第25話 努力が足りない
日曜日。
昼過ぎまで、たかしは布団から出られなかった。
身体が重い。
頭も重い。
右足の痛みも、以前より強くなっている。
目を開けると、天井が見えた。
「……今日、まさとや」
スマートフォンを見る。
午後二時。
本来なら、仕事を探すべき時間だった。
求人サイトを開く。
新着求人が並んでいる。
たかしは一つずつ眺めた。
正社員。
未経験歓迎。
資格取得支援あり。
月給二十四万円。
応募条件は満たしている。
「ここ……」
たかしは応募画面を開いた。
名前。
住所。
年齢。
職歴。
入力していく。
最後の「送信」を押そうとした。
その瞬間。
スマートフォンが鳴った。
まさとからだった。
『たかし、今日六時な!』
「……うん」
『遅れるなよ』
「分かった」
電話が切れた。
たかしは再び画面を見た。
応募画面。
指が止まる。
「……帰ってからやればいいか」
スマートフォンを置いた。
午後四時。
シャワーを浴びる。
鏡を見る。
以前より明らかに身体が丸くなっていた。
腹が出ている。
顔もむくんでいる。
「酒……減らさなあかんな」
そう思いながら、服を着た。
午後五時。
家を出る。
駅へ向かって歩く。
右足が痛い。
少し休む。
また歩く。
居酒屋に着くと、まさとがすでに待っていた。
「おう、たかし!」
「おう」
「久しぶり!」
「……昨日会ったやろ」
「そうやったっけ?」
二人で笑った。
席につく。
「とりあえずビールな!」
「うん」
乾杯。
まさとは仕事の愚痴を話し始めた。
客の話。
スタッフの話。
売上の話。
店の経営の話。
たかしは黙って聞いた。
「それは大変やな」
「やろ?」
「うん」
「やっぱたかしに話すと楽になるわ」
たかしは笑った。
その言葉は嬉しかった。
しばらくして。
「そういや、たかし」
「ん?」
「仕事どうなん?」
「探してる」
「まだ決まってないん?」
「うん」
「大丈夫か?」
「……まあ」
まさとはビールを飲んだ。
「たかしな」
「ん?」
「昔から優しいやん」
「そうかな」
「そうやで」
少し間を置いて。
「でもな、優しいだけじゃ世の中やっていけへんで」
「……」
「やっぱ努力せな」
たかしは黙った。
「俺らだって努力してきたから今があるんやし」
「……うん」
「資格とか取ったほうがええって」
「分かってる」
「酒も控えたほうがいい」
「……うん」
「本気出したら、たかしならまだやり直せるって」
その言葉を聞いた。
たかしは嬉しいような。
苦しいような。
複雑な気持ちになった。
「ありがとう」
「いや、ほんまやって」
まさとは笑った。
「たかしが幸せになるの、俺も嬉しいから」
たかしは俯いた。
「……俺も幸せになりたい」
「なれるって」
「結婚もしたい」
「彼女紹介したるって」
「ほんまに?」
「ほんまほんま」
また同じ言葉。
たかしは信じた。
その瞬間。
少しだけ未来が見えた気がした。
仕事を見つける。
資格を取る。
彼女を作る。
結婚する。
子どもを作る。
普通の家庭を持つ。
まだ間に合う。
そう思った。
しかし。
「今日は飲もうや」
まさとが笑った。
「うん」
たかしも笑った。
酒が進む。
そして。
「次、どうする?」
まさとが言った。
「……」
「キャバクラ行こうや」
たかしは少し迷った。
「今日は……」
「たかし」
まさとは笑っていた。
「週一回やで?」
その言葉。
たかしは何も言えなかった。
まさとにとっては週一回。
たかしにとっても。
まさととの飲み会だけなら週一回。
「……分かった」
キャバクラへ向かった。
店内。
女性が隣に座る。
「たかしさん、こんばんは」
「こんばんは」
「今日もありがとうございます」
「いや……」
たかしは笑った。
女性と話している間だけは、現実を忘れられた。
仕事がないこと。
借金。
足の痛み。
家族がいないこと。
全部忘れられた。
そして、最後の会計。
たかしが支払う。
カードを出す。
決済音。
また借金が増えた。
店を出る。
まさとは満足そうだった。
「今日は楽しかったな!」
「うん」
「ありがとな、たかし」
「……うん」
駅で別れる。
たかしは一人になった。
財布を見る。
何もない。
スマートフォンを見る。
借入残高。
また増えている。
「……」
帰宅。
時計は午前一時を過ぎていた。
たかしはスーツのままベッドに倒れ込んだ。
眠る前に。
昼間の求人サイトを思い出した。
「あ……」
応募していない。
たかしはスマートフォンを手に取った。
求人サイトを開く。
保存していた求人を見る。
応募期限。
今日までだった。
「……」
画面には、
「募集終了」
と表示されていた。
たかしは何も言わなかった。
ただ、スマートフォンを置いた。
翌朝。
目を覚ますと、身体が重かった。
喉が渇いている。
水を飲む。
何度も飲む。
トイレへ行く。
また水を飲む。
昼。
別の求人に応募した。
一件。
二件。
三件。
そして待った。
夕方。
メールが届いた。
一件目。
不採用。
二件目。
不採用。
三件目。
不採用。
たかしは画面を見つめた。
「……俺の何が悪いんや」
答えはない。
その夜。
ひろしから電話が来た。
『たかし、明日どう?』
「……」
明日は月曜日。
ひろしの休日。
たかしは黙った。
「明日は……」
『ん?』
「……行く」
『よっしゃ!』
電話が切れる。
たかしは天井を見上げた。
今日も仕事探しはした。
でも。
飲み会の予定が入っている。
明日も飲む。
その次の日も。
さらに次の日も。
たかしは、自分が努力していると思っていた。
求人にも応募している。
資格のことも考えている。
仕事を探している。
だから。
まだ大丈夫だと思っていた。
しかし。
実際には。
一日に数時間だけ努力して。
残りの時間を、酒と友人に使っている。
そして、その費用を借金で埋めている。
そんな生活では。
何も変わらなかった。
夜。
たかしは一人で呟いた。
「……俺も、もっと努力せなあかんな」
それは友人たちに言われた言葉だった。
たかしは、それを自分自身に言い聞かせるようになっていた。
そして。
自分が努力できない原因が、目の前にあることには。
まだ気づいていなかった。
翌日の朝。
ひろしからメッセージが届いた。
『今日、パチンコ行こうや』
たかしは画面を見つめた。
パチンコ。
昔から嫌いだった。
負ける。
時間を使う。
お金を失う。
何が楽しいのか分からない。
「……嫌やな」
たかしは呟いた。
しかし。
『たかし、昔みたいに付き合ってくれよ』
その一文を見て。
たかしは返信した。
『分かった』
送信。
たかしはスマートフォンを置いた。
そして思った。
自分はもう。
「嫌なことを断る」ということすら、怖くなっている。




