第54話 また借りればいい
朝。
たかしは目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
寒かった。
布団から出たくない。
暖房をつけようか迷った。
電気代が頭に浮かぶ。
「……寒いけど、ええか」
布団をかぶったまま、しばらく動かなかった。
やがて時計を見る。
仕事の時間が近づいている。
たかしはゆっくり起き上がった。
足が痛む。
壁に手をつく。
一歩。
また一歩。
洗面所へ向かう。
鏡を見る。
顔色が悪い。
「ひどい顔やな……」
水で顔を洗う。
冷たい。
目が覚める。
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仕事へ向かった。
外は雪。
たかしは足元を確認しながら歩いた。
転ばないように。
しかし、一歩進むたびに足が痛む。
職場へ着く。
責任者が声をかけてきた。
「たかしさん、体調どうですか?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
嘘だった。
大丈夫ではない。
けれど。
休めば給料が減る。
給料が減れば、生活できない。
だから、
「大丈夫」
と言うしかなかった。
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昼休み。
たかしは財布を開いた。
二千四十二円。
昼食を買う。
安い弁当。
三百九十八円。
残り、
1,644円。
財布を閉じる。
たかしは弁当を食べながら考えた。
給料日まで、まだ日がある。
食費。
交通費。
病院。
生活用品。
どう考えても足りない。
「……」
スマートフォンを取り出した。
銀行アプリ。
残高。
1,644円。
たかしは画面を見つめた。
そして。
借入アプリを開いた。
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以前なら。
この画面を開くだけで怖かった。
「また借金が増える」
そう思っていた。
今は違う。
借入可能額を見る。
まだ借りられる。
数万円。
たかしは金額を入力した。
30,000円。
一瞬、指が止まる。
三万円。
大きな金額だ。
でも。
「給料が入ったら返せる」
そう思った。
送信。
数秒後。
画面に表示された。
借入完了。
口座残高が増える。
たかしはホッとした。
「……これで大丈夫」
財布に三万円がある。
それだけで安心できた。
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午後。
仕事を続ける。
足が痛い。
けれど。
三万円ある。
そのことを考えると、少し気持ちが楽だった。
仕事が終わる。
帰り道。
コンビニに寄る。
温かい飲み物を買う。
三百円。
ついでに弁当も買う。
六百円。
合計九百円。
店を出る。
外は寒い。
たかしは歩きながら思った。
「三万円借りたんやから、これくらいええやろ」
以前なら。
「無駄遣いや」
と思っていた。
今は違う。
借りればいい。
そう思うようになっていた。
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部屋に戻る。
食事をする。
テレビをつける。
ニュースが流れている。
たかしはぼんやり見ていた。
そのとき。
スマートフォンが鳴った。
ひろしだった。
『たかし、元気?』
『うん』
『この前楽しかったな』
『うん』
『また帰ってきたら飲もうな』
たかしは少し考えた。
そして、
『うん』
と返した。
すぐに、
『今度は俺がいい店探しとくわ』
と返ってきた。
たかしは苦笑した。
「……いい店か」
財布を見る。
今日借りた三万円。
すでに千円近く使っている。
それでも。
「まあ、また借りればええか」
そう呟いた。
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その夜。
たかしは借金の一覧を開いた。
以前は、数字を見るのが怖かった。
今は違う。
一つ。
また一つ。
借入先が増えている。
合計金額を見る。
たかしは一瞬、目を逸らした。
かなり増えていた。
「……まあ、働いてるし」
そう言った。
「まだ大丈夫」
「仕事もある」
「給料も入る」
「そのうち返せる」
一つずつ自分に言い聞かせる。
そしてスマートフォンを閉じた。
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翌日。
職場で責任者に呼ばれた。
「たかしさん」
「はい」
「来月の勤務についてですが」
たかしは黙って聞いた。
「今の身体の状態を考えると、勤務時間をさらに減らす可能性があります」
「……」
「まだ決定ではありません。ただ、無理をさせるわけにはいかないので」
たかしの顔から血の気が引いた。
「給料も……減りますか?」
「勤務時間が減れば、当然そうなります」
たかしは俯いた。
三万円借りたばかりだった。
今後、さらに給料が減る。
借金は増える。
返済はどうする?
たかしは何も言えなかった。
「大丈夫ですか?」
「……はい」
また同じ言葉。
大丈夫。
その言葉だけを繰り返す。
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仕事が終わる。
帰り道。
たかしはスマートフォンを見る。
りょうたからメッセージ。
『来月また大阪来れる?』
その文章を見た瞬間。
たかしの胸が重くなった。
来月。
給料が減るかもしれない。
借金も増えている。
身体も悪い。
本当なら、
「無理」
と答えるべきだった。
でも。
しばらく画面を見つめた後。
たかしは、
『行けると思う』
と返信した。
送信。
既読。
『よっしゃ!』
たった四文字。
それを見て。
たかしは少し笑った。
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部屋に戻る。
財布を見る。
残り二万円台。
借金は増えた。
給料は減るかもしれない。
仕事も危ない。
それでも。
たかしはまだ、自分の人生が壊れ始めているとは思っていなかった。
むしろ。
「なんとかなる」
と思っていた。
そして、その考えこそが。
たかしをさらに深い場所へ連れていくことになる。
「また借りればいい」
その言葉が。
いつしか、
「また失えばいい」
という感覚に変わっていくことを。
たかしはまだ知らなかった。




