第32話 面接の前夜
月曜日の夕方。
たかしは、ひろしとの待ち合わせ場所へ向かっていた。
歩くたびに、足が痛んだ。
それでも歩いた。
今日は飲みに行く。
そのことを考えると、少しだけ気持ちが軽くなった。
自分でも、おかしいと思っていた。
昨日まで、
「人生を変えよう」
と思っていた。
求人にも応募した。
仕事を探すつもりだった。
なのに今は、
「今日は何を食べよう」
「何を飲もう」
そんなことばかり考えている。
待ち合わせ場所に着くと、ひろしが高級車から降りてきた。
「おう、たかし!」
「ひろし」
「久しぶりやな」
「昨日ぶりやけど」
たかしが笑う。
ひろしも笑った。
「まあ、細かいことはええやん」
二人は店へ向かった。
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居酒屋に入ると、ひろしはすぐに注文した。
「とりあえず生二つ!」
「俺、今日はあんまり飲まないほうが……」
「なんで?」
「いや、ちょっと明日……」
「明日?」
たかしは言葉を止めた。
明日は面接。
まだ誰にも話していなかった。
「仕事の面接がある」
「おお!」
ひろしが嬉しそうな顔をした。
「やっと決まったんか?」
「まだ面接だけ」
「ええやん。頑張れよ」
「うん」
「じゃあ今日は景気づけや」
たかしは苦笑した。
「でも、明日朝早いから」
「大丈夫やって。一杯くらい」
たかしは黙った。
そして。
「……一杯だけな」
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一杯だったはずのビールは、二杯になった。
三杯になった。
料理も増えた。
ひろしは仕事の話をしていた。
「最近、車売るのも大変やけどな」
「そうなん?」
「客の要求が細かいねん」
「大変やな」
「まあ、それでも年収2000万超えてるからな」
ひろしは笑った。
たかしは笑い返した。
「すごいな」
「たかしも頑張れって」
「うん」
「俺らも昔は何もなかったやろ」
「そうやな」
「たかしは昔、俺らに飯奢ってくれてたやん」
「懐かしいな」
「ほんま、あの頃は助かったわ」
ひろしは笑った。
「だから今度は俺らがたかしを応援せなあかんよな」
「……ありがとう」
たかしは少しだけ嬉しくなった。
その言葉だけは、本当に嬉しかった。
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しかし。
店を出る頃には、午後十時を過ぎていた。
「もう一軒行こうや」
「ひろし、俺明日面接……」
「一杯だけ」
「でも……」
「たかし」
ひろしが笑った。
「俺とは週一回やろ?」
たかしは黙った。
その言葉を聞いた瞬間。
断る理由がなくなったような気がした。
「……分かった」
二軒目へ向かった。
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二軒目では酒を控えようとした。
しかし、
「せっかくやから」
と言われるたびに飲んだ。
午前零時を過ぎた。
たかしは時計を見る。
「そろそろ帰る」
「じゃあ、最後にちょっとだけパチンコ行かへん?」
「パチンコは……」
「一時間だけ」
「明日面接やから」
「大丈夫やって」
ひろしは笑った。
「一時間くらいなら」
たかしは立ち止まった。
本当に帰らなければならない。
面接は朝。
寝なければならない。
しかし。
ひろしは自分を誘ってくれている。
たかしは思った。
――断ったら悪い。
そして。
「……一時間だけ」
と答えた。
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一時間は、二時間になった。
二時間は、三時間になった。
たかしは負けた。
財布の中身が減っていく。
「もう帰ろう」
そう思った。
しかし、ひろしが言う。
「次、当たるって」
たかしは台の画面を見つめた。
そしてまた座った。
午前四時。
ようやく店を出た。
空が少し明るくなっていた。
ひろしは笑っている。
「楽しかったな」
「……うん」
「じゃあ、また来週な」
「うん」
ひろしは高級車に乗って帰っていった。
たかしは一人で歩き始めた。
足が痛い。
頭も痛い。
身体が重い。
そして。
明日は面接。
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自宅に着いたのは午前五時過ぎだった。
たかしはベッドに倒れ込んだ。
スーツを着る気力もない。
目覚ましをセットする。
午前七時。
二時間しか眠れない。
「……大丈夫」
そう呟いた。
「二時間あれば寝られる」
目を閉じた。
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午前七時。
目覚ましが鳴った。
たかしは手を伸ばした。
止める。
そして、そのまま目を閉じた。
午前七時半。
再び目が覚めた。
「……あと五分」
午前八時。
スマートフォンが鳴った。
求人会社からだった。
たかしは慌てて起き上がった。
面接は午前九時。
急いでシャワーを浴びる。
髪を整える。
スーツを着る。
鏡を見る。
顔が赤い。
目の下には濃いクマ。
口の中が酒臭い。
「……大丈夫」
もう一度呟いた。
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面接会場に着いたのは。
午前九時二十分だった。
二十分の遅刻。
受付で頭を下げる。
「申し訳ありません」
面接官は静かにたかしを見る。
「遅れた理由は?」
たかしは答えた。
「寝坊しました」
嘘ではない。
しかし、本当の理由を言うこともできなかった。
「分かりました。では、こちらへ」
面接が始まった。
仕事内容。
勤務時間。
これまでの職歴。
退職理由。
そして。
「前職では遅刻や欠勤が多かったようですが」
たかしの心臓が跳ねた。
「……はい」
「現在は改善されていますか?」
たかしは黙った。
そして、
「改善します」
と答えた。
面接官は少しだけ首を傾げた。
「改善していますか?」
たかしは答えられなかった。
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帰り道。
たかしは駅前のベンチに座った。
空を見上げる。
「……またやった」
自分でも分かっていた。
誰かに強制されたわけではない。
ひろしに殴られたわけでもない。
脅されたわけでもない。
ひろしは、
「一時間だけ」
と言っただけ。
パチンコに行くかどうか決めたのは自分。
酒を飲むか決めたのも自分。
帰るかどうか決めたのも自分。
そして面接に遅れたのも自分。
「俺が悪いんや……」
たかしはそう呟いた。
その瞬間。
スマートフォンが震えた。
りょうたからだった。
『たかし、木曜空いてる?』
たかしは画面を見つめた。
断ればいい。
今度こそ断ればいい。
そう思った。
しかし。
『女の子の件、ちょっと話進んだで』
その文字を見た瞬間。
たかしの指が動いた。
『行く』
送信。
送ってから。
たかしは自分の手を見つめた。
まただった。
また、自分から行くと答えてしまった。
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夜。
不採用通知が届いた。
たかしは画面を見つめた。
「……そらそうやな」
そしてベッドに横になった。
明日は仕事がない。
水曜日。
ながとの休日は木曜日。
つまり、明日は比較的自由な日。
本来なら。
求人を探す日だった。
病院へ行く日だった。
借金の整理をする日だった。
身体を休める日だった。
しかし。
たかしはカレンダーを見る。
木曜日。
りょうたとの約束。
「女の子……」
その言葉だけを考えた。
仕事より。
借金より。
病院より。
その約束のほうが大切に思えた。
たかしは目を閉じた。
「木曜日まで頑張ろう」
そして。
また一日。
自分の人生を後回しにした。




