↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『僕が日常で壊れていくまで』  作者: こうた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/80

第28話 見えない借金

 朝、目が覚めた。


 たかしは、しばらく天井を見ていた。


 身体が重い。


 喉が渇いている。


 水を飲みに起きようとした。


「……痛っ」


 右足に痛みが走った。


 ベッドから足を下ろす。


 ゆっくり立ち上がる。


 昨日よりも、歩きにくい。


 洗面所へ行き、鏡を見る。


 顔がむくんでいる。


 目の下には濃いクマ。


 頬も以前より丸くなった。


「……ひどい顔やな」


 蛇口をひねる。


 水を飲む。


 一杯。


 二杯。


 三杯。


 それでも喉の渇きは消えなかった。


 たかしは病院でもらった説明書を机の上に置いていた。


 昨日、医師から渡されたものだ。


 生活習慣を見直すこと。


 食事に注意すること。


 飲酒を控えること。


 足の傷を悪化させないこと。


 たかしは紙を手に取った。


 何度も読む。


「……分かってる」


 誰に言うでもなく呟いた。


「分かってるんやけど……」


 その先の言葉が出なかった。


 スマートフォンを見る。


 なおとから連絡が来ている。


『今日、予定通りな』


 たかしは画面を見つめた。


 今日は火曜日。


 なおとの休日。


 また飲み会。


 たかしは返信した。


『うん』


 それだけだった。


 昼。


 たかしは求人を探した。


 何件か応募した。


 その中に、面接まで進んだ会社が一つあった。


『明日、面接可能でしょうか』


 メールにはそう書かれていた。


「……明日」


 たかしはカレンダーを見た。


 水曜日。


 ながととの約束がある。


 面接は午前。


 飲み会は夜。


「……大丈夫やろ」


 そう考えた。


 面接に行って。


 夜に少しだけ飲む。


 それくらいなら。


 大丈夫。


 午後。


 なおとから電話が来た。


「もしもし」


『たかし、今日よろしくな』


「うん」


『仕事の面接とか入ってない?』


「明日ある」


『お、ええやん!』


「うん」


『じゃあ今日は早めに切り上げようや』


「……ありがとう」


 本当に優しい。


 たかしはそう思った。


 だから断れなかった。


 夜。


 なおとと合流した。


「明日面接なんやろ?」


「うん」


「じゃあ今日は軽くな」


「ありがとう」


 居酒屋に入る。


 最初の一杯。


「乾杯」


「乾杯」


 なおとは約束通り、最初は酒を勧めなかった。


「たかし、明日頑張れよ」


「うん」


「仕事決まったら、また生活も変わるって」


「そうやな」


 たかしは笑った。


 今日は大丈夫。


 本当に少しだけ飲んで帰る。


 そう思った。


 しかし、一時間後。


「もう一杯だけ飲む?」


「……うん」


 さらに一時間後。


「もう一軒行く?」


 たかしは時計を見た。


 午後九時。


「今日は帰ろうかな」


「まだ九時やで?」


「明日面接やし」


「そうか」


 なおとは少し残念そうにした。


「じゃあ、もう一杯だけ」


 たかしは断れなかった。


「……分かった」


 結局。


 店を出たのは午後十一時を過ぎていた。


 なおとは満足そうだった。


「今日はありがとな」


「うん」


「明日頑張れよ」


「ありがとう」


 駅で別れた。


 たかしは一人になった。


 歩き出す。


 右足が痛む。


「……」


 明日は面接。


 早く寝なければならない。


 そう思っているのに。


 コンビニへ入った。


 水。


 弁当。


 そして酒。


 酒を手に取った瞬間。


 病院の説明書を思い出した。


「……」


 棚に戻そうとした。


 しかし。


 戻せなかった。


「一本だけ」


 買った。


 帰宅。


 弁当を食べる。


 酒を飲む。


 時計を見る。


 午前一時。


「……寝な」


 布団に入る。


 なかなか眠れない。


 何度も時計を見る。


 午前二時。


 午前三時。


 ようやく眠った。


 朝。


 スマートフォンのアラームが鳴った。


 たかしは止めた。


 目を閉じる。


「……あと五分」


 その五分が。


 三十分になった。


 慌てて起きる。


「しまった!」


 時計を見る。


 面接開始時刻まで、あまり時間がない。


 顔を洗う。


 服を着る。


 履歴書を確認する。


 家を出る。


 駅へ向かう。


 しかし。


 足が痛い。


 思うように歩けない。


 予定していた電車に間に合わない。


「……!」


 たかしは焦った。


 駅へ着いた。


 電車に乗る。


 時計を見る。


 面接時刻が迫っている。


 会社へ電話をかける。


「申し訳ありません……少し遅れるかもしれません」


 電話の向こうから、担当者の声。


「分かりました。気をつけてお越しください」


「すみません」


 何とか会社に到着した。


 面接室。


「どうぞ」


「失礼します」


 椅子に座る。


「これまでのお仕事について教えてください」


 たかしは話した。


 以前は正社員だった。


 その後、契約社員になった。


 そして退職。


「退職された理由は?」


 たかしは一瞬、言葉に詰まった。


「……体調面と、勤務状況の問題です」


「勤務状況というのは?」


「遅刻や欠勤が……」


 面接官は黙って聞いている。


 たかしは俯いた。


「現在、健康面で何か問題はありますか?」


「……」


 昨日までなら。


「ありません」


 そう答えていたかもしれない。


 しかし。


「少し、病院に通っています」


 正直に答えた。


 面接官は頷いた。


「分かりました」


 それ以上は聞かなかった。


 面接は終わった。


「ありがとうございました」


「こちらこそ」


 会社を出る。


 たかしは深く息を吐いた。


「……終わった」


 結果は分からない。


 でも。


 久しぶりに、仕事をする未来を想像できた。


 もし採用されたら。


 毎日働く。


 給料をもらう。


 借金を返す。


 酒を減らす。


 病院にも通う。


 生活を立て直す。


「まだ間に合う」


 そう思った。


 その夜。


 スマートフォンが鳴った。


 ながとからだった。


『今日どうする?』


 たかしは画面を見つめた。


 今日は行きたくない。


 本当に行きたくない。


 面接も終わった。


 疲れている。


 足も痛い。


 今日は休みたい。


 返信を打つ。


『ごめん。今日はちょっと……』


 そこで止まった。


 削除。


 もう一度。


『今日は体調が悪いから……』


 削除。


 また書く。


『今日は……』


 そこまで書いて。


 たかしはスマートフォンを伏せた。


 数分後。


 ながとから電話が来た。


「もしもし」


『たかし?』


「うん」


『今日どうする?』


「……」


『仕事の面接、どうやった?』


「終わった」


『どうやった?』


「まだ分からん」


『まあ、飲もうや』


「……うん」


 結局。


 行くことにした。


 店に入る。


「お疲れさん!」


「お疲れ」


 グラスを合わせる。


 たかしは一口だけ飲んだ。


 その瞬間。


 昨日まで感じていた罪悪感が、少しだけ薄れた。


「……」


 酒を飲むと。


 考えなくて済む。


 借金のこと。


 仕事のこと。


 病気のこと。


 結婚のこと。


 全部。


 少しの間だけ忘れられる。


 ながとが言った。


「たかし、今日なんか元気ないな」


「ちょっと疲れてるだけ」


「無理すんなよ」


「うん」


「俺らも心配してるから」


「ありがとう」


 たかしは笑った。


 そして。


 会計の時間。


 たかしが支払った。


 帰宅。


 スマートフォンを見る。


 メールが一件。


 今日の面接先からだった。


 たかしの心臓が跳ねた。


 メールを開く。


 そこには。


「今回は採用を見送らせていただくこととなりました」


 と書かれていた。


「……」


 たかしは画面を見たまま動かなかった。


 理由は書かれていない。


 ただ、不採用。


「……またか」


 ベッドに座る。


 今日の面接を思い出す。


 遅刻。


 体調。


 勤務状況。


 自分でも、採用される自信はなかった。


 それでも。


「……俺、どうしたらええんや」


 声が震えた。


 そのとき。


 スマートフォンに、りょうたからメッセージが届いた。


『明日、飲もうな』


 木曜日。


 りょうたの休日。


 たかしは画面を見つめた。


 不採用だった。


 借金がある。


 仕事がない。


 身体も悪い。


 もう限界だった。


 それでも。


 返信した。


『うん』


 送信。


 たかしはスマートフォンを胸の上に置いた。


 そして目を閉じた。


 眠りにつく直前。


 ふと思った。


 自分は一体、何のために生きているのだろう。


 仕事を探すため?


 借金を返すため?


 結婚するため?


 家族を作るため?


 それとも。


 友達と飲むため?


 答えは出なかった。


 ただ一つだけ。


 確かなことがあった。


 今日も。


 借金は増えた。


 仕事は決まらなかった。


 身体は悪くなった。


 そして明日も。


 たかしには飲み会が待っていた。


 本人が望んだわけでもないのに。


 それでも、たかし自身が「行く」と返事をした。


 その事実だけが。


 静かに積み重なっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。