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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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35/80

第35話 心配してくれる友達

金曜日。


たかしは朝から身体が重かった。


ベッドから起き上がろうとしたが、すぐには動けない。


喉が渇いている。


水を飲む。


それでも渇きは消えない。


足を見る。


昨日見つけた小さな傷が、少し赤くなっていた。


「……病院、行ったほうがええかな」


そう思った。


本当にそう思った。


今日は病院へ行こう。


そのあと、仕事を探そう。


そして夜は――。


たかしはカレンダーを見る。


ながととの約束。


「……夜だけなら」


そう呟いた。


また、「夜だけ」という言葉で自分を納得させた。


---


午前十一時。


たかしは病院へ行こうとしていた。


財布を確認する。


残りは千円札一枚。


交通費を使えば、食費がなくなる。


診察代も必要になる。


たかしは財布を閉じた。


「……今日はやめとこう」


そしてベッドに戻った。


病院は明日でもいい。


仕事探しも明日。


借金のことも明日。


今夜、ながとと飲んでから。


全部、明日。


---


夕方。


たかしは家を出た。


足の痛みは少し強くなっていた。


駅まで歩く。


途中で何度も立ち止まった。


それでも待ち合わせ場所へ向かった。


ながとはすでに来ていた。


「たかし!」


「ながと」


「遅かったな」


「ごめん」


「ええって」


ながとは笑った。


「今日は俺が奢るから」


たかしは驚いた。


「ほんま?」


「うん。最近たかし、金ないやろ?」


「……まあ」


「昔、たかしに奢ってもらったからな」


たかしは少しだけ安心した。


「ありがとう」


---


居酒屋。


ながとは本当にたかしの分まで注文した。


ビール。


料理。


たかしは遠慮しながら食べた。


「最近どうなん?」


ながとが聞いた。


「仕事探してる」


「そうか」


「なかなか決まらんけど」


「資格は?」


「……まだ」


「何か取ったほうがええぞ」


「分かってる」


ながとは真剣な顔をした。


「たかし、本当に大丈夫か?」


「何が?」


「最近、顔色悪いぞ」


たかしは笑った。


「寝不足なだけ」


「酒飲みすぎちゃう?」


「……そうかも」


「病院行った?」


たかしは黙った。


ながとが気づく。


「行ってないんか?」


「まだ」


「行ったほうがいいぞ」


「うん」


「約束な」


「分かった」


たかしは頷いた。


久しぶりに心配してもらった気がした。


---


しかし。


店を出たところで、ながとが言った。


「もう一軒行こう」


たかしは笑った。


「え?」


「まだ時間あるやろ」


「でも……」


「今日は俺が出すって」


「……うん」


たかしはついていった。


二軒目。


そして三軒目。


キャバクラ。


たかしは店の入口で立ち止まった。


「ながと……」


「大丈夫やって」


「俺、ほんまに金ないで」


「だから俺が出すって」


その言葉に、たかしは安心した。


「……ありがとう」


---


店内は華やかだった。


女性たちが笑っている。


たかしは隅の席に座った。


ながとは楽しそうに話している。


たかしは酒を飲んだ。


女性から、


「たかしさんって優しいですね」


と言われた。


その一言だけで。


たかしは嬉しくなった。


「……ありがとう」


女性は笑った。


「本当に優しそう」


たかしは思った。


――やっぱり。


自分には優しさしかない。


仕事もない。


金もない。


何もない。


でも。


優しさだけはある。


そう思いたかった。


---


店を出たのは午前一時。


ながとが言った。


「今日は楽しかったな」


「うん」


「また来週な」


たかしは笑った。


「……うん」


その瞬間。


スマートフォンが鳴った。


りょうたからだった。


『明日空いてる?』


たかしは立ち止まった。


明日は土曜日。


本来なら休む日。


病院へ行く日。


仕事を探す日。


しかし。


『どうした?』


返信する。


すぐに返事が来た。


『ちょっと飲もうや』


たかしは画面を見つめた。


「……また」


今週何回目なのか。


もう数える気にもならなかった。


それでも。


『分かった』


と送った。


---


土曜日。


朝。


たかしは目を覚ました。


身体が痛い。


頭が重い。


そして足。


昨日より赤くなっている。


「……病院」


今日は本当に行こう。


そう思った。


しかしスマートフォンを見る。


りょうたとの約束。


たかしはベッドから起き上がれなかった。


昼。


午後二時。


三時。


四時。


結局、病院には行かなかった。


---


夕方。


りょうたとの飲み。


しかし、たかしはほとんど食べられなかった。


「どうした?」


「ちょっと体調悪くて」


「大丈夫か?」


「うん」


りょうたはたかしの足元を見る。


「歩き方、変じゃない?」


「最近ちょっと痛くて」


「病院行けよ」


「うん」


「絶対やぞ」


「分かった」


りょうたは真剣だった。


そして。


「じゃあ、今日は早めに帰ろう」


たかしは少し安心した。


「ありがとう」


しかし店を出る直前。


りょうたのスマートフォンが鳴った。


「もしもし?」


少し話した後。


りょうたが言った。


「ごめん、もう一軒だけ付き合ってくれへん?」


たかしは苦笑した。


「……分かった」


まただった。


---


その夜。


たかしは帰宅した。


ベッドに倒れ込む。


もう眠りたかった。


しかし。


スマートフォンを見る。


五人のグループではない。


一人ずつから届くメッセージ。


まさと。


ひろし。


なおと。


ながと。


りょうた。


全員から、


「また飲もう」


と連絡が入っていた。


たかしはスマートフォンを伏せた。


そして目を閉じる。


「俺は……」


声が震えた。


「友達に必要とされてるんかな」


答える人はいない。


---


それから数か月


たかしの生活はさらに崩れていった。


仕事は決まらない。


借金は増える。


病院にも通えない。


身体は悪化していく。


家賃も払えなくなる。


そして。


住む場所を失った。


五人に連絡しようとした。


しかし。


「迷惑かけたくない」


という気持ちが勝った。


結局、誰にも助けを求められなかった。


たかしは小さな荷物だけを持って、街を出た。


---


北海道


理由は自分でも分からなかった。


ただ。


「遠くへ行きたい」


そう思った。


誰も自分を知らない場所。


過去を知らない場所。


友達もいない場所。


北海道。


たかしはそこへたどり着いた。


駅を出る。


冷たい風が吹いていた。


空から雪が落ちてくる。


たかしはコートの襟を閉じた。


しかし。


冬支度をするお金はない。


食べるお金もない。


借金も残っている。


身体も戻らない。


たかしは駅前のベンチに座った。


そして財布を開いた。


小銭。


それだけだった。


「……これで、どうしろっていうんや」


たかしは笑った。


笑うしかなかった。


---


しばらくすると。


一人の男が近づいてきた。


「兄ちゃん」


たかしが顔を上げる。


四十代くらいの男だった。


「ここに住んでるんか?」


「……いや」


「仕事探してる?」


たかしは頷いた。


「うん」


男は優しそうに笑った。


「うちなら仕事紹介できるで」


「……本当ですか?」


「ああ」


たかしの目に、久しぶりに光が戻った。


「住む場所も用意できる」


「本当に……?」


「もちろん」


男は名刺を差し出した。


たかしはそれを受け取った。


「保証金だけ先に必要やけどな」


「保証金?」


「仕事紹介するための登録料みたいなもんや」


たかしは財布を見る。


小銭しかない。


「お金……」


「最初だけや」


男は笑った。


「働けばすぐ返せる」


たかしは黙った。


昔の自分なら。


ここで断ったかもしれない。


しかし今のたかしには、


「仕事」


という言葉が眩しかった。


「……いくらですか?」


男は答えた。


その金額を聞いて。


たかしは息を呑んだ。


払える金額ではない。


男は言った。


「大丈夫」


「?」


「借りればええ」


その言葉を聞いた瞬間。


たかしの胸がざわついた。


また。


借金。


また。


誰かに頼る。


また。


「大丈夫」


という言葉。


それでも。


たかしは名刺を握りしめた。


そして男に尋ねた。


「……本当に、仕事をもらえるんですか?」


男は笑った。


「もちろんや」


雪が降り続いている。


たかしは、その笑顔を見つめていた。


その笑顔が。


かつて友達から何度も見てきた笑顔と、少しだけ似ていることに。


たかしは気づかなかった。

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