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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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第52話 紹介されるはずだった女

大阪に着いたのは、夕方だった。


駅の人混みを見て、たかしは少しだけ安心した。


北海道にいる間は、周りに知っている人がほとんどいない。


仕事と寮。


その繰り返しだった。


けれど大阪には、自分を知っている人間がいる。


待ってくれている友達がいる。


そう思うだけで、心が軽くなった。


スマートフォンを見る。


りょうたからメッセージが来ていた。


『店、19時に予約してるで』


その下に、


『女の子も来るからな』


と書かれている。


たかしは画面を見て笑った。


「ほんまに会えるんや……」


何度も聞かされた「女の子を紹介する」という言葉。


これまで何度も期待して。


そのたびに流れて。


それでも、また信じてきた。


今回は違う。


今日は本当に会える。


たかしはそう思っていた。


---


ホテルに荷物を置き、予約された店へ向かった。


店の前には、りょうたが立っていた。


「おう、たかし!」


「久しぶり」


「北海道どうや?」


「寒いで」


「そうやろな」


りょうたは笑った。


「今日は楽しもうや」


「うん」


店に入る。


個室だった。


料理が並ぶ。


酒も運ばれてくる。


たかしは少し緊張していた。


「女の子は?」


「もうすぐ来るって」


「そうなんや」


たかしは時計を見る。


19時10分。


まだ来ない。


19時20分。


来ない。


19時30分。


りょうたがスマートフォンを見る。


「ちょっと遅れてるみたいやな」


「そうなん?」


「うん」


たかしは笑った。


「まあ、仕事とかあるやろ」


19時45分。


まだ来ない。


20時。


りょうたが電話をかける。


「もしもし? 今どこ?」


たかしは黙って聞いていた。


「え?」


りょうたの表情が変わった。


「今日やんな?」


しばらく沈黙。


そして電話が切れた。


「……どうしたん?」


たかしが聞く。


りょうたは少し困った顔をした。


「ごめん」


「え?」


「今日、来られへんみたい」


たかしは何も言わなかった。


「急に用事が入ったらしい」


「……そうなんや」


「ほんまごめんな」


「いや、ええよ」


たかしは笑った。


「仕方ないやろ」


そう言った。


本当は。


胸の奥が冷たくなっていた。


まただ。


また「女の子を紹介する」という話が消えた。


でも。


りょうたに怒ることはできなかった。


「せっかく予約してくれたんやし」


たかしは料理を見た。


「食べようや」


「……そうやな」


---


酒が進んだ。


りょうたは何度も謝った。


「ほんまにごめんな」


「大丈夫やって」


「次は絶対会わせるから」


「うん」


「今度はちゃんと確認する」


「うん」


「たかし、怒ってない?」


「怒ってないよ」


それは嘘だった。


怒っていた。


悲しかった。


悔しかった。


でも。


怒ったところで何になる。


たかしはそう思っていた。


「また次がある」


そう考えればいい。


そのうち、本当に紹介してもらえる。


そう信じることにした。


---


食事が終わる頃。


りょうたが言った。


「もう一軒行こうや」


たかしは財布を思い出した。


「今日は……」


「大丈夫。次は俺が出すから」


「ほんま?」


「ほんま」


たかしは安心した。


「じゃあ少しだけ」


二人は店を出た。


向かったのは、以前も行ったことのある店だった。


たかしは嫌な予感がした。


「ここ?」


「そう」


「……」


店の前には、派手な看板。


たかしは立ち止まった。


「俺、こういう店……」


「たかし、せっかく帰ってきたんやろ?」


その言葉。


まただった。


「せっかく帰ってきた」


その言葉を言われると、断れなくなる。


「……分かった」


店に入った。


---


女性が隣に座った。


笑顔。


香水の匂い。


会話。


たかしは、うまく話せなかった。


りょうたは慣れている。


女性と楽しそうに話している。


たかしは酒を飲んだ。


そして。


女性が言った。


「北海道って寒いんですか?」


「寒いですよ」


「行ってみたいな」


「……ほんま?」


「うん」


たかしは少し嬉しくなった。


「雪もすごいですよ」


「見てみたい」


その言葉だけで。


たかしは、この店に来た意味があったように感じた。


---


時間が経つ。


女性が言った。


「これ、可愛いと思わない?」


アクセサリーだった。


たかしは見た。


高かった。


「……」


りょうたが笑った。


「たかし、こういうの詳しいやろ?」


「また?」


「何が?」


「いや……」


女性が笑う。


「どっちが似合うかな?」


たかしは二つの商品を見た。


「こっちかな」


「ほんと?」


「うん」


女性は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、これ欲しいな」


たかしの心臓が嫌な音を立てた。


――まただ。


そう思った。


けれど、りょうたが言った。


「たかし、これプレゼントしてあげたら?」


「え?」


「女の子紹介してもらえるかもしれへんし」


たかしは黙った。


「……」


断ればいい。


簡単だった。


「無理」


そう言えばいい。


しかし。


女性がこちらを見ている。


りょうたも見ている。


たかしは財布を取り出した。


「……いくら?」


女性が笑った。


「ほんとに?」


「うん」


その瞬間。


たかしは、自分が何をしているのか分からなくなった。


---


会計を済ませた。


商品は袋に入れられた。


たかしが受け取る。


「はい」


りょうたに渡した。


りょうたは笑った。


「ありがとう」


そして、そのまま女性へ渡した。


「これ、たかしから」


女性の顔が明るくなる。


「えっ、本当に?」


「うん」


「ありがとう、りょうたさん!」


まただった。


たかしが選んだ。


たかしがお金を出した。


それなのに。


「ありがとう」


と言われたのは、りょうただった。


たかしは笑った。


「よかったな」


女性はりょうたに笑いかけている。


たかしには、ほとんど目を向けなかった。


その瞬間。


胸の奥に、小さな穴が開いたような気がした。


---


帰り道。


りょうたが言った。


「たかし、ほんま優しいな」


「……そうかな」


「うん」


「女の子の件も、今度ちゃんとするから」


「……うん」


たかしは歩いた。


財布は軽くなった。


借金は増えた。


仕事も危ない。


身体も痛い。


そして。


女の子には会えなかった。


それでも。


たかしは自分に言い聞かせた。


「次がある」


「今度こそ」


「今度こそ、紹介してもらえる」


そう信じることでしか。


自分が今日使ったお金を、納得することができなかった。


ホテルに戻る。


財布を開く。


残りは、ほとんどなかった。


たかしは財布を閉じた。


そして布団に横になる。


スマートフォンを見る。


りょうたからメッセージ。


『今日はありがとう。また飲もうな』


たかしは返信した。


『こちらこそ』


送信する。


そして目を閉じた。


明日は、ひろしとの約束がある。


その次の日は、なおと。


さらに、その次は――。


たかしはまだ知らない。


今回の大阪滞在だけで。


自分がどれだけのお金と時間を失うことになるのか。


そして。


その代償を払うのは、友達ではなく。


また、たかし自身だった。

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