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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第55話 五人の友達

給料日まで、あと十二日。


たかしは朝からカレンダーを何度も見ていた。


冷蔵庫を開ける。


卵が二つ。


少しの野菜。


米は残っている。


「……まあ、何とかなるか」


そう呟いた。


以前なら、もっと深刻に考えていた。


しかし最近は違う。


足りなければ借りればいい。


働いて返せばいい。


その考えが、たかしの中に当たり前のように入り込んでいた。


けれど、その日の昼。


職場で責任者から言われた一言で、その考えが少し揺らいだ。


「たかしさん、来月から勤務時間、少し減るかもしれません」


「……はい」


「まだ確定じゃないですけど、身体の状態を見ながらになります」


「分かりました」


たかしは笑った。


けれど、心の中では笑っていなかった。


勤務時間が減れば、給料も減る。


給料が減れば、借金を返すのが難しくなる。


そのことくらい分かっていた。


---


仕事が終わる。


たかしはスマートフォンを取り出した。


通知が五件。


一人目は、まさと。


『今度いつ大阪帰ってくる?』


二人目は、ひろし。


『また飲もうや』


三人目は、なおと。


『次は焼肉行こう』


四人目は、ながと。


『久しぶりにゆっくり話そうや』


そして五人目。


りょうた。


『女の子の件、次こそちゃんとするからな』


たかしは画面を見つめた。


五人。


昔からの友達。


誰も嫌いではない。


むしろ、大切だった。


高校時代。


みんなで笑った。


くだらないことで喧嘩した。


卒業してからも、時々集まった。


たかしにとって五人は、


「自分が自分でいられた頃」


の象徴だった。


だから。


失いたくなかった。


---


たかしは一人ずつ返信した。


まさとには、


『来月なら行けると思う』


ひろしには、


『また飲もう』


なおとには、


『焼肉ええな』


ながとには、


『時間作るわ』


りょうたには、


『今度こそ頼むで』


五人全員に返した。


送信した直後。


たかしはスマートフォンを机に置いた。


そして、ふと気づいた。


来月。


五人と会う。


交通費。


食事。


飲み代。


場合によってはキャバクラ。


プレゼント。


計算してみる。


最低でも十万円以上。


下手をすれば二十万円。


その金をどうするのか。


たかしは考えた。


そして。


「……そのとき考えればええか」


そう呟いた。


---


数日後。


まさとから電話が来た。


「たかし、元気か?」


「うん」


「今度な、会社の同僚も連れてくるわ」


「そうなん?」


「おう。たかしにも紹介したい奴がおるねん」


「……俺に?」


「そうそう」


たかしは少し嬉しくなった。


「ありがとう」


「何言うてんねん。友達やろ」


その言葉が嬉しかった。


友達。


その言葉を聞くと、たかしは何でも許せる気がした。


---


翌日。


ひろしから電話。


「たかし、来月いつ帰る?」


「まだ決めてない」


「俺とは土曜な」


「うん」


「店、予約しとくわ」


「分かった」


電話を切る。


その直後、なおとからメッセージ。


『日曜空けといて』


「……」


日曜。


ひろしの翌日。


さらに月曜はながと。


火曜はまさと。


そして金曜はりょうた。


また五日間。


たかしはカレンダーに予定を入れた。


そして思った。


――また、ほとんど休みがなくなる。


---


夜。


たかしは布団に入った。


スマートフォンには、五人との予定。


仕事の勤務表。


病院の予定。


借金の返済日。


全部が画面に並んでいる。


たかしは指で一つずつ確認した。


友達。


仕事。


借金。


病院。


生活。


どれも大切だ。


でも。


全部を守ることはできない。


そのことに、たかしは薄々気づき始めていた。


---


翌朝。


たかしは仕事へ向かった。


途中、雪道で足を滑らせた。


「……っ!」


身体が傾く。


転ばなかった。


しかし、足に強い痛みが走った。


しばらく動けなかった。


通勤途中の人が、ちらりとこちらを見る。


たかしは壁に手をついた。


「大丈夫です」


誰に言うでもなく、そう呟いた。


自分に言ったのかもしれない。


そして、ゆっくり歩き出した。


---


職場に着く。


作業を始める。


しかし、今日は痛みが強い。


昼前。


たかしは一度、椅子に座った。


責任者が近づいてくる。


「今日は休んだ方がいいんじゃないですか?」


「大丈夫です」


「でも……」


「働けます」


「無理しないでください」


たかしは頷いた。


「ありがとうございます」


そのとき。


スマートフォンが鳴った。


りょうただった。


『来月の金曜、絶対空けといてな』


たかしは返信した。


『分かった』


送信する。


そしてスマートフォンをポケットに戻した。


---


その日の帰り。


たかしはスーパーへ寄った。


値引きされた弁当を買う。


以前より、買うものを慎重に選ぶようになっていた。


レジで財布を開く。


残りの現金を見る。


少ない。


店を出る。


雪が降っている。


たかしは袋を抱えて歩いた。


その途中。


ふと、昔のことを思い出した。


五人と一緒に歩いた帰り道。


みんなで笑っていた。


誰かが転んで。


みんなで笑って。


そのままコンビニに寄って。


くだらない話をして。


あの頃は、お金なんてほとんどなかった。


それでも楽しかった。


「……あの頃に戻れたらな」


たかしは呟いた。


けれど。


戻れない。


みんな大人になった。


家庭を持った。


仕事を持った。


それぞれの人生がある。


そして。


たかしだけが、取り残されていた。


---


部屋に戻る。


買ってきた弁当を食べる。


テレビをつける。


スマートフォンが鳴る。


五人のグループトークだった。


『来月みんなで集まれるんちゃう?』


『たかしも来るやろ?』


『もちろん』


『久しぶりに昔みたいに飲もうや』


たかしは画面を見つめた。


「昔みたいに」


その言葉に惹かれた。


昔みたいに。


何も考えず。


みんなで笑って。


何も失っていなかった頃に戻る。


たかしは、


『行く』


と送った。


五人から一斉に返信が来た。


『よっしゃ!』


『楽しみやな!』


『久しぶりや!』


『飲もう!』


『絶対来いよ!』


たかしは笑った。


その笑顔は、久しぶりに自然だった。


しかし。


その裏側で。


たかしの口座残高は減っていた。


借金は増えていた。


勤務時間は減ろうとしていた。


身体は悪化していた。


それでも。


たかしは思った。


――五人がいる。


――俺には友達がいる。


それだけで、まだ大丈夫だ。


そう信じていた。


そのときはまだ。


「友達を失わないこと」と「自分の人生を守ること」が、同じではないことを知らなかった。

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