第30話 週に一度の借金
日曜日の夜。
たかしは、まさとの店に向かっていた。
足が痛い。
昨日よりも、少しだけ痛みが強い気がする。
それでも歩いた。
今日は日曜日。
まさとの休日。
たかしにとっては、いつもの日曜日だった。
店の前まで来ると、まさとが手を上げた。
「おう、たかし!」
「ごめん、遅れた」
「全然ええって。まだ時間あるし」
「そう?」
「ほら、座ろうや」
二人で店に入った。
席につくと、まさとがビールを注文する。
「たかしも飲むやろ?」
「うん」
昔と同じだった。
まさとにとっては、何も変わっていない。
日曜日にたかしと飲む。
それだけ。
週に一度。
その感覚だった。
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しばらくすると、まさとがたかしの顔を見た。
「なあ」
「ん?」
「最近、仕事どうなん?」
たかしは少し黙った。
「まだ探してる」
「そっか」
「なかなか決まらなくて」
「まあ、焦らんでもええって」
まさとは笑った。
「たかしなら何とかなるやろ」
「……うん」
「資格とか取ったら?」
「考えてる」
「そうそう。何か一個取ったほうがええって」
まさとは悪気なく言った。
たかしも頷いた。
けれど。
資格を取るための勉強をする時間は、ここ最近ほとんどなかった。
日曜日はまさと。
月曜日はひろし。
火曜日はなおと。
水曜日はながと。
木曜日はりょうた。
そして金曜日と土曜日は、ほとんど寝ている。
それを、まさとは知らない。
まさとは日曜日しかたかしと会わない。
ひろしも月曜日しか会わない。
なおとも。
ながとも。
りょうたも。
五人とも同じだった。
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「そういや、たかし」
「うん?」
「金、大丈夫なん?」
たかしの手が止まった。
「……なんで?」
「いや、前に財布見たとき、結構厳しそうやったから」
「大丈夫」
「ほんま?」
「うん」
たかしは笑った。
まさとは少し考えた。
「無理すんなよ」
「うん」
「今日は俺が出すから」
たかしは驚いた。
「え?」
「たまにはな」
「いや、ええって」
「ええから」
まさとは笑った。
「昔、たかしに散々奢ってもらったし」
その言葉を聞いて、たかしは胸の奥が熱くなった。
「……ありがとう」
「何泣きそうになってんねん」
「泣いてないって」
二人で笑った。
その瞬間だけ。
たかしは救われた気がした。
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けれど。
店を出る頃には、まさとはいつもの調子に戻っていた。
「もう一軒行く?」
たかしは財布を思い出した。
「今日は……」
断ろうと思った。
本当に断ろうと思った。
しかし。
「付き合いくらいええやろ?」
まさとは笑った。
「俺とは週一回やん」
その言葉が、たかしの胸に刺さった。
週一回。
そうだった。
まさととは週一回だけ。
だから。
「うん」
たかしは頷いた。
二軒目へ向かった。
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その店を出た頃には、日付が変わっていた。
たかしはスマートフォンを見た。
銀行口座の残高を確認する。
数字を見る。
少ない。
以前なら、その数字を見ただけで不安になった。
今は違う。
もう慣れてしまっていた。
――足りなかったら借りればいい。
そんな考えが自然に浮かんだ。
たかしはスマートフォンを閉じた。
「明日、ひろしから誘われるかな」
ふと、そんなことを考えた。
そして、自分で少し驚いた。
借金のことより。
仕事のことより。
明日の誘いのことを考えていた。
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月曜日。
夕方。
スマートフォンが震えた。
ひろしだった。
『たかし、今日どう?』
「うん。行ける」
『じゃあ、いつものところな』
「分かった」
電話を切る。
たかしは笑った。
やっぱり誘ってくれた。
その安心感は、もう習慣になっていた。
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居酒屋で、ひろしは高級時計を見せてきた。
「これ、買ってん」
「すごいな」
「まあ、仕事頑張ってるからな」
ひろしは笑った。
「たかしも頑張れよ」
「うん」
「まだ若いんやし」
「うん」
「資格でも取って、もうちょい条件ええとこ行ったらええ」
「そうする」
たかしは何度も頷いた。
その言葉を聞きながら、胸の中では別のことを考えていた。
――資格の勉強、いつするんだろう。
日曜日はまさと。
今日、月曜日はひろし。
明日はなおと。
明後日はながと。
その次はりょうた。
考えれば考えるほど、答えは出なかった。
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会計のとき。
ひろしが財布を出した。
「俺、出すわ」
たかしは驚いた。
「ええって」
「最近たかし金ないやろ?」
「……大丈夫」
「無理すんなって」
ひろしは笑った。
「俺とは週一回なんやから」
また、その言葉。
たかしは黙った。
「ありがとう」
ひろしが会計を済ませた。
店を出る。
たかしは少しだけ安心した。
今日は借金を増やさずに済んだ。
そのことが嬉しかった。
しかし。
次の瞬間。
ひろしが言った。
「なあ、パチンコちょっとだけ行かへん?」
たかしの顔が曇った。
「俺、パチンコは……」
「一時間だけ」
「でも……」
「たまにはええやん」
たかしは黙った。
そして。
「……うん」
また頷いた。
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一時間のはずだった。
気づけば三時間経っていた。
たかしは負けた。
金はなくなった。
ひろしは途中で帰った。
「俺、明日仕事あるから先帰るわ」
「うん」
「また来週な」
「うん」
ひろしは帰っていった。
たかしは一人で店を出た。
夜風が冷たかった。
財布を見る。
ほとんど何もない。
スマートフォンを見る。
時刻は午前一時を過ぎている。
たかしは歩きながら考えた。
――明日はなおと。
――明後日はながと。
――その次はりょうた。
そして。
その次はまた、まさと。
一週間。
五人。
たった一人につき、一回。
それだけなのに。
自分の人生には、ほとんど隙間がなかった。
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火曜日。
なおとから電話が来た。
水曜日。
ながとから電話が来た。
木曜日。
りょうたから電話が来た。
たかしは全部断らなかった。
断れなかった。
いや。
いつの間にか。
「断る」という選択肢そのものを考えなくなっていた。
誘われる。
↓
「うん」と答える。
↓
飲む。
↓
払う。
↓
金がなくなる。
↓
借りる。
↓
また誘われる。
その繰り返しだった。
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木曜日の夜。
りょうたと飲んでいるときだった。
たかしのスマートフォンが鳴った。
知らない番号だった。
たかしは画面を見つめた。
「出ないの?」
りょうたが聞く。
「……うん」
たかしは電話を切った。
しばらくすると、また鳴った。
「最近、知らん番号多いな」
「営業かな」
「まあ、ええやん」
たかしは笑った。
しかし。
三度目に鳴ったとき。
たかしの顔から笑顔が消えた。
留守番電話が入った。
再生する。
短いメッセージだった。
「以前お借り入れいただいた件で――」
たかしは途中で停止した。
りょうたが心配そうに見る。
「どうした?」
「……なんでもない」
「借金?」
たかしは黙った。
りょうたは少し驚いた。
「たかし、借金してんの?」
「……ちょっとだけ」
「ちょっとって?」
「そんなにない」
嘘だった。
「まあ、ちゃんと返せるから」
りょうたは黙っていた。
そして言った。
「無理すんなよ」
「うん」
「困ったら言えよ」
「ありがとう」
りょうたは、それ以上聞かなかった。
たかしも、それ以上話さなかった。
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その夜。
帰宅したたかしは、部屋の明かりもつけずに床へ座った。
スマートフォンを見る。
五人の名前。
誰も悪い人ではない。
少なくとも、たかしはそう思っていた。
まさとは、自分を心配してくれている。
ひろしも、仕事を頑張れと言ってくれる。
なおとも、資格を取れと言ってくれる。
ながとも、もっといい仕事を探せと言ってくれる。
りょうたは、女の子を紹介すると言ってくれる。
みんな、自分のことを考えてくれている。
だから。
自分が苦しくなっているのは。
自分のせいなのだ。
たかしは、そう思った。
「俺がもっとしっかりすればいいだけや」
そう呟いた。
仕事を探せばいい。
資格を取ればいい。
酒を減らせばいい。
借金を返せばいい。
身体を治せばいい。
全部、自分の努力が足りない。
そう思えば。
友達を責めなくて済む。
そして何より。
友達を失わずに済む。
たかしはスマートフォンを握った。
画面には、りょうたから届いたメッセージ。
『また来週な』
たかしは、その文字を見て微笑んだ。
「うん。また来週」
誰もいない部屋で、そう答えた。
その瞬間。
たかしはまだ気づいていなかった。
五人にとっては、
「週に一度」だった。
けれど、たかしにとっては、
五人分の「週に一度」だった。
そして、その五人分の「一度」が。
たかしの人生から、仕事を探す時間を。
身体を休める時間を。
借金を返す時間を。
人生をやり直す時間を。
少しずつ奪っていた。
それでも、たかしは思った。
――来週も、誘ってくれるかな。
そのことだけが。
今のたかしにとって、一番の安心だった。




