第35話 心配してくれる友達
金曜日。
たかしは朝から身体が重かった。
ベッドから起き上がろうとしたが、すぐには動けない。
喉が渇いている。
水を飲む。
それでも渇きは消えない。
足を見る。
昨日見つけた小さな傷が、少し赤くなっていた。
「……病院、行ったほうがええかな」
そう思った。
本当にそう思った。
今日は病院へ行こう。
そのあと、仕事を探そう。
そして夜は――。
たかしはカレンダーを見る。
ながととの約束。
「……夜だけなら」
そう呟いた。
また、「夜だけ」という言葉で自分を納得させた。
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午前十一時。
たかしは病院へ行こうとしていた。
財布を確認する。
残りは千円札一枚。
交通費を使えば、食費がなくなる。
診察代も必要になる。
たかしは財布を閉じた。
「……今日はやめとこう」
そしてベッドに戻った。
病院は明日でもいい。
仕事探しも明日。
借金のことも明日。
今夜、ながとと飲んでから。
全部、明日。
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夕方。
たかしは家を出た。
足の痛みは少し強くなっていた。
駅まで歩く。
途中で何度も立ち止まった。
それでも待ち合わせ場所へ向かった。
ながとはすでに来ていた。
「たかし!」
「ながと」
「遅かったな」
「ごめん」
「ええって」
ながとは笑った。
「今日は俺が奢るから」
たかしは驚いた。
「ほんま?」
「うん。最近たかし、金ないやろ?」
「……まあ」
「昔、たかしに奢ってもらったからな」
たかしは少しだけ安心した。
「ありがとう」
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居酒屋。
ながとは本当にたかしの分まで注文した。
ビール。
料理。
たかしは遠慮しながら食べた。
「最近どうなん?」
ながとが聞いた。
「仕事探してる」
「そうか」
「なかなか決まらんけど」
「資格は?」
「……まだ」
「何か取ったほうがええぞ」
「分かってる」
ながとは真剣な顔をした。
「たかし、本当に大丈夫か?」
「何が?」
「最近、顔色悪いぞ」
たかしは笑った。
「寝不足なだけ」
「酒飲みすぎちゃう?」
「……そうかも」
「病院行った?」
たかしは黙った。
ながとが気づく。
「行ってないんか?」
「まだ」
「行ったほうがいいぞ」
「うん」
「約束な」
「分かった」
たかしは頷いた。
久しぶりに心配してもらった気がした。
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しかし。
店を出たところで、ながとが言った。
「もう一軒行こう」
たかしは笑った。
「え?」
「まだ時間あるやろ」
「でも……」
「今日は俺が出すって」
「……うん」
たかしはついていった。
二軒目。
そして三軒目。
キャバクラ。
たかしは店の入口で立ち止まった。
「ながと……」
「大丈夫やって」
「俺、ほんまに金ないで」
「だから俺が出すって」
その言葉に、たかしは安心した。
「……ありがとう」
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店内は華やかだった。
女性たちが笑っている。
たかしは隅の席に座った。
ながとは楽しそうに話している。
たかしは酒を飲んだ。
女性から、
「たかしさんって優しいですね」
と言われた。
その一言だけで。
たかしは嬉しくなった。
「……ありがとう」
女性は笑った。
「本当に優しそう」
たかしは思った。
――やっぱり。
自分には優しさしかない。
仕事もない。
金もない。
何もない。
でも。
優しさだけはある。
そう思いたかった。
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店を出たのは午前一時。
ながとが言った。
「今日は楽しかったな」
「うん」
「また来週な」
たかしは笑った。
「……うん」
その瞬間。
スマートフォンが鳴った。
りょうたからだった。
『明日空いてる?』
たかしは立ち止まった。
明日は土曜日。
本来なら休む日。
病院へ行く日。
仕事を探す日。
しかし。
『どうした?』
返信する。
すぐに返事が来た。
『ちょっと飲もうや』
たかしは画面を見つめた。
「……また」
今週何回目なのか。
もう数える気にもならなかった。
それでも。
『分かった』
と送った。
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土曜日。
朝。
たかしは目を覚ました。
身体が痛い。
頭が重い。
そして足。
昨日より赤くなっている。
「……病院」
今日は本当に行こう。
そう思った。
しかしスマートフォンを見る。
りょうたとの約束。
たかしはベッドから起き上がれなかった。
昼。
午後二時。
三時。
四時。
結局、病院には行かなかった。
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夕方。
りょうたとの飲み。
しかし、たかしはほとんど食べられなかった。
「どうした?」
「ちょっと体調悪くて」
「大丈夫か?」
「うん」
りょうたはたかしの足元を見る。
「歩き方、変じゃない?」
「最近ちょっと痛くて」
「病院行けよ」
「うん」
「絶対やぞ」
「分かった」
りょうたは真剣だった。
そして。
「じゃあ、今日は早めに帰ろう」
たかしは少し安心した。
「ありがとう」
しかし店を出る直前。
りょうたのスマートフォンが鳴った。
「もしもし?」
少し話した後。
りょうたが言った。
「ごめん、もう一軒だけ付き合ってくれへん?」
たかしは苦笑した。
「……分かった」
まただった。
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その夜。
たかしは帰宅した。
ベッドに倒れ込む。
もう眠りたかった。
しかし。
スマートフォンを見る。
五人のグループではない。
一人ずつから届くメッセージ。
まさと。
ひろし。
なおと。
ながと。
りょうた。
全員から、
「また飲もう」
と連絡が入っていた。
たかしはスマートフォンを伏せた。
そして目を閉じる。
「俺は……」
声が震えた。
「友達に必要とされてるんかな」
答える人はいない。
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それから数か月
たかしの生活はさらに崩れていった。
仕事は決まらない。
借金は増える。
病院にも通えない。
身体は悪化していく。
家賃も払えなくなる。
そして。
住む場所を失った。
五人に連絡しようとした。
しかし。
「迷惑かけたくない」
という気持ちが勝った。
結局、誰にも助けを求められなかった。
たかしは小さな荷物だけを持って、街を出た。
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北海道
理由は自分でも分からなかった。
ただ。
「遠くへ行きたい」
そう思った。
誰も自分を知らない場所。
過去を知らない場所。
友達もいない場所。
北海道。
たかしはそこへたどり着いた。
駅を出る。
冷たい風が吹いていた。
空から雪が落ちてくる。
たかしはコートの襟を閉じた。
しかし。
冬支度をするお金はない。
食べるお金もない。
借金も残っている。
身体も戻らない。
たかしは駅前のベンチに座った。
そして財布を開いた。
小銭。
それだけだった。
「……これで、どうしろっていうんや」
たかしは笑った。
笑うしかなかった。
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しばらくすると。
一人の男が近づいてきた。
「兄ちゃん」
たかしが顔を上げる。
四十代くらいの男だった。
「ここに住んでるんか?」
「……いや」
「仕事探してる?」
たかしは頷いた。
「うん」
男は優しそうに笑った。
「うちなら仕事紹介できるで」
「……本当ですか?」
「ああ」
たかしの目に、久しぶりに光が戻った。
「住む場所も用意できる」
「本当に……?」
「もちろん」
男は名刺を差し出した。
たかしはそれを受け取った。
「保証金だけ先に必要やけどな」
「保証金?」
「仕事紹介するための登録料みたいなもんや」
たかしは財布を見る。
小銭しかない。
「お金……」
「最初だけや」
男は笑った。
「働けばすぐ返せる」
たかしは黙った。
昔の自分なら。
ここで断ったかもしれない。
しかし今のたかしには、
「仕事」
という言葉が眩しかった。
「……いくらですか?」
男は答えた。
その金額を聞いて。
たかしは息を呑んだ。
払える金額ではない。
男は言った。
「大丈夫」
「?」
「借りればええ」
その言葉を聞いた瞬間。
たかしの胸がざわついた。
また。
借金。
また。
誰かに頼る。
また。
「大丈夫」
という言葉。
それでも。
たかしは名刺を握りしめた。
そして男に尋ねた。
「……本当に、仕事をもらえるんですか?」
男は笑った。
「もちろんや」
雪が降り続いている。
たかしは、その笑顔を見つめていた。
その笑顔が。
かつて友達から何度も見てきた笑顔と、少しだけ似ていることに。
たかしは気づかなかった。




