第34話 週に一度
木曜日。
たかしは昼過ぎに目を覚ました。
窓の外は曇っていた。
時計を見る。
午後一時半。
「……またこんな時間か」
以前なら、仕事をしていた時間だった。
今は違う。
仕事がない。
だから、誰からも怒られない。
誰からも電話はかかってこない。
それなのに。
たかしのスマートフォンには、通知が一件届いていた。
なおと。
『今日、七時な』
たかしは画面を見つめた。
「……うん」
小さく返事をした。
誰もいない部屋で。
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冷蔵庫を開ける。
何もない。
財布を見る。
残りは数千円。
たかしはため息をついた。
「今日、どうしよう……」
なおととの飲み。
そして、その後のことを考える。
居酒屋だけで終わるとは思えない。
キャバクラ。
場合によってはパチンコ。
また金を使う。
分かっている。
分かっているのに。
行く。
なぜなら。
なおとは、自分のことを友達だと思ってくれている。
そう思いたかった。
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午後五時。
たかしはシャワーを浴びた。
髭を剃る。
服を着替える。
鏡を見る。
頬が以前より丸くなっていた。
腹も出ている。
「……太ったな」
最近は、鏡を見るたびにそう思う。
週五回の飲酒。
深夜の食事。
運動不足。
身体は正直だった。
たかしは腹を少し引っ込める。
そして笑ってみた。
「まだいける」
誰に言っているのか分からなかった。
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午後七時。
なおとと合流した。
「おう、たかし!」
「なおと」
「元気そうやん」
「まあな」
「最近どう?」
「仕事探してる」
「お、偉いやん」
なおとは笑った。
「じゃあ今日は景気づけやな」
「……うん」
二人は居酒屋へ入った。
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一杯目。
二杯目。
三杯目。
なおとは仕事の話をする。
「不動産ってほんま大変やで」
「そうなん?」
「客が無茶言うねん」
「大変やな」
「まあ、売れたらでかいけど」
なおとは笑う。
「たかしも資格取ったらええやん」
「何の?」
「宅建とか」
「……そうやな」
「資格一個取るだけでも違うで」
「分かってる」
たかしは苦笑した。
分かっている。
何度も言われている。
会社にいた頃も。
友達からも。
「資格を取れ」
「努力しろ」
「頑張れ」
全部正しい。
でも。
今のたかしには、その言葉が少しずつ重くなっていた。
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なおとがビールを飲み干した。
「たかし」
「ん?」
「俺らがたかしを誘ってるのって、別に嫌がらせじゃないからな」
「分かってる」
「昔、たかしが俺らに奢ってくれたやん」
「そんな昔のこと……」
「俺ら、覚えてるから」
なおとは笑った。
「だから、たかしも遠慮すんなって」
たかしは胸が少し熱くなった。
「ありがとう」
「ええって」
その言葉を聞いて。
たかしは思った。
――俺は友達に必要とされてる。
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しかし。
その後、なおとが言った。
「次行こうや」
「どこ?」
「パチンコ」
たかしの顔が曇った。
「俺、パチンコ嫌いやねん」
「知ってる」
「じゃあ……」
「俺とは週一回やろ?」
なおとは笑った。
「付き合ってくれや」
たかしは黙った。
まただった。
「週一回」
その言葉。
なおとにとっては本当に週一回。
たかしにとっては。
今週、すでに三回目だった。
日曜日。
月曜日。
そして今日。
たかしはその事実を考えた。
しかし。
「……分かった」
と言った。
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パチンコ店。
大きな音。
光。
人の声。
たかしは座った。
なおとは楽しそうだった。
「ここ来たら出るって」
「そうなん?」
「絶対」
たかしは財布から一万円を出した。
そして。
一時間。
二時間。
三時間。
一万円が消えた。
二万円。
三万円。
気づけば、たかしの財布には千円札が一枚しか残っていなかった。
「もう帰ろう」
たかしが言った。
なおとは画面を見たまま、
「あとちょっと」
と言った。
「でも俺……」
「たかし」
なおとは笑った。
「今日くらいええやん」
たかしは黙った。
そして座り続けた。
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午前一時。
店を出た。
なおとは満足そうだった。
「楽しかったな」
「うん」
たかしは笑った。
財布の中を見る。
千円。
それだけ。
家に帰る交通費を考える。
食費。
明日の生活費。
借金の返済。
全部が頭に浮かんだ。
「……どうしよう」
しかし、なおとは気づいていない。
「また来週な」
「うん」
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帰宅した。
午前二時過ぎ。
たかしは冷蔵庫を開けた。
何もない。
財布を見る。
千円。
テーブルに置く。
そしてスマートフォンを見る。
新しい通知。
ながとからだった。
『明日どう?』
たかしは目を閉じた。
木曜日。
ながとの休日は金曜日。
つまり。
明日も誘われる。
たかしはスマートフォンを握ったまま、しばらく動かなかった。
「……俺とは週一回」
その言葉が頭の中で響く。
まさと。
ひろし。
なおと。
そして。
ながと。
一人ずつなら。
週一回。
たかしは小さく笑った。
「俺……」
そして。
自分でも怖くなるような声で呟いた。
「週一回じゃないやん……」
初めて。
はっきりと口にした。
しかし。
その直後。
ながとからもう一通届いた。
『たかし、最近元気ないやろ? 飲んで話そうや』
たかしは画面を見つめた。
「心配してくれてる……」
そう思った瞬間。
断る理由が消えた。
『分かった』
送信。
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送信した後。
たかしはベッドに座った。
「俺は何してるんやろ……」
求人。
面接。
不採用。
借金。
病院。
飲み。
パチンコ。
そして、また飲み。
一つずつ考えると。
どれも大したことではないように思える。
一回の飲み。
一回のパチンコ。
一度の遅刻。
一度の欠勤。
一度の借金。
しかし。
それが何十回も積み重なっている。
たかしは初めて、そのことに気づき始めていた。
そして翌朝。
目を覚ますと。
身体が重かった。
喉が異常に渇いている。
水を飲む。
それでも渇きが消えない。
足を見る。
小さな傷があった。
たかしは眉をひそめた。
「……いつできたんやろ」
その傷を見つめながら。
たかしはスマートフォンを確認した。
ながとから、
『今日七時な』
と届いていた。
たかしは傷を見なかったことにして。
『うん』
と返信した。




