第33話 女の子を紹介する日
水曜日。
たかしは朝からスマートフォンを何度も確認していた。
木曜日。
りょうたとの約束。
「女の子の件、ちょっと話進んだで」
昨日、そう言われた。
たったそれだけの言葉だった。
それなのに、たかしの頭から離れなかった。
仕事もない。
借金もある。
身体も悪い。
部屋も散らかっている。
それでも。
「女の子を紹介してもらえる」
その可能性だけで、久しぶりに未来を考えることができた。
「俺にも……まだあるんかな」
結婚。
子ども。
家。
家族。
普通の生活。
39歳。
もう遅いのかもしれない。
そう思うこともある。
それでも、たかしは諦めていなかった。
五人がずっと言ってくれていたからだ。
――いつか女の子紹介したる。
その言葉を、たかしは何年も信じていた。
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昼過ぎ。
たかしは鏡の前に立った。
髪を整える。
髭を剃る。
少し古くなったシャツを出す。
スーツを着ようか迷った。
「堅すぎるかな……」
結局、清潔そうに見える服を選んだ。
財布を確認する。
残っているお金は少ない。
それでも今日は大丈夫だと思った。
りょうたがいる。
今日は自分が全部払う必要はない。
そう思った。
しかし、その考えが浮かんだ瞬間。
たかしは少しだけ嫌な気持ちになった。
「……俺、また金のこと考えてる」
最近は何をするにもお金のことを考える。
食事。
交通費。
病院。
家賃。
借金。
そして飲み代。
以前なら考えなかったことまで考えるようになった。
それでも。
今日は特別だった。
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夕方。
待ち合わせ場所に到着した。
りょうたはすでに来ていた。
「おう、たかし」
「りょうた」
「久しぶり」
「昨日電話したやん」
「まあええやん」
二人で笑った。
りょうたは昔と変わらない。
高そうなスーツ。
腕時計。
余裕のある表情。
たかしは、そんなりょうたを見て少し安心した。
昔と同じ友達だ。
自分だけが変わってしまった。
そう思った。
「それで……」
たかしが言う。
「女の子の話って」
りょうたは少し笑った。
「まあ、まず飲もうや」
「うん」
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居酒屋。
ビール。
料理。
いつもの光景。
たかしは飲みながらも、何度もりょうたを見る。
「なあ」
「ん?」
「ほんまに紹介してくれるん?」
りょうたは笑った。
「するって」
「いつ?」
「今日、話す予定や」
「今日?」
「うん」
たかしの胸が高鳴った。
「どんな人?」
「普通の子やで」
「何歳くらい?」
「たかしと近い」
「仕事は?」
「会社員」
「……そうなんや」
たかしは嬉しそうに笑った。
「ええな」
「まだ何も決まってへんぞ」
「分かってる」
それでも。
たかしには十分だった。
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酒が進む。
りょうたは仕事の話を始めた。
「最近、仕事が忙しくてな」
「弁護士って大変やな」
「まあな」
「でもすごいよな」
「何が?」
「成功してるやん」
りょうたは笑った。
「たかしも頑張ったらええやん」
「俺は……」
たかしは言葉を止めた。
「資格もないしな」
「取ればええやん」
「そうやな」
「たかしならできるって」
「……ありがとう」
また、その言葉だった。
「頑張れ」
「資格取れ」
「仕事探せ」
正しい。
全部正しい。
だから反論できない。
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店を出た。
「次どうする?」
りょうたが聞いた。
たかしは迷った。
「俺、今日は……」
帰ろう。
そう言おうとした。
しかし。
「キャバクラでも行く?」
たかしは黙った。
今の自分には贅沢すぎる。
そんなお金はない。
「今日はやめとく」
たかしは初めて言った。
りょうたが少し驚いた顔をした。
「珍しいな」
「最近ちょっと金なくて」
「そうなん?」
「うん」
りょうたはしばらく黙った。
そして。
「じゃあ今日は俺が出すわ」
「え?」
「昔たかしに奢ってもらったし」
たかしは少し驚いた。
「……ありがとう」
「ええって」
二人は駅へ向かった。
その途中。
りょうたが言った。
「そういや、女の子の話やけど」
「うん」
「実はな……」
たかしは立ち止まった。
「うん」
「今度、友達の妹紹介できそうやねん」
「……ほんま?」
「うん」
たかしの顔が明るくなった。
「いつ?」
「まだ聞いてる途中やけど」
「そっか」
「また連絡するわ」
「うん!」
たかしは何度も頷いた。
それだけで。
今日来た意味があったと思った。
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家に帰る。
部屋は静かだった。
たかしはスマートフォンを充電器に置いた。
そして、カレンダーを見る。
木曜日。
りょうた。
その横に、小さく丸をつけた。
「紹介してもらえる日」
まだ日付すら決まっていない。
それでも。
たかしには未来の予定に見えた。
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翌朝。
目を覚ます。
最初にスマートフォンを見る。
りょうたからの連絡はない。
昼になっても来ない。
夕方になっても来ない。
夜になった。
まだ来ない。
たかしはスマートフォンを握りしめた。
「忙しいんかな」
そう自分に言い聞かせる。
そして夜。
別の通知が入った。
なおとからだった。
『明日飲みに行かへん?』
たかしは画面を見つめた。
明日は木曜日。
本来なら、りょうたの日だ。
しかし。
りょうたとの約束はまだ具体的に決まっていない。
なおとからの誘い。
たかしは迷った。
そして。
『行く』
と返信した。
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数分後。
りょうたからもメッセージが届いた。
『たかし、また今度紹介の件連絡するわ』
たかしはその文章を何度も読み返した。
「また今度」
その言葉を見ても。
たかしは落ち込まなかった。
「忙しいんやろ」
そう思った。
そして、なおととの飲みを楽しみにした。
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その夜。
たかしはベッドの中で考えた。
自分にもまだ未来がある。
女の子を紹介してもらえる。
仕事も、いつか見つかる。
借金も、そのうち返せる。
身体も、きっと治る。
全部。
まだ大丈夫。
そう思った。
しかし。
その「大丈夫」のために。
たかしはまた、
明日を犠牲にしようとしていた。




