第40話 部屋を出てください
朝。
たかしは目を覚ました。
寒かった。
布団の中にいるのに、身体が震えている。
昨日から暖房が動かない。
壁に手をついて立ち上がる。
窓を見る。
外は雪だった。
「……今日も仕事か」
時計を見る。
午前五時半。
あと三十分しかない。
たかしは顔を洗い、作業着に着替えた。
靴を履く。
足が痛い。
それでも、立ち上がった。
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仕事場に着く。
担当者が言った。
「昨日、病院から連絡あったぞ」
たかしの動きが止まる。
「……病院から?」
「仕事を続けさせるのは難しいって」
「……」
「どういうことだ?」
たかしは俯いた。
「僕は……働けます」
「昨日倒れたんだろ?」
「もう大丈夫です」
「大丈夫じゃないだろ」
担当者の声が少し強くなる。
「こっちも事故起こされたら困るんだよ」
「すみません」
「謝れば済む話じゃない」
たかしは黙った。
「今日は帰れ」
「え?」
「休め」
「でも……」
「今日は仕事させられない」
たかしは不安になった。
「明日は?」
担当者は答えなかった。
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寮へ戻る。
誰もいない。
暖房はまだ壊れている。
たかしは布団にくるまった。
「……明日から仕事できるかな」
スマートフォンを見る。
求人サイトを開く。
しかし。
文字を読んでいるうちに眠くなった。
身体が限界だった。
目を閉じる。
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昼過ぎ。
ドアを叩く音で目が覚めた。
「たかしさん」
担当者だった。
「はい」
ドアを開ける。
担当者の手には書類があった。
「これ」
「何ですか?」
「契約終了」
たかしは書類を受け取った。
「……契約終了?」
「今日付け」
頭の中が真っ白になった。
「待ってください」
「何?」
「僕、働きます」
「医者から止められてる」
「治療しながら働きます」
「無理だ」
「お願いします」
「たかしさん」
担当者はため息をついた。
「会社としても責任取れないんだよ」
たかしは何も言えなかった。
「それと」
担当者が続ける。
「寮も今日まで」
「……え?」
「仕事が終わったから」
「今日までって……」
「荷物まとめて出て」
たかしは書類を握りしめた。
「どこへ行けばいいんですか?」
「それは自分で考えてくれ」
「……」
「夕方までに頼むな」
ドアが閉まった。
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たかしは部屋の中央に立ち尽くした。
ここに来て一か月半。
短い期間だった。
それでも。
この部屋だけが、自分の居場所だった。
ベッド。
机。
小さなテレビ。
作業着。
少しの衣類。
全部合わせても、大した荷物ではない。
たかしは段ボールに詰めた。
「……これだけか」
人生39年。
持ち物は段ボール二箱と古いリュック一つ。
それだけだった。
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夕方。
建物を出る。
雪が降っている。
たかしは段ボールを抱えた。
しかし。
足が痛くて、長く歩けない。
駅まで行く。
ベンチに座る。
荷物を足元に置く。
「……どうしよう」
周囲には人がいる。
家族連れ。
学生。
仕事帰りの人。
みんな自分の行き先がある。
たかしだけが。
行き先を失っていた。
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スマートフォンを開く。
まさと。
ひろし。
なおと。
ながと。
りょうた。
名前が並んでいる。
たかしは一番上のまさとを押した。
電話する。
呼び出し音。
『もしもし?』
「……まさと」
『おう、たかし!』
「今……」
言葉が詰まる。
『どうした?』
「……北海道、寒いな」
『そら寒いやろ(笑)』
「うん」
『仕事頑張ってるんやろ?』
「……うん」
「実は……」
ここまで言った。
まさとが、
『あ、ごめん。今、子どもの迎え行かなあかんねん』
と言った。
「……そっか」
『また連絡するわ』
「うん」
電話が切れた。
たかしはスマートフォンを握った。
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次に、ひろし。
『もしもし?』
「ひろし……」
『おう!どうした?』
「俺な……」
『今ちょっと商談中やから、あとでいい?』
「……うん」
電話が切れた。
なおと。
『ごめん、今客と一緒』
ながと。
『今ちょっと無理や』
りょうた。
『後でかけるわ』
五人とも。
悪気はなかった。
それぞれ自分の生活がある。
仕事がある。
家庭がある。
忙しい。
たかしにも、それは分かっていた。
だから。
「助けて」
とは言えなかった。
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夜。
駅のベンチ。
雪が降り続いている。
たかしは段ボールを抱えた。
スマートフォンを見る。
りょうたから電話が来ていた。
『たかし、さっきごめんな』
「うん」
『どうしたん?』
「いや……」
「元気?」
『元気やで』
「そうか」
『たかしも頑張れよ』
「……うん」
『また飲もうな』
「うん」
電話が切れる。
たかしは画面を見つめた。
「……助けて」
今度は。
声に出した。
しかし。
誰も聞いていなかった。
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夜が深くなる。
駅員に声をかけられた。
「すみません、閉まりますので」
「……はい」
たかしは荷物を持って外へ出た。
雪。
風。
寒さ。
足の痛み。
どこへ行けばいいのか分からない。
駅前の建物の軒下を見つけた。
少しだけ風が弱い。
たかしは段ボールを敷いた。
その上に座る。
「ここなら……」
今夜だけ。
今夜だけなら。
そう思った。
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深夜。
たかしのスマートフォンが鳴った。
知らない番号。
「はい……」
『たかしさんですか?』
「はい」
『以前の会社の担当です』
たかしは身構えた。
『立て替え分についてなんですが』
「……はい」
『契約終了しても、返済義務は残りますから』
たかしは黙った。
「……分かってます」
『それと、寮費など未精算分もあります』
「……はい」
『請求書送ります』
「分かりました」
電話が切れた。
たかしは空を見上げた。
「仕事もない」
「家もない」
「金もない」
「借金だけある」
一つずつ呟く。
最後に。
「……足も痛い」
笑おうとした。
しかし。
笑えなかった。
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そのとき。
向かい側から声がした。
「兄ちゃん」
たかしが顔を上げる。
以前の男だった。
駅前で仕事を紹介してきた男。
「……あなた」
男は近づいてきた。
「どうした?」
「仕事……なくなりました」
「そうか」
男はたかしの荷物を見る。
「住む場所も?」
たかしは頷いた。
男はしばらく黙った。
そして。
「だったら、うちに来るか?」
たかしは顔を上げた。
「仕事……あるんですか?」
「ああ」
「住むところも?」
「ある」
たかしの目に涙が浮かんだ。
「……お願いします」
男は笑った。
「よかったな」
たかしは頭を下げた。
「ありがとうございます」
男はたかしの段ボールを持ち上げた。
「行こう」
たかしは後ろをついていった。
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車の中。
たかしは窓の外を見た。
雪が流れていく。
「今度こそ……」
そう思った。
今度こそ。
仕事をする。
借金を返す。
身体を治す。
もう一度、普通の生活に戻る。
男が運転しながら言った。
「そういえばな」
「はい」
「うちの仕事、ちょっと特殊なんや」
「……特殊?」
男は笑った。
「まあ、すぐ分かる」
たかしは不安になった。
しかし。
今の自分には。
他に行く場所がなかった。
車は雪の降る夜道を進んでいく。
その先に何が待っているのか。
たかしにはまだ分からなかった。
ただ一つ。
これだけは確かだった。
昔は。
友達の「週一回」が、たかしを少しずつ壊した。
そして今。
北海道では。
「仕事がある」
という一言が。
たかしを別の場所へ連れていこうとしていた。




