↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/80

第32話 面接の前夜

月曜日の夕方。


たかしは、ひろしとの待ち合わせ場所へ向かっていた。


歩くたびに、足が痛んだ。


それでも歩いた。


今日は飲みに行く。


そのことを考えると、少しだけ気持ちが軽くなった。


自分でも、おかしいと思っていた。


昨日まで、


「人生を変えよう」


と思っていた。


求人にも応募した。


仕事を探すつもりだった。


なのに今は、


「今日は何を食べよう」


「何を飲もう」


そんなことばかり考えている。


待ち合わせ場所に着くと、ひろしが高級車から降りてきた。


「おう、たかし!」


「ひろし」


「久しぶりやな」


「昨日ぶりやけど」


たかしが笑う。


ひろしも笑った。


「まあ、細かいことはええやん」


二人は店へ向かった。


---


居酒屋に入ると、ひろしはすぐに注文した。


「とりあえず生二つ!」


「俺、今日はあんまり飲まないほうが……」


「なんで?」


「いや、ちょっと明日……」


「明日?」


たかしは言葉を止めた。


明日は面接。


まだ誰にも話していなかった。


「仕事の面接がある」


「おお!」


ひろしが嬉しそうな顔をした。


「やっと決まったんか?」


「まだ面接だけ」


「ええやん。頑張れよ」


「うん」


「じゃあ今日は景気づけや」


たかしは苦笑した。


「でも、明日朝早いから」


「大丈夫やって。一杯くらい」


たかしは黙った。


そして。


「……一杯だけな」


---


一杯だったはずのビールは、二杯になった。


三杯になった。


料理も増えた。


ひろしは仕事の話をしていた。


「最近、車売るのも大変やけどな」


「そうなん?」


「客の要求が細かいねん」


「大変やな」


「まあ、それでも年収2000万超えてるからな」


ひろしは笑った。


たかしは笑い返した。


「すごいな」


「たかしも頑張れって」


「うん」


「俺らも昔は何もなかったやろ」


「そうやな」


「たかしは昔、俺らに飯奢ってくれてたやん」


「懐かしいな」


「ほんま、あの頃は助かったわ」


ひろしは笑った。


「だから今度は俺らがたかしを応援せなあかんよな」


「……ありがとう」


たかしは少しだけ嬉しくなった。


その言葉だけは、本当に嬉しかった。


---


しかし。


店を出る頃には、午後十時を過ぎていた。


「もう一軒行こうや」


「ひろし、俺明日面接……」


「一杯だけ」


「でも……」


「たかし」


ひろしが笑った。


「俺とは週一回やろ?」


たかしは黙った。


その言葉を聞いた瞬間。


断る理由がなくなったような気がした。


「……分かった」


二軒目へ向かった。


---


二軒目では酒を控えようとした。


しかし、


「せっかくやから」


と言われるたびに飲んだ。


午前零時を過ぎた。


たかしは時計を見る。


「そろそろ帰る」


「じゃあ、最後にちょっとだけパチンコ行かへん?」


「パチンコは……」


「一時間だけ」


「明日面接やから」


「大丈夫やって」


ひろしは笑った。


「一時間くらいなら」


たかしは立ち止まった。


本当に帰らなければならない。


面接は朝。


寝なければならない。


しかし。


ひろしは自分を誘ってくれている。


たかしは思った。


――断ったら悪い。


そして。


「……一時間だけ」


と答えた。


---


一時間は、二時間になった。


二時間は、三時間になった。


たかしは負けた。


財布の中身が減っていく。


「もう帰ろう」


そう思った。


しかし、ひろしが言う。


「次、当たるって」


たかしは台の画面を見つめた。


そしてまた座った。


午前四時。


ようやく店を出た。


空が少し明るくなっていた。


ひろしは笑っている。


「楽しかったな」


「……うん」


「じゃあ、また来週な」


「うん」


ひろしは高級車に乗って帰っていった。


たかしは一人で歩き始めた。


足が痛い。


頭も痛い。


身体が重い。


そして。


明日は面接。


---


自宅に着いたのは午前五時過ぎだった。


たかしはベッドに倒れ込んだ。


スーツを着る気力もない。


目覚ましをセットする。


午前七時。


二時間しか眠れない。


「……大丈夫」


そう呟いた。


「二時間あれば寝られる」


目を閉じた。


---


午前七時。


目覚ましが鳴った。


たかしは手を伸ばした。


止める。


そして、そのまま目を閉じた。


午前七時半。


再び目が覚めた。


「……あと五分」


午前八時。


スマートフォンが鳴った。


求人会社からだった。


たかしは慌てて起き上がった。


面接は午前九時。


急いでシャワーを浴びる。


髪を整える。


スーツを着る。


鏡を見る。


顔が赤い。


目の下には濃いクマ。


口の中が酒臭い。


「……大丈夫」


もう一度呟いた。


---


面接会場に着いたのは。


午前九時二十分だった。


二十分の遅刻。


受付で頭を下げる。


「申し訳ありません」


面接官は静かにたかしを見る。


「遅れた理由は?」


たかしは答えた。


「寝坊しました」


嘘ではない。


しかし、本当の理由を言うこともできなかった。


「分かりました。では、こちらへ」


面接が始まった。


仕事内容。


勤務時間。


これまでの職歴。


退職理由。


そして。


「前職では遅刻や欠勤が多かったようですが」


たかしの心臓が跳ねた。


「……はい」


「現在は改善されていますか?」


たかしは黙った。


そして、


「改善します」


と答えた。


面接官は少しだけ首を傾げた。


「改善していますか?」


たかしは答えられなかった。


---


帰り道。


たかしは駅前のベンチに座った。


空を見上げる。


「……またやった」


自分でも分かっていた。


誰かに強制されたわけではない。


ひろしに殴られたわけでもない。


脅されたわけでもない。


ひろしは、


「一時間だけ」


と言っただけ。


パチンコに行くかどうか決めたのは自分。


酒を飲むか決めたのも自分。


帰るかどうか決めたのも自分。


そして面接に遅れたのも自分。


「俺が悪いんや……」


たかしはそう呟いた。


その瞬間。


スマートフォンが震えた。


りょうたからだった。


『たかし、木曜空いてる?』


たかしは画面を見つめた。


断ればいい。


今度こそ断ればいい。


そう思った。


しかし。


『女の子の件、ちょっと話進んだで』


その文字を見た瞬間。


たかしの指が動いた。


『行く』


送信。


送ってから。


たかしは自分の手を見つめた。


まただった。


また、自分から行くと答えてしまった。


---


夜。


不採用通知が届いた。


たかしは画面を見つめた。


「……そらそうやな」


そしてベッドに横になった。


明日は仕事がない。


水曜日。


ながとの休日は木曜日。


つまり、明日は比較的自由な日。


本来なら。


求人を探す日だった。


病院へ行く日だった。


借金の整理をする日だった。


身体を休める日だった。


しかし。


たかしはカレンダーを見る。


木曜日。


りょうたとの約束。


「女の子……」


その言葉だけを考えた。


仕事より。


借金より。


病院より。


その約束のほうが大切に思えた。


たかしは目を閉じた。


「木曜日まで頑張ろう」


そして。


また一日。


自分の人生を後回しにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。