲もうな」
「……うん」
ホテルへ向かう。
ベッドに倒れ込む。
スマートフォンを見る。
明日の予定。
ひろし。
たかしは目を閉じた。
「……明日もか」
疲れていた。
それでも。
約束を破るという考えはなかった。
仕事を休んだ。
お金を使った。
身体も痛い。
それでも。
友達との約束だけは守った。
それが、
たかしにとって「自分が必要とされている証」になっていたからだった。




