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『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


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33/80

第33話 女の子を紹介する日

水曜日。


たかしは朝からスマートフォンを何度も確認していた。


木曜日。


りょうたとの約束。


「女の子の件、ちょっと話進んだで」


昨日、そう言われた。


たったそれだけの言葉だった。


それなのに、たかしの頭から離れなかった。


仕事もない。


借金もある。


身体も悪い。


部屋も散らかっている。


それでも。


「女の子を紹介してもらえる」


その可能性だけで、久しぶりに未来を考えることができた。


「俺にも……まだあるんかな」


結婚。


子ども。


家。


家族。


普通の生活。


39歳。


もう遅いのかもしれない。


そう思うこともある。


それでも、たかしは諦めていなかった。


五人がずっと言ってくれていたからだ。


――いつか女の子紹介したる。


その言葉を、たかしは何年も信じていた。


---


昼過ぎ。


たかしは鏡の前に立った。


髪を整える。


髭を剃る。


少し古くなったシャツを出す。


スーツを着ようか迷った。


「堅すぎるかな……」


結局、清潔そうに見える服を選んだ。


財布を確認する。


残っているお金は少ない。


それでも今日は大丈夫だと思った。


りょうたがいる。


今日は自分が全部払う必要はない。


そう思った。


しかし、その考えが浮かんだ瞬間。


たかしは少しだけ嫌な気持ちになった。


「……俺、また金のこと考えてる」


最近は何をするにもお金のことを考える。


食事。


交通費。


病院。


家賃。


借金。


そして飲み代。


以前なら考えなかったことまで考えるようになった。


それでも。


今日は特別だった。


---


夕方。


待ち合わせ場所に到着した。


りょうたはすでに来ていた。


「おう、たかし」


「りょうた」


「久しぶり」


「昨日電話したやん」


「まあええやん」


二人で笑った。


りょうたは昔と変わらない。


高そうなスーツ。


腕時計。


余裕のある表情。


たかしは、そんなりょうたを見て少し安心した。


昔と同じ友達だ。


自分だけが変わってしまった。


そう思った。


「それで……」


たかしが言う。


「女の子の話って」


りょうたは少し笑った。


「まあ、まず飲もうや」


「うん」


---


居酒屋。


ビール。


料理。


いつもの光景。


たかしは飲みながらも、何度もりょうたを見る。


「なあ」


「ん?」


「ほんまに紹介してくれるん?」


りょうたは笑った。


「するって」


「いつ?」


「今日、話す予定や」


「今日?」


「うん」


たかしの胸が高鳴った。


「どんな人?」


「普通の子やで」


「何歳くらい?」


「たかしと近い」


「仕事は?」


「会社員」


「……そうなんや」


たかしは嬉しそうに笑った。


「ええな」


「まだ何も決まってへんぞ」


「分かってる」


それでも。


たかしには十分だった。


---


酒が進む。


りょうたは仕事の話を始めた。


「最近、仕事が忙しくてな」


「弁護士って大変やな」


「まあな」


「でもすごいよな」


「何が?」


「成功してるやん」


りょうたは笑った。


「たかしも頑張ったらええやん」


「俺は……」


たかしは言葉を止めた。


「資格もないしな」


「取ればええやん」


「そうやな」


「たかしならできるって」


「……ありがとう」


また、その言葉だった。


「頑張れ」


「資格取れ」


「仕事探せ」


正しい。


全部正しい。


だから反論できない。


---


店を出た。


「次どうする?」


りょうたが聞いた。


たかしは迷った。


「俺、今日は……」


帰ろう。


そう言おうとした。


しかし。


「キャバクラでも行く?」


たかしは黙った。


今の自分には贅沢すぎる。


そんなお金はない。


「今日はやめとく」


たかしは初めて言った。


りょうたが少し驚いた顔をした。


「珍しいな」


「最近ちょっと金なくて」


「そうなん?」


「うん」


りょうたはしばらく黙った。


そして。


「じゃあ今日は俺が出すわ」


「え?」


「昔たかしに奢ってもらったし」


たかしは少し驚いた。


「……ありがとう」


「ええって」


二人は駅へ向かった。


その途中。


りょうたが言った。


「そういや、女の子の話やけど」


「うん」


「実はな……」


たかしは立ち止まった。


「うん」


「今度、友達の妹紹介できそうやねん」


「……ほんま?」


「うん」


たかしの顔が明るくなった。


「いつ?」


「まだ聞いてる途中やけど」


「そっか」


「また連絡するわ」


「うん!」


たかしは何度も頷いた。


それだけで。


今日来た意味があったと思った。


---


家に帰る。


部屋は静かだった。


たかしはスマートフォンを充電器に置いた。


そして、カレンダーを見る。


木曜日。


りょうた。


その横に、小さく丸をつけた。


「紹介してもらえる日」


まだ日付すら決まっていない。


それでも。


たかしには未来の予定に見えた。


---


翌朝。


目を覚ます。


最初にスマートフォンを見る。


りょうたからの連絡はない。


昼になっても来ない。


夕方になっても来ない。


夜になった。


まだ来ない。


たかしはスマートフォンを握りしめた。


「忙しいんかな」


そう自分に言い聞かせる。


そして夜。


別の通知が入った。


なおとからだった。


『明日飲みに行かへん?』


たかしは画面を見つめた。


明日は木曜日。


本来なら、りょうたの日だ。


しかし。


りょうたとの約束はまだ具体的に決まっていない。


なおとからの誘い。


たかしは迷った。


そして。


『行く』


と返信した。


---


数分後。


りょうたからもメッセージが届いた。


『たかし、また今度紹介の件連絡するわ』


たかしはその文章を何度も読み返した。


「また今度」


その言葉を見ても。


たかしは落ち込まなかった。


「忙しいんやろ」


そう思った。


そして、なおととの飲みを楽しみにした。


---


その夜。


たかしはベッドの中で考えた。


自分にもまだ未来がある。


女の子を紹介してもらえる。


仕事も、いつか見つかる。


借金も、そのうち返せる。


身体も、きっと治る。


全部。


まだ大丈夫。


そう思った。


しかし。


その「大丈夫」のために。


たかしはまた、


明日を犠牲にしようとしていた。

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